第1章 飛空士の雛

第7話 飛空士学生

サンシャルネス王国に新たな学生達が集う。


そこは<飛空士学校>。


空に憧れし者達が集う処・・・





「ほらほら!早くしないと遅刻よ!」


階下から呼ぶ声がする。


「こぉらぁ、エイミーっ!まだ寝てるのかぁっ!」


朝の1コマ。


「全く・・・最初からこれじゃあ、父さん泣くぞぉ」


勲が嘆きながら朝食を食べ終わると、


「これじゃあ、飛空士なんて夢のまた夢になっちゃうぞ!」


コーヒーカップを片手に、小言を言う。


「ヒカルぅ、おまえも言ってやれよ」


やれやれといった感じで、キッチンに居るヒカルに愚痴を零す。


「そう言ってるあなたは大丈夫なの?

 今日はお昼迄に御依頼品を届けなくてはいけないのでしょう?」


キッチンに向ったまま、ヒカルが答えると、


「おっと。もうこんな時間か。

 じゃあ、ヒカル。栄美えいみの事は頼んだよ」


カップを置いた勲が立ち上がる。


「はい、あなた。お弁当」


包みを勲に渡して、


「今日も安全航法でね」


家を出る勲を見送る。




    <<堀越航空運送>>



家に建てられた看板の文字が目に映る。



此処サンシャルネス王国で、運送といえば航空便がもてはやされている。

なにせ、国土が広いから急ぎの荷物を運ぶとすれば、陸上貨物では間に合わない時もある。

国土の約半分が島嶼であり、4つの大きな島とそれに付随した島々で成り立った海洋国家。

海運業も盛んに使われているが、平和になった国では航空機が輸送手段として。

また、交通手段として普通に使われていたのだ。


急ぎの荷物なら、やはり航空便が手っ取り早い輸送手段となる。

そこで民間にもが出来たのだ。




勲に手を振って見送ったヒカルは、自宅の2階を見上げて微笑んだ。


「ホント・・・エイミーったら、しょうのないね」


ため息を一つ・・・それは幸せの中での一コマだった。







   <<サンシャルネス飛空士学校>>



そこは広大な王国全土から選抜された、空に憧れる者が集う学校。

若き飛空士となるべく集まった14歳から15歳の少年少女が学ぶ処。


ここ王都のあるサンシャルネスに住む者も衛星国からも、

ぞくぞくと生徒が1年間の学びの場として集まって来た。

飛空士を目指す生徒は入校時総数800名、

そこから飛空士の卵として卒業出来るのは・・・


「諸君。

 これより1年間の学びの場として本校に入学してきた訳だが。

 学期末のテストによっては退校せねばならなくなる者も出てくるかも知れない。

 この中から罷免される者が出ぬよう日頃の努力を惜しまず、

 気を引き締めて掛かる様に・・・」


学校長である航空軍准将、横山よこやまたもつが、

壇上から居並ぶ生徒を前にして訓示を行っていた。


「当校は、自衛軍直轄の学校である。

 私学の飛空士学校とは違い、適性が無いと思われた者は即ち退校を命ぜられる。

 その事を忘れないで欲しい。

 この全員が空へ飛び発って行ける事を切に望む」


流石に現役の軍人である横山准将は若い少年少女に厳しく訓示を行った。


「では、各員にクラス別けを申し渡す。

 教官が呼んだ者はその前に整列する事」


横山校長が壇上から降りると、先任教官が生徒へ命じた。

40名の教官達が前列に並び、代わる代わる受け持ち生徒の名を呼んでいく。

その8番目。

つまり第8組の教官が、いの一番に呼んだ。


「8組、堀越ほりこし栄美えいみ!」


周りに響くような声で、呼ばれたエイミーは。


「はっ、はいっ!」


持ち前の大声で返事して、駆け足で教官の前に着いた。


「堀越 栄美 ですっ!」


教官に負けじと腹の底から大声を絞り出して申告すると。


「ふむ」


教官は鋭い視線を投げ掛けてエイミーを観た。

順番に呼ばれる各級クラスの生徒達。

一番前に整列しているエイミーを教官は生徒達の名を呼びながらもずっと見詰めていた。


ー う・・・うわっ。この教官・・・ずっと私を見ているけど。

  何かいけない事をしたのかな?何か間違った事をしちゃったのかなぁ?


鳶色の瞳を教官に向けたまま、エイミーは冷汗を搔くみたいに身体を硬くしていた。



教官達の前に全員が整列を終えた。


「では、各級に別れて教室に向かう。別れ!」


入校式は、あっさりと終わりを告げた。

40組のクラスは各教室に向けて行進して行く。

広い運動場を抜けて、教室がある校舎へと入ると、


「8組は俺に続け。駆け足っ!」


いきなり教官が走り出した。


「えっ!?」


一番前のエイミーは一瞬面喰った顔をしたが、慌ててその後を追いかける。

5階建ての校舎の一番上の階まで階段を駆け上る。

その一番端に第8組の教室があった。


「はあ、はあ、はあ」


いきなりの駆け足で息を切らせたエイミーが、教官に続いて教室へ入ると、

後から続いた19名も息を切らせて入室してきた。


「いいか!これからは全て競争だと覚えておくんだ。

 各級が全部対抗相手だと心しておくんだぞ。

 成績も、対抗体育もな!」


入室した生徒に開口一番教官が教える。


「解ったか!」

「はい!」


20名は口を揃えて返した。


「宜しい。では、席順は呼び出された順に着く事」


教官が着席を命じる。

全員が着席して教壇の教官を見詰めると。


「全員そのまま聴け。

 本日から1年間君達のクラスを受け持つ、土浦つちうらかなめ飛空士だ。

 専門は所謂いわゆる車曳き、攻撃機の操縦を行っている」


黒髪を掻きながら自己紹介をし、


「では各自、自己紹介をして貰おうか。名前と出身地だけでいい」


エイミーを指して、


「では、1番。君から始めてくれ」


少し鋭い眼になって促した。


「はっ、はいっ」


緊張したエイミーが答えて席から立ち上がった時。


      <ガシャンッ>


慌てて立ち上がった弾みで、椅子がひっくり返ってしまった。


「あ・・・す、すみませんっ」


慌てて椅子を戻すエイミーに、周りの生徒から失笑が洩れる。


「そんなに慌てなくても良い。緊張し過ぎだぞ」


教官にたしなめられ、周りからクスクス笑いが洩れ聴こえて、

エイミーは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。


「うむ。

 君は場を和ませるのが上手いな。

 よしっ、それでは自己紹介をして貰おうか、おっちょこちょい」


鋭い瞳を和ませた教官が促した。


「ふぇ・・・はい」


教官に失笑されて、エイミーは恥ずかしさと情けなさに涙目になったが、

気を取り直し深呼吸してから自己紹介に移った。


「私は王都サンシャルネスト出身、堀越 栄美!」


腹から吐き出す様に大声で申告すると。


「うむ、元気があって宜しい。・・・では、次」


教官に響くような声で申告したエイミーに、頷いた土浦教官が次席生徒を促す。


「はい!ハンギョラ出身、良美リョビ!」


すらっとした身体つきで、長い黒髪の少女が人懐っこい瞳を輝かせて申告する。


ー 綺麗なだなぁ。私なんか子供っぽいのに。まるで年上みたい・・・


エイミーは良美リョビの姿を観て思った。

良美が着席すると3番目に立ち上がったのは・・・


「ペータイ出身、南田ナンダカン!」


栗毛の髪を短く刈った少年が申告した。


ー ふーん、男子の癖にナヨってるなぁ。まるで女の子みたい・・・


エイミーの瞳に写ったカンと名乗った男子生徒は、細目で少し頼りなげであった。

次々に申告が続き、男子10名女子10名の申告が最期の一人になる。


「私はランナ・バルクローン。フィフススター出身よ!」


金髪の少女が名乗った時、皆が一斉にその娘を見た。


ー えっ!?あのフィフススター出身?


エイミー達は目を見張って金髪の少女を見詰めた。


「私はこの国へ来て10年になる、列記としたサンシャルネス国民。何か問題でも?」


悪びれもしないランナが、碧い瞳で周りの生徒に言い放った。


ー へぇ。移民のなんだ。

  綺麗な金髪、綺麗な瞳・・・まるで舶来のお人形さんみたい・・・


エイミーはランナに対しての第1印象をそう感じていた。


「よしっ、各自これから1年間勉学を共にするのだから、覚えておくように。

 では、これより学内見学に移る。俺に続け!」


土浦教官が先に立って教室を出る。


「では皆、駆け足だ!」


またも教官は、足早に生徒を連れて学内を案内する。


「ここは航法技室、主に航法を学ぶ処。あれは機構技室、発動機や航空機の操作法を学ぶ・・・」


教官は足早に教えていく。


駆け足で教官に着いて行くのがやっとの生徒達は必死に覚えようと務める。


広い運動場を抜けて飛空技場に来ると、駐機場に複葉の練習機が並んでいた。


「あれが君達が初めて乗る事になる初歩練習機だ。

 古いが初歩練習機としては優秀な機体だ」


駆け足のまま教官が教える。


「我々教官も同乗するが、主に教えるのは受け持ち機に付く教員だ。

 実際に乗る時には、しっかり教えを請うように・・・な」


土浦が指す初歩練習機は、エイミーには玩具おもちゃの飛行機に見えた。



駐機場を越えると、格納庫棟が建ち並んでいた。


「さて、ここは初歩教練を終えられた者だけが来れる場所。

 専修教程が確定した者が訪れる聖域だ」


教官が走りながら指し示す一角は、それまでの格納庫とは雰囲気が全く違った。


「気になるか?あの中にある機体が?」


土浦が少し悪戯っぽく訊いて来る。


「あの中には伝説の機体が収まっている。

 前年度全国飛空士競技大会優勝機も・・・あの中の一機に含まれる」


誇らしげに教える土浦が、ちらりとエイミーに眼を向けた。


ー あ・・・マモルにーの・・・お母さんの<零戦>・・・?


土浦の教えた事にエイミーが気付く。


「そうだ、皆も知っているだろう?

 伝説の一騎、選ばれし者のみが乗る事を許される、

 天娘てんむすが宿るという<零戦れいせん>が収められているのさ」


茶目っ気たっぷりに教官が言った。


教官と共に格納庫を走り抜ける生徒達。

その中に納められている数機の機体。


陽の光が差し込まない薄暗い格納庫に眠ったように動かない数機の機体。


ー あそこに<零戦>が居るんだ。・・・私の友達になってくれる魂が・・・


エイミーは格納庫を見詰めて思いを馳せていた。


薄暗い格納庫の中で、学生達が通り過ぎていくのを見詰めている瞳があった。


その瞳は何かを求めているかのような輝きを、一人の少女へと向けていた。





こうしてエイミーの新たな学生生活が幕を開けたのです。


飛空士となり大空に羽ばたく夢を描く、多くの仲間達と共に・・・


そしてそれは一人の記憶を紐解く事にもなるのです。


辛い時代を空の闘いに捧げた、一人の少女の過去を思い出させるのです。



次回 第8話 初日を終えて


君はその日の事を鮮明に思い出せるのか?







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