第8話 初日を終えて
堀越家に夕日が迫る頃。
入校日を終えたエイミーが帰宅すると・・・
「たっだいまぁっ」
玄関で靴を脱ぐなり、エイミーは食卓へ向った。
「おおっ!おまんじゅうぅっ!」
お盆に載せられていた酒饅頭を見つけて手を伸ばすと、
「こらっ、エイミー。帰るなり摘み食いはやめなさい」
ヒカルが見つけて小言を言ったが。
「だってぇ、お腹ペコペコなんだもん」
ヒョイッと摘んで口の中へ放り込む。
「もうっ、それはお客様に出そうと用意していたのに・・・」
呆れた様に呟くヒカルが、
「栄美、校長先生がお見えよ」
お茶を入れながら教えた。
「げほっ、げほっ。横山のオジサンが!?
なぜそれを早く言ってくれないのっ!」
思いっきり咽返って、エイミーが怒る。
「あーらっ、いきなり摘み食いする子に、教えてあげるタイミングなんてなかったわよ」
お茶を煎れ終わったヒカルが、
「さあ。お父さんと校長先生に持って行きなさい」
お盆を指して促す。
「うん!解った!」
鞄を放り出してエイミーが嬉しそうに奥へ入っていくのを、ヒカルが微笑んで送り出した。
「横山のオジサン!来てくれたの!?」
襖を開けるなりエイミーが呼びかけた。
「うわっ!エイミーっ、お客様に失礼だろ」
横山と向かい合っていた
「やぁ、栄美ちゃん。今、帰って来たのかい?」
元気なエイミーに微笑む、私服姿の横山が手を挙げて挨拶する。
「エイミー、学生服のまま出て来たのか、着替えてきたらどうだ」
勲がお盆を持って現れた娘に呆れたような顔を向けて言う。
「だって、帰って来たら横山のオジサンが来てくれてるって聴いたんだから
・・・嬉しくって・・・つい」
バツの悪そうな顔をしたエイミーが二人の前に座って茶菓子を差し出す。
「粗茶ですが・・・」
横山と父の前に並べて置くと。
「どうだった?初日の感想は」
勲が横山とエイミーに目を配って訊ねると。
「うん、緊張した・・・目一杯・・・失敗した・・・」
顔を紅くしたエイミーが小声で答える。
「うん?失敗・・・ああ。土浦君が笑っていた件か。
何を失敗したというんだい?
土浦君が言っていたが、一番目立ってたって言っていたけど?」
横山が笑って訊いて来たのを、
「おいエイミー、初日から何をしてきたんだ?」
ジト目で父に訊かれたエイミーが俯いて、
「自己紹介する時に椅子ひっくり返した。
校内案内の時にコケちゃった・・・格納庫を観ていたら」
「・・・ははは・・・いつも通りだな」
唖然とした顔をして勲が苦笑いを浮かべる。
エイミーが俯いて紅くなるのと勲が額を押えて嘆くのを見て、
「大丈夫、栄美ちゃん。
まだ初日だから・・・それに教官の土浦君には良い印象を与えたようだよ。
大きな声で申告してくれたから後の生徒も目一杯の声で申告してくれたって、喜んでいたから」
慰め半分、教官室で聞いた話を披露してくれた。
「そう・・・それなら善かった。
ねぇ、横山のオジサン。今日はゆっくりしていけるの?」
気を取り直したエイミーが、甘える様な瞳で訊いてくるのを。
「ああ、宿舎の方へは遅くなるって言ってあるからね」
微笑んで答えた横山に、
「やったぁっ!」
思いっきり喜んだエイミーが抱き着いた。
「こっ、こらっエイミー!仮にも校長先生に対してそれはないだろ」
勲がはしたないと嗜めるのだが。
「いいでしょ、今は校長先生じゃなくて私のオジサンなんだから。
産まれてからずっとマモルにーと一緒に遊んでくれる、私のオジサンなんだから!」
ぷぅっと父に頬を膨らませ、舌を出すエイミーに。
「はははっ、困ったな栄美ちゃんには」
横山も懐かれて、まんざら悪い気はしないのか勲に笑って構わないと手を振った。
「エイミー、調子にのらないの」
ヒカルが客間に入り、3人の輪に加わった。
「お母さん、いいでしょ学校じゃないんだから」
横山の陰に廻り込んで上目使いにヒカルに言うエイミーへ、ため息を吐いて。
「すみません校長先生。ご迷惑をお掛けします」
ヒカルが下座に座り、横山に頭を下げると、
「何を言うのですヒカルさん。
僕は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってませんよ」
エイミーの頭を撫でて横山が笑う。
「私服に着替えた僕は横山
特にこの家ではね。なぁ栄美ちゃん」
ポンポンエイミーの頭を叩いて横山がヒカルに答えると、見ていた勲が口を挟んできた。
「でもなあ横山君。
マモルの時もそうだったが、一番に眼をかけて貰ってすまないと思っているのだが。
本当にありがたいと2人で話しているんだよ」
申し訳なさそうに勲がヒカルと目を合わせて横山に頭を下げる。
「堀越さんそれは違いますよ。
先にも言いましたが、僕は一度学校へ入れば学校長なのです。
校長は誰彼と贔屓する訳ではありません。
全国大会で優勝出来る程の実力者なのですからね」
横山は勲が大切にしている家族4人の写真を見ながら教える。
卒業し今は自衛軍士官学校へと道を歩んだマモルの事を思い、
「今頃マモル君はどう過しているでしょうね」
ポツリと寂しげに呟いた。
「アイツの事だ、先輩に噛み付いてるだろうな」
勲も想いを息子に巡らせて呟く。
「あなたの子供ですもの・・・しっかり頑張ってますよ、きっと」
ヒカルは母親の顔で夫の心配を和らげる。
「あ~あ、しんみりしちゃって。
マモルにーなら、きっと沢山友達作って笑ってるって。
うん!きっと・・・そうだ!」
エイミーは大人3人に笑顔を振りまく。
「さすが栄美ちゃん、良く解ってるねぇ」
「そうだな、エイミーの言う通りだな」
「そうね、妹のエイミーがそう言うのなら。きっとあの子は笑っているわよね」
大の大人がエイミーの笑顔に元気を貰う。
「栄美ちゃんが居れば心強いですね、堀越さん。
でも2学期からは全生徒寄宿生活ですからね、寂しくなるでしょう?」
横山が横目で勲を見ると、
「いや、五月蝿いのが居なくなるだけさ」
苦笑いをする勲だったが、瞳は少し寂しげに細くなって答えていた。
「え~え、そうでしょうとも。
私が居なくて清々するんでしょうよ」
そう言ってプイと横を向いたエイミーに、
「まあ、2学期まで残れればいいけど。退校にならないよう頑張りなさい」
言い合う父と娘の間に入ってヒカルが止めに入った。
「それはそうだぞエイミー。それだけは絶対許さないからな」
勲がポンと膝を叩いて娘に忠告した。
「う・・・うん。頑張ります」
両親に小言を告げられたエイミーは小さくなって笑う。
「我々の時代なら6割位の学生が失格となって
飛空士学校を辞めさせられたものだからなぁ。なぁ横山君」
戦前戦中に飛空士となった勲と横山が思い出したように話す。
「そうでしたね堀越さん。皆が皆、飛空士に憧れて狭き門に入学したものでしたね。
それでも卒業し専修課程まで残れたのは、ほんの4割か3割。
良く残れたと思いますよ僕なんかが」
横山が懐かしそうに話してお茶を啜る。
「そういえばヒカルさんは軍ではなく、逓信省の飛空士課程卒業でしたよね。
どうでしたか、同じ様なものでしたか?」
ふっと思い出した様にヒカルに訊くと、
「ええ、同じ様なものでしたよ、横山君」
思い出に浸る訳でもなく、ヒカルは即答した。
「そう言えばヒカルの学生時代って聞いた事があまりなかったなぁ。
この際だ、エイミーにも参考になるかもしれないから話してやってくれないか」
勲がそれとなく訊いてくると、
「私の昔話なんて・・・」
ヒカルが尻込みして口を濁すと、
「うん。私も聞いてみたい。
お母さんの学生時代のお話を」
エイミーが瞳を輝かせて促してくる。
「う・・・うん。じゃあ、晩御飯を食べながらにでも・・・」
ヒカルは立ち上がってキッチンの方へ出て行く。
「あれ?何か不味い事・・・訊いたかな?」
小首を傾げるエイミーに、キッチンからヒカルが呼んだ。
「手伝ってエイミー。今日はすき焼きなのよ」
ヒカルの声はいつもと同じ。
そう思ったエイミーは、
「ホント?やったぁ。すき焼きだぁ!」
食欲に負けてヒカルの居るキッチンへ足を向けた。
夕飯を共にする4人。
団欒の場でヒカルが思い出すのは、厳しくもあった学生時代。
初めて空を翔んだ、あの日の思い出・・・
次回 第9話 空への想い
君はあの時代の中で教わる事の厳しさを知る。空への憧れを抱いて・・・
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