第5話 喪う者



横山の記憶には苛烈な空の戦いが残されている・・・


それは、平和を求め戦った者の記憶だったのかもしれない




「青杉中尉撃墜2機、夢藤中尉撃墜4機」


指揮所前で戦果確認が申告されている。


エプロンに戻った零戦から、飛行帽を脱ぎながら栗毛の中尉が指揮所まで来ると、

飛行長がすかさず訊いた。


「中嶋中尉、今日も<我レ二機撃墜>か?」


笑顔の女性少佐が、中尉に念を押してきた。


「はい、柏村かしむら少佐。本日2機撃墜です」


敬礼して申告するヒカルに、皆が笑った。


「本当は4機だろ、ナーカ」


先任の青杉あおすぎ中尉が古参らしい飛行焼けした精悍な色黒の顔をほこらませて言った。


「杉さんは後ろにも眼があるって!」


夢藤むとう中尉が鋭い眼を和らげて言う。


「いいえ、確実は2機ですので」


2人に微笑み返したヒカルに、


「いや、それでいいんだ中島中尉。

 それこそ、永く飛べるんや。一機でも多く墜とせるんや」


柏村少佐はヒカルに頷く。


「よし、本日の戦闘はここまで。別れっ!」


柏村飛行長が、集まった者に解散を命じると、皆は思い思いの場所へと歩いていった。


「中嶋中尉、おみごとでした」


横山はヒカルに歩み寄って褒めた。


「何がお見事なの?」


駐機してある零戦へと戻るヒカルの足が停まる。


「横山少尉さんだったかしら。

 あなたは何も知らない・・・闘いがどんな物なのかを。

 だからそんな風に言えるのよ、あなたは・・・」


立ち止まったヒカルは横山に顔も向けず、それだけ言ってまた歩き出した。


「新入り、戦闘の後なんや、ナイーブになっとんのはしょうがないやろ。

 そっとしといたってくれへんか」


突然横山の後ろから柏村飛行長が話し掛けて来た。


「柏村飛行長・・・中嶋中尉は何故あんな事を?」


ヒカルの言った意味が解らず、思わず飛行長に訊いてしまった。


「あいつは・・・ヒカルは背負ってしまっているんだ。

 仲間達の想いを。共に飛んで生きて還らなかった者や、

 自らの手で奪ってしまった者達の魂を・・・な」


柏村飛行長がヒカルの背を見て横山へ教えた。





___________






「模擬空戦が終りました。皆様、両機に拍手をお願いします」


場内アナウンスに横山の記憶も途切れる。


「さて。私は式場の方へ行かねばならないのでね。

 2人共、ちゃんと帰るんだよ」


横山は堀越兄妹に向って、別れを告げる。


「ええ、横山准将。卒業後もまた逢えますよね。こいつが居ますから」


マモルがエイミーの頭を撫でて笑う。


「もうっ、マモルにー!」


子供扱いされた妹、エイミーが拗ねる。


「はははっ、そうだね。

 たまには学校を訪れるといいよマモル君。

 前年度の飛空士学年トップの君なら大歓迎さ、校長としてはね。

 それに栄美えいみちゃんも在学生になるのだから」


横山が兄妹に笑いかける。


「ホント?横山のオジサン。

 マモルにーも、学校へ来てもいいの?」


エイミーが嬉しそうに横山に訊いた。


「ああ、勿論。

 校長の私が許可するのだから絶対約束するよ。

 家族揃って大歓迎だよ」


笑顔に答えて横山も笑い、


「じゃあね栄美ちゃん。来月の入校式でまた逢おうね」


優しくエイミーの頭を撫でてやった。


「むぅ・・・横山のオジサンまで私を子供扱いするぅ」


頭を撫でられて、エイミーが剥れるが、


「うん!じゃあ来月。お願いします校長先生!」


鳶色の瞳をクリクリさせてエイミーが笑った。


横山は片手を挙げて別れの挨拶を贈り、式場の方へ向った。




マモルとエイミーが横山を見送る空技場に2機が着陸してくる。

先にヘルキャットが派手にバウンドしながら着陸し、

その後を追って零戦が降下してきた。


「綺麗な3点着陸だな、お母さんは」


マモルが見詰める前であしを降ろした零戦が、

主脚と尾輪を同時に付ける3点着陸を決め、

静かに制動を掛けつつ主賓席前で往脚ゆきあしを停めた。


スピーカーから零戦搭乗員の紹介が始まる。


「前大戦の偉勲者、撃墜総数230機を誇る翔騎。

 前女王マーリン様の近衛飛空士を務めた、

 中嶋なかじまひかる元王国海空軍もとおうこくかいくうぐん少佐です!」


プロペラを廻したままキャノピーが開かれ、そこからヒカルが出てくる。


「あ・・・お母さん・・・」


兄妹の見ている前で、ヒカルは地上に降り立つと、真っ直ぐ貴賓席へと歩み出す。


「あっ・・・上王様が・・・」


並み居る観客と同じ様に兄妹も呟いた。

長い階段をゆっくりと登るヒカルの姿に観客は皆、固唾を呑んで見守っている。


「お母さん。上王様に謁見するの?」


エイミーがマモルに訊いたが、そのマモルも解らないと肩を竦めるだけだった。


貴賓席の前まで登ったヒカルに立ち上がったマーリン前女王が手を指し伸ばす。

観客達はヒカルがその場で平伏すとばかり思っていたが。



  パ  ン  ッ !



なんと!

ヒカルはマーリン上王の手と手を合わせてタッチした。



  ザワ ザワ ザワ?!



観客席からどよめきが起きる。


「そう言えばお父さんから聞いた事があったな。

 お母さんはマーリン上王様と友達になったんだって・・・」


マモルが頬を搔いてエイミーに教えた。


「ひえぇっ!?お母さんが上王様のお友達ぃっ!?」


エイミーが思いっきり大声で叫んだ。

周りの視線を気にせずに。





「ヒカル・・・久しぶりね、元気だった?」


「マーリンも・・・元気そうで善かったわ」


2人は手を合わせたまま微笑む。


「お互い、歳を取ったわね。息子さんも大きくなったでしょ?」


マーリンがヒカルに訊ねると、


「マーリンもすっかり母親になったわね」


隣に座ったままの新女王を見て、ヒカルが微笑み、


「アルテミス女王陛下、失礼致しました。私は・・・」


膝を着いて自己紹介しようとするヒカルに、


「お母様からかねがね伺っておりました。

 <光の翼>を持つ騎士、中嶋 輝様。こちらこそ初めまして」


アルテミス女王が立ち上がってヒカルに礼を贈った。




   ザワ ザワ ザワ!!



その光景を見ていた観客がまたもどよめく。


「陛下。私などにその様な挨拶なんて・・・」


平伏したままのヒカルが止めようとするが、


「いいえヒカル。

 我が国が現在いまあるのは、あなたのお蔭。

 あなたの功績を思えば、現女王とて礼を述べるのは当たり前の事なのですよ」


マーリンがアルテミスを観て促すと、


「お母様の仰られる通りです。

 翔騎ヒカル様、さあお立ち下さい」


元女王であるマーリンが娘アルテミス女王は、

その若く麗しい顔に微笑みを湛えて場内へ向って、


「我がサンシャルネスの<光>よ、

 うしなわれた命に成り代わり、讃えられて下さい。

 戦いに散りし数多あまたの魂と共に、永遠に語り継ぐ事を国民と共に約束します」


宣下した。



 ドワアアァッ!



若き女王の宣下を受けた場内は一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が起きる。


「ありがとうございます女王陛下。ありがとうマーリン」


瞳に涙を湛えたヒカルが平伏せた。


「これが今の私に出来る、唯一つのお礼。

 そして罪滅ぼしなの、ヒカル・・・そして亡くなった人達への」


マーリンが空を見上げて呟く。


「戦いで亡くなった数多の命。

 掛け替えも無い人達の未来を奪った罪は、

 こんな事では拭うなんて事、出来ないのは承知している。

 それを教えてくれたのがヒカル・・・あなただったわ」


遠くの空を見詰めるマーリンがヒカルに言った。


「ヒカル・・・私の罪はどうすれば拭えるのかしら。

 亡くなった人達にどう謝れば赦して頂けるのかしら・・・」


マーリンの心は未だ戦争から抜け出てはいないかのようだった。


「喪う者が2度と出ない世界に。

 この空で血を流す者が出なくすると誓うのが喪いし者への謝罪。

 そうだったわよねマーリン」


ヒカルが答えた。

唯一つの謝る方法を。


「私とあなたが共に誓った唯一つの約束。

 それが喪った者への誓いでもあるのだから・・・そうでしょマーリン」


苛烈な戦争の中、

戦友を喪い、果ては心まで奪われそうになった者のみが誓える真の約束。


「ねぇ、マーリン。

 だからもう、あなたが思い悩む必要なんてないの。

 平和な空を永遠に勝ち取った女王はマーリン、あなたなのだから」


ヒカルの一言に、マーリンの心は癒される。


「ほら、今は敵だった者達も皆、平和を欲してくれているのだから」


ヒカルと共にマーリンは見上げる。


記念式典に併せて来訪した、

嘗ての敵国フィフススター国のジェット機とサンシャルネス王国のジェット機が、

平和を祝す白い煙を吐きながら空技場上空をび過ぎていく。


そこにはもう喪う者など出ない、平和な空があるだけだった。


・・・そう。


碧い空は光に満ち溢れ、平和を謳う翼が羽ばたいていたのだった・・・





この世界・・・我々の生きている世界とどう違うというのか?


それはこれからの物語で、お答えしていきましょう。

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