第9話 空への想い

ヒカルは空に憧れ、空を目指した・・・


記憶の中で、その日に観たモノとは・・・


作者注)今回は当時の飛行訓練を題材にしております。

     ヒカルと一緒に初飛行を体験してみて下さい




少女は碧い空を見上げていた。


「私もこの空を自由にんでみたい」


一機の複葉機が碧い空を飛んで行く。

栗毛の髪を靡かせた巫女姿の少女が手を差し上げて誓った。


「きっと私もこの空を翔んでみる。自由に空を翔んでみせるから」


鳶色の瞳を輝かせ、巫女姿の少女が空に誓った。





「そう言えば、お婆ちゃんって神主かんぬしだったよね」


モグモグ食べながらエイミーが訊いた。


「もう、エイミー行儀が悪い」


ヒカルが横山に勺をしながら注意する。


「で、お母さんは巫女から学生さんになったの?省庁付属学校の?」


ヒカルの注意を聴きもせず、エイミーが訊くと、


「ええ、大変だったけどね・・・お婆ちゃんを説得するのが・・・ね」


ヒカルが苦笑いを浮かべて答えた。


「それもだけど・・・入学する時の試験って、

 私達の時より厳しかったってお父さん達も言っていたから」


まだ口の中に物を入れたままエイミーが訊く。


「そりゃそうだ。

 逓信省の飛空士学校は募集員数そのものが少なかったからなぁ。

 確か20名程じゃあなかったかな、毎年度が・・・」


勲がぐい呑を一口煽って教えると、


「そうね、私の同級生は16名だったわ」


ヒカルは頷いて勲にお酒の勺をする。


「それで?お母さんはどんな学生だったの?どんな授業だったの?」


興味津々でエイミーは瞳を輝かせる。


「そうね・・・いろいろ教わったわ。いろいろと・・・ね」


ヒカルは思い出すかのように、にこやかに言った。






____________





「中嶋生徒!弛んでいるぞ貴様!」


髭面の教官が、ヒカルを前に引き出すと。


「今の動作は何だ!もう一度やって見せろ!」


他の生徒達の前で両手を突き出す動きを繰り返させる。


「駄目だ駄目だ!何度言えば解るのだっ、肘を曲げるなと俺は言った筈だ。

 一度聴いて覚えられんようなら辞めてしまえ!」


教官が苛立った顔でヒカルを睨み、


「今からその頭に喝を入れてやる。

 そのまま両手を突き出して腰を突き出せ!」


棍棒を握った教官がヒカルに命じる。

命じられたままヒカルは尻を突き出し、両手を伸ばすと、


「いいか中嶋生徒、これは貴様の弛んだ態度を戒める棒だ。これを喰らって反省しろ!」


言うが早いか、教官が持った棒が唸りをあげて、



   バシッ!



ヒカルの腰に激痛が走る。


「どうだ、反省したか!覚えたか!」


理不尽な修正を与えた教官に、


「はい。反省します」


瞳から星が瞬くように感じても、ヒカルは教官に対し礼を述べなくてはならない。


「ありがとうございます」


同じ姿勢のまま教官に答える。


「よしっ、列に戻れ」


教官はヒカルの態度に満足したのか、それ以上の修正は加えなかった。


「いいか、今は中嶋生徒だけに修正したが、皆同じ様に弛んでおる。

 こんな事では飛空士となるのは夢のまた夢と思え。

 オレは決して柔な事はしない。

 なぜなら生半可な事を教えてしまえば困るのはお前達の方だからだ。

 飛空訓練で失敗すれば、それは自分一人の失敗では済まされない。

 死ぬのはいいが、大切な機材が失われてしまうのだ。

 俺の班からそんな馬鹿者は出させはしない。いいか、解ったか!」


髭面の教官は並んだ生徒達を睨んで申し渡す。


「失格したくなければ、教員教官の命じた通りにやりこなせ。

 それが出来ないと思う者は即刻退校しろ。

 どうだ、解ったか!」


生徒達の前で棍棒を地面に叩き付けて命じた。


「はい!」


生徒達は声を張り上げて答えた。





______________





「うっわぁ・・・軍隊そのものって感じ」


話を聴いていたエイミーがあんぐりと口を開けたまま感想を言う。


「まあ、当時だとそれが普通だったな」


勲がさも当然の事だと言わんばかりに頷く。


「栄美ちゃん、今はそんな理不尽な教官、教員は居ないから。大丈夫だよ」


横山が手を振ってエイミーに教える。


「そんな厳しい時代だったって事なの。

 戦争を控えて、一人でも多く優秀な操縦員を養成させようって国自体がそんな雰囲気だったから」


ヒカルが料理に手を加えながら話す。


「でも、それも空を翔ぶ為だって必死に耐えていたわ。

 私も友達も・・・みんなね」


ヒカルの記憶には当時の友の顔が現れては消えていく。

そしてあの日観た操縦教官の顔が思い出される。






___________






「中嶋生徒、初同乗訓練。

 カー5号機にて、離発着訓練に出発します!」


声を張り上げて指揮所ピストの指導官に申告する。


「よし」


指導官は軽く手を上げて許可を下した。


申告を終えたヒカルは腰に下げたパラシュートを手で押さえ、

駆け足で搭乗機に走り寄り、複座の初歩練習機まで来ると、


「中嶋生徒、初搭乗、同乗訓練。お願いします」


後席に座る教官に伝達する。

既にプロペラを廻している機体の爆音に負けじと大声で申告したヒカルに頷き、


「よしっ、乗れ!」


低いが良く通る声で促した。

命じられたヒカルが早速翼に上がろうとすると、


「待て!なんか忘れてはいないか?」


呼び止められて言われた注意に頭を廻らせる。


「はい、申し訳ありません!」


搭乗前にやるべき事を思い出した。


機体周りを確認し、翼、あしに異常が無いかを調べて、


「機体異常有りません。同乗訓練、離発着初歩同乗訓練に出発します!」


後席の教員に再度申告した。


ヒカルの申告を受けた教官が、


「初搭乗になる、気を引き締めて掛かるように。

 では、前席に着いてベルトを締め、伝声管を接げろ」


漸く乗る事を許した。


腰に下げたパラシュートを席に載せ、その上に座る。

シートにある安全ベルトを締め、飛行帽に伝声管を着け、

口元に後席に接がる声音管を下げて。


「伝声管着けました。用意宜し」


後席の教官に用意が整った旨を伝える。


「よし、では出発する。初めての飛行であるから、良く見ておく様に。

 それから今回は教官が全て操縦する。

 スロットル、フットバー、スティックに触れない様。

 また、その動きを覚えておくように、いいな!」


耳に教官の声が届く。


「解りました」


伝声管に答えると、早速発動機の唸りが高鳴った。


2枚ペラが回転をあげると、ゆっくり機体が進みだし、

駐機場から滑走路へと向かう。


 

 バ バ バ バ・・・



高鳴る爆音と、排気の匂いがヒカルの心を高揚させる。


「では、発進する。計器盤の速力計を見ていろ」


声に促されて、ヒカルはゴーグル越しに目の前にある計器盤を見た。

左側にあるスロットルレバーが、徐々に押し出されていくと、

更にプロペラの回転が早まり、機体が増速していく。

剥き出しの操縦席コックピットに風が吹き付けられてくる。

グングン気速を上げる複葉の練習機。

橙色の機体は、滑走路を半ばまで進む。


「今の速度は?」


急に教官が訊いて来ると、速力計を読んだヒカルが、


「70ノット(120キロ)!」


グングンスピードを増す計器の針を見詰めて答える。


「宜しい。この気速を覚えておくように。

 ではこれより離陸する、スティックとフットバーを見ておけ」


教官に教えられて、ヒカルは注目した。


先ずスティックが少し前へ押し出される。

すると、急に尻が宙に浮いたように感じられて、

機体尾部が浮き上がり、機首と尾部が前輪を軸に水平になった様に感じられる。


「今の速度は?」


また教官が訊いて来る。

めまぐるしくヒカルの眼が計器盤を読み、


「90ノット(150キロ)!」


そう答えると、


「離陸する」


短い返事と共に、スティックが手前に引き寄せられる。



   フワッ



それは、一瞬の事だった。

ゴトゴトと揺れていた機体が地面から離れると、

今迄感じた事も無い身体が座席に押し付けられる感覚と共に、

エンジンの唸りとプロペラの回転音。

そして風を風防が斬る音だけが支配する世界へとヒカルは入った。


緩やかに上昇を続ける練習機の中で、

ヒカルは教員の言っていた事を忘れて周りの景色に瞳を輝かせて観ていた。


ー これが空。これが憧れの空なんだ!


初飛行を遂げた者が皆同じく想う感慨。

自分が空へと飛び立った、初めての時に想う事。

いろんな想いが交差する中で想うのは唯一つ。


ー とうとうここまで来れたんだ。

  私もあの日夢に描いた憧れに、一歩辿り着いたんだ!


思わず下界を観て、想いを巡らせてしまうヒカルへ。


「只今の高度は?」


教官の声に我に返らされた。


「は、はい!800メートル」


ヒカルは答えて、やっと機体が水平飛行になっている事に気がついた。


「宜しい、ではこのまま場内半周の後に着陸誘導コースへ入る。

 離発着訓練はこの周回コースで行われる。

 どこで旋回するのか覚えておけ」


教官が命じてきてヒカルは驚いた。


ー こんな何も無い処で、どうやって旋回する処を覚えろって言うのだろう?


そう考えていると、


「機首方向に吹流しが見えるだろう?

 あれが機首の下に入った時に左旋回を掛けるんだ。

 ほ~らっ、今」


声と同時にスティックが左へ倒され、フットバーが動く。


機体が緩やかに旋回し、90度に向けられて進行方向が180度へ変わる。

再びスティックが戻り、水平飛行になると、


「次はあの山にある赤い旗が目印だ。

 あれが同じ様に機首に隠れた時、また90度変針すれば・・・」


そう話していた教官が機体を傾ける。

めまぐるしく廻る機体の中でヒカルは忙しく頭を働かせ、必死に覚えようと務めていたが、


「はい、今。誘導コースに入った。

 これから着陸するが、絶対操縦装置に触れてはいけない」


教官に告げられた通り手足を離して、

動き回るフットバー、スティックを見詰めるのが精一杯だった。


スロットルが手前に戻され、スティックが前方へ押し込まれる。


緩降下した機体のスピードが落ち、


「今の速度は?」


また急に教官が訊く。


「80ノット!」


慌てて答えるヒカルに、


「このスピードを覚えておけ。

 これが失速寸前の降下スピードになる。

 これ以上だとあしが地面に着いてもバウンドし、下手をすればバルーニングしてしまう。

 また、これ以下だと地面に叩きつけられ脚を壊しかねない」


教員の教えを必死に聴いているヒカルに、


「はい、着陸」


軽い口調で教官が告げる。

スティックが徐々に手前へ引き寄せられて・・・



    ト  ン  ッ


軽い振動と共に、主脚が地面に着いた事を知らせた。


 

    ゴト ゴト ゴト



後は尾輪が地面に着き、再び機体は激しい音と振動を繰り返し、

滑走路を走りスピードを落としていった。


「今は、主脚から滑り込む陸上式の着陸をしたが、

 あしの弱い機体だと衝撃で脚を折る危険がある。

 上達すれば尾輪も同時に着ける3点着陸が出来る様になるだろう」


誘導路へ向かう席上で教官が教えた。

誘導路を進んだ機体が停まると、整備員が駆け寄り、足停めを噛ます。


「では、本日の搭乗訓練を終る。

 次の者と換われ。指導官に報告を忘れるなよ」


ゴーグルを外した教官が後席に振り返ったヒカルに初めて目を合わせた。


「あ・・・ありがとうございました!」


半分眼を廻したような顔のヒカルを観て、教官が初めて空を飛んだ者に笑い掛けた。


「どうやった?初めて空を翔んだ気分は?」


にっこり笑い訊いて来た教官の顔をヒカルは生涯忘れまいと想った。


「柏村教官、私も一人で空を翔べるのでしょうか?」


自信なさ気に訊いたヒカルに女性教官は、


「お前には夢があるんやろ?大きな夢が・・・さ」


そう言って笑いかける柏村教官を、ヒカルは憧れと共に眩く感じていた。




甦る懐かしい思い出。


それは空を翔ぶ事を夢見た一人の少女が経験した物語。


ヒカルは空を飛ぶ夢を果し、単独飛行を成功させた。


しかし、時代の波はそんな彼女を飲み込んでいく・・・


一方エイミーは、今日の入校式で出逢った者に想いを巡らせていた・・・


次回 第10話 天娘てんむす零虎れいこ


君は一人の娘と出逢う。その娘の耳は・・・ケモ耳!?







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