2019年11月17日紀伊國屋書店久留米店16人合同サイン会で配布したペーパー
汀こるもの
THANATOS偽典 2019年のゲームキッズ
誰かが言った。ソーシャルゲームとは娯楽ではなく習慣なのだと。
『パズルアンドドラゴン』と『シャドウバース』はすっかり、毎日アクセスしてログインボーナスをもらうゲームに成り下がった。めぼしいイベントがあったらガチャを回すつもりはあるが、自分でもものすごくこのまま忘れそうだ。それでも本当に忘れた『艦隊これくしょん』よりマシだ。ソーシャルゲームばっかりやっていられるほど学生は暇ではない。
やっと花見イベントが一段落した頃、『グランドセブン』に新章が実装された。どうやらいよいよヒロインの出生の秘密が明かされそうだ。人気ライトノベル作家・
それでも続きが気になってログインした。とりあえずサポートキャラは、よっぽどのことがない限りレベルマスキルマSSRフェンリルを選ぶのだが――
〝おもいだせ0711〟
サポート欄にあった奇妙なプレイヤー名に目を留めた。
何せ『グランドセブン』はプレイヤー名の変更が簡単なので盆だ正月だ夏休みだガチャ爆死だ、ことあるごとに皆、プレイヤー名を変える。ちょっとダジャレを思いついたというだけで変えるので誰が誰だかすぐにわからなくなる。先月のアップデートで名前だけでなくフレンド向けにメッセージも書けるようになったのだが、プレイヤー名とメッセージとでネタの文字数が長くなっただけで大した意味はなかった。
「……グラセブなんだけどさあ。この〝おもいだせ0711〟って誰?」
とりあえず近くの机にたむろっている〝家臣団〟に声をかけた――〝立花家家臣団〟は代議士をしている父の部下の子供たちで幼稚園の頃からの幼馴染みなのだが、友情と呼ぶには微妙な主従関係が形成されている。真樹にとっては日常だが、はたから見るとかなりどうかしているらしい。二人は違うクラスなのに休み時間のたびに真樹の教室に来る辺りとか。
〝家臣団〟どもはすぐに自分たちのスマートフォンを見た。
「ぼくじゃないです」
「オレでもないです」
皆、こぞってプレイヤー名を標準のあだ名に戻す。松岡、ケミー、脇毛、アイルー。謎の大喜利集団が少しだけマシになったが、〝おもいだせ0711〟は依然としてそこにいる。
「てか〝おもいだせ0711〟なんてフレンド、うちにはいないっすよ」
と
「フェンリルのレベルマスキルマか……手練れですね。クリームヒルト育ててるとか渋い趣味だな……」
「松岡、顔が近い」
信濃のあだ名は〝松岡修造〟なのだが、そろそろ松岡修造の方への風評被害かと思って改名を検討している。
「え、そいつうちにもいない」
「うちも。野良なんじゃないですか?」
リアルの友人ではない野良――サポートキャラ欄にランダムに表示されるプレイヤーをたまたまフレンドにしたものなのだろうか。友達のいないプレイヤーのために、全然知らない相手ともマッチングできるようになっている。このゲームは個人情報を入れたりチャットで会話したりするわけではないので知らないプレイヤーとフレンドになるのにそう抵抗はない。
実際〝おもいだせ0711〟はフェンリルをサポートに出しているので、これを目当てにフレンドにしたのかもしれない。防御バフがあまりにも強いので「脳死のときはフレンドを借りてWフェンリル」「フェンリルは人権」がこのゲームの合い言葉だ。
「自然科学部なんじゃないの?」
と愛瑠が教室の前方を見やる。
「矢部、江口、あんたたち知らない?」
「え、何」
陽華学園自然科学部部員は正確には真樹の友達ではなく立花美樹の友達なのだが、まあ『グランドセブン』のフレンドにはなっている。――
「うわっレベルマフェンリルうらやま。なにげに〝神々の黄昏〟も凸ってるじゃんうらやまっ!」
「こんな人権団体、自然科学部にはいないって。オレ無課金だから最強は☆4吉祥天だって」
「てか政治家のオヤジのクレカでじゃぶじゃぶ課金して出るまで回してるお前らとオレら私学に通うだけでカツカツの一般庶民を一緒にするなよな」
貧乏人の愚痴だけで終わった。しかし確かに、SSR☆5フェンリルは正月に一週間だけ限定ガチャに入っていたので持っているプレイヤーは少ない。真樹だって少なくない小遣いを突っ込んで何とか二体確保したが、金額はとても言えない。
自然科学部の矢部・江口・坂本・三沢・有吉・柳瀬を除外するとして。というか
「立花(兄)なんじゃねえの?」
「美樹さんはフェンリルなんて俗なキャラは使わない。お気にはシグルドリーヴァとアズラエルだ」
「アズラエル、俗の極みじゃねえかよ」
矢部と信濃が好き勝手なことを言う。――美樹はサポートにフェンリルを出さないし、いくら名前を変えていたって家族は見たらわかる。弟の
となると残りは高校生にあるまじき警察関係の知り合いだが。高槻彰彦はフェンリルピックアップガチャで大爆死してやけ酒を飲んでいたし、湊俊介と佐伯倫は『グランドセブン』をやっていない。この二人がソシャゲで爆死していたら指さして笑ってしまいそうだ。ペットの世話係兼家事代行バイトの浅岡彼方はイラスト的に興味があるが、スマートフォンのスペックが足りなくてゲームが動かないと言っていた。
後はここにいない幼馴染みの〝新橋三号〟とその関係者だが、〝最近のオススメアニメは?〟という名前でフェンリルを出しているのが一人、〝靖子は血も涙もない〟という名前でヨルムンガンドを出しているのが一人、〝玄も血も涙もない〟でオーディンを出しているのが一人、〝愉悦を極めたからちょっと違う〟でアルテミスを出しているのが一人、〝いちいち鬱鬱言うな〟でヘルフィヨトルを出しているのが一人。……全員当てはめてみても〝おもいだせ0711〟が余る。やはり野良なのだろうか。というかお前ら、名前欄で会話するな。SNSでやれ。
「真樹さん、今日帰りどうしますか。愛瑠がイチゴタルト作るって言ってますけど」
「え。んじゃ食べに行こっか。アイルーんち久しぶりだし」
だがそのときは結局「変わった奴がいるな」で終わった。信濃の言う「愛瑠のイチゴタルト」の方が気になったので。
変化があったのはゴールデンウィーク直前。
メギドをチケットで周回し、FGOのAPを一通り使い切ってから『グランドセブン』を開けたとき――そこに、非日常が広がっていた。
――フレンドも、野良も全て名前欄が〝おもいだせ0711〟に変わっていた。表示されるのは二十人だが、全部だ。
メッセージ欄は『こうすればフェンリルが出ると聞いて』『フェンリル祈願!』『出ろ、フェンリル!』『人権がほしい!』とバラバラだが、どうやら名前をこうするとフェンリルが出るという噂でも流行ったらしい。ゴールデンウィークだからなのか、正月以来、ゆうに五カ月ぶりにフェンリルがガチャに入ったようだ。
その中で、たった一人だけが、
〝おもいだした?〟
サポートに出しているのはよりによってフェンリル。アイコンの窓の中から、牙を剥いた白い狼が獰猛な青い目でこちらをにらみつけている。メッセージはない。
「――“It's a cool.”じゃんよ」
真樹はなぜか片言でつぶやいた。
――やはり。Twitterはどこもかしこも同じスクリーンショットがべたべた貼られている。
『グラセブ裏技。名前を【おもいだせ0711】にするとSSRフェンリル確定!』
十連ガチャを引いた結果に三体フェンリルが表示されている画像だが、多分加工アプリを使ったコラージュだ。ちょっと考えればわかる。が、ちょっとも考えないのがネット民というものである。引っかかったのは全員中学生なのかもしれない。画像は転載されまくり、どこが出所かもよくわからない。
『グランドセブン』のイベント告知は遅くてイベント開始二時間前なんかがざらなわけだが、〝おもいだせ0711〟はコラージュ画像を作った後、毎日フェンリルピックアップガチャがないか見張っていたのだろうか? 頭が下がる。何てまめな奴なんだ。絶対暇人だ。
『グランドセブン』のフレンド欄には各人のログイン時間が出るようになっている。何分何秒という単位ではなく『いま』『一時間以内』『一週間前』という程度だが。
それでも真樹がログインしたのを知ったらしい。フレンド欄を更新すると〝おもいだした?〟のメッセージが変わった。
『Special Coordeに本名でログインしてください』
検索してみると、『Special Coorde』は中国語のソーシャルゲームだ。レビューは二個だけ。『日本語じゃねえじゃん、ゴミ』『日本語知らないのかよ』――ヒュウ、と口笛を吹く。日本語ローカライズされていない海外ゲーム。なぜかギルドチャットだけは日本語が使える。
ここなら誰と何を話してもバレないわけだ。
こうして、立花真樹が日々走るゲームが八本に増えた。
* * *
どうも久留米の皆様、汀こるものでございます。お馴染みの皆様はご足労ありがとうございます。「他の作家さんが目当てだったけどついでに」という方、初めまして。
このたび掲載のSS『2019年のゲームキッズ』は講談社より刊行のTHANATOSシリーズの、ボツ原稿です。……THANATOSシリーズ知らない? 紙ではことごとく絶版になってるから電子書籍で買うか、図書館で探してください! 行く先々で死人が出る謎の少年死神タナトスと愉快な仲間たちが熱帯魚ウンチクをぐだぐだ語るメフィスト賞らしいミステリシリーズ。8巻に思いっきり「問題編終了」と書いて以来音沙汰がないですがその後、ボツ原が続々出てくるこの状況、お察しください!
さてサイン会で取り扱っている本の近況!
『続・五位鷺の姫君 因果逆転のカースフォージ』
甲斐性がないので2巻が同人誌です!
その後、五位鷺の姫君・預流の前は鎌倉仏教のオイシイところをパクってNAISEIチート無双しようと目論んでいたが、パラレル平安京は安易な歴史改編を許さなかった。呼べば来る陰陽師・安倍播磨守靖晶を連れて辻説法しようとやって来た左京の市には既に、都で評判の超能力美少女占い師の長蛇の列。いろいろあって行列に並ぶことになった彼らの前にいつもの阿闍梨にして権律師・明空と……明空の彼ピッピ?
ジャンル迷走平安パンク仏教ラブコメに来るべくして来た四角関係と、ガチ陰陽道の刺客・カースフォージャーが参戦! 虚無のブッダクレイジー預流の前、メタミステリの権化となって都にはびこる呪いと戦う! どこへ行くんだこの物語は! ネット掲載短編『ペンは剣よりフリースタイル』『鉄輪』『檻』『葵』に書き下ろし掌編『粥』も収録。
3巻4巻も多分同人誌になることでしょう! 3巻は本編で不完全燃焼だった賢木中将の平安恋愛工学が牙を剥き、4巻は叡山の荒法師たちによる恐怖の四百人強訴が京の都に押し寄せる! お楽しみに!(本当にプロット練って資料集めてます)(商業で通んねーよこのプロット)
『れべきゅー完結編(仮)クラウドファンディング企画』
こちらも甲斐性のない話です! 年内あるいは来年3月までには開始するものと思ってください!
「小雀殿の運命は九郎殿にそっくりなのですぅ。それが鞍馬のさだめなのですかぁ? 本当の貴方はいつまでもひとりぼっちで山の中に転がっている、まともに弔われてもない憐れな死人なのですよ」
弟橘の三の姫が平凡な少女になり、雀が守るべき価値を見失ったとき。
目的を失った〝殿山武國プラグイン〟は暴走を始め、未曾有のオカルトハザードとなって東京を襲う。
「あれこそは鎮護国家に反するもの、まつろわぬ民、東夷にございます」
更に助六の思惑にはなかった〝神使殺しの魔弾〟――
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは鞍馬山遮那王尊こと源九郎判官義経、さしたる用もなかりせばリクエストにお応えして参上! フットワークが軽いから南座でも蝦夷地でも蒙古でもバビロニアでも呼ばれたら来ちゃう!」
「祟りとは血筋ではなく武功でもなく、ただ怨念のみで呪う!」
「てめえらこの期に及んで女子中学生に世界の運命投げてんじゃねーよ!」
「急ぎ急ぎ律令の如くせよ、って昔の人は何でオバケに法律に従えとか言ってたんだろうね?」
実質生体金庫。昔の伝奇ノベルスってこんなんだったよね?(偏見)
同時収録・初恋編(仮題)、お楽しみに!
2019年11月17日紀伊國屋書店久留米店16人合同サイン会で配布したペーパー 汀こるもの @korumono
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