SS16  吉嶋の思い出


 敏雄は、ラボでの精密検査の時にさりげなく聞いてみた。

 なぜ、ジルコン・プロトタイプは、一体しかいないのかと。

 しかしラボの研究者は、すげなく、知らないと答えた。

 何度か聞いてみたが、本当に理由を知らないらしかった。

 すると、鍛治野という科学者が独り言のように言ってきた。

 吉嶋教授から聞いた話らしいが、ジルコンを作ったのも《GAEA》とアンバーの開発者であるクリエイターであり、ジルコンを一体しか作れなかったのは、直後に処刑されてしまったからじゃないかということだった。

 鍛治野がそういうと、他の科学者がそれ以上は!っと慌てて口止めしようとしていた。

 それを聞いてた敏雄は、考える。


 50年前にアンバーを創り暴走させたとして処刑されたクリエイター。

 前に吉嶋が言っていた。クリエイターは、そういうことをする性格ではなかったと。


「そんな性格じゃなかったやつを……、なんで処刑にしたんだよ?」

「君はそれ以上詮索するな!」

「なあ、教えてくれたっていいだろ! こちとら新型ジルコンなんだ! ジルコンを創った奴のことを知りたいって思っておかしいかよ!?」

 さすがの敏雄も反発した。

 すると、科学者の一人が舌打ちした。

「そんなことは、関係ない。」

「なんだと…?」

「今は、お前は、《GAEA》にアンバーの核を供給し続けることだけを考えるんだ。」

「おい! 質問の答えになってねえだろ!」

「……からない。」

「はっ?」

「俺達にだって分からないんだって言ってんだよ! ガキが!」

「こ…、この野郎…。」

 吐き捨てるように叫ばれた言葉に、敏雄は怒りに震えた。

「落ち着け、敏雄君。」

 鍛治野が止めに入った。

「なあ、あんたは教えてくれるのか? なあ。」

「……すまない。本当に分からないことなんだ。なにせ、もう50年も前のことなんだから。」

「……そうかよ。」

「吉嶋教授ぐらいだからな。クリエイター本人と面識があるのは……。」

「じゃあ、あの爺さんに聞けば分かるってことか?」

「とは言ったものの、あの人も語れる範囲が限られているだろう。あまり期待はしない方がいい。」

「なんで?」

「上の…圧力だろうな。」

「ってことは…、お国の偉い奴らが?」

「こればかりはね……、一筋縄じゃいかないんだ。……分かってくれとは言えないが。」

「結局…、そうかよ。あんたら大人って…そんなことばっかじゃねえか。」


「ハハ…、返す言葉も無いな。」


「教授…。」

 そこに吉嶋がやってきて苦笑しながら言っていた。

「検査が終わったのなら、少し…話をしないかい、敏雄君。」

「教授!」

「わかっているとも。ただ、少しだけ昔話をするだけじゃ。」

 止めようとする他の若い科学者を制し、吉嶋がそう言った。

 検査機から降りた敏雄は、吉嶋について行き、彼個人に与えられているらしい教授室に来た。吉嶋が鍵をかけ、椅子に座るよう促した。

 椅子に座った敏雄と対面する形で椅子に座った吉嶋は、備え付けの保温ポットからお茶を酌み、敏雄に渡した。

「私はね…、敏雄君、かつて、クリエイターと共に、《GAEA》プロジェクトのチームメンバーだった。」

 吉嶋は、昔話を語り出す。

「チームメンバーだったとはいえ、私は当時最年少でね。雑用ばかりだった。ハッキリ言って、クリエイターは、異常だったな……。他のメンバーがまったくついて行けないほどの頭脳を持っていた。……だから、恐れられていたよ。周りからも、当時の上の人間達からも。」

「クリエイターは……、人間だったんだんですよね?」

「ああ、間違いなく人間だったよ。そう…彼は頭が良すぎる人間だった。だが、人間として欠けていた。」

「欠けていた?」

「そう…、彼は感情を表にほとんど出さない…、いや、まるで持っていないような人間だった。不気味なほどに。」

 吉嶋は、当時のことを思い出したのか、顔色を少しばかり悪くした。つまり、余程不気味な人間だったらしい。クリエイターと呼ばれていた男は。

「天は二物を与えず…。まさにその通りなのだろう。彼は、頭脳を引き換えに人間としての感情を与えられなかったかのような……。そんな人間だった。」

「……だから、手段を選ばなかった?」

「ああ…、普通ならば人道的な理由で避けられることを平然としたし、逆に自分自身を省みることも無かった。つまり、自分自身すらも単なるそこらの石ころのようにしか考えていなかったのかも知れない。本当は…何を考えていたのか…、少しでも聞いていれば…何かが変わったのだろうか…? 私は、クリエイターのことを思い出すたびそう考えてしまう。」

「……優しい人ですね。」

「…おかしな人間だとは言われるが、そう言われたのは初めてだ。ただ単に偽善だとも馬鹿にされたこともあったが。」

「偽善の何が悪いんです? 何もしないよりかずっとマシじゃないですか。」

「君こそ、優しい男の子だ。」

「それで…、なんで処刑されたんです? ジルコンをもっと創っておけば…。」

「……あくまでも憶測に過ぎないが、恐らくだが、ジルコンの存在は、保健だったのではないかと考えられる。」

「ほけん?」

「アンバーが暴走し、アンバーを燃料にすることが容易じゃなくなった際の緊急道具。クリエイターらしいと言えば、らしいかもしれない。」

「もしかして…、肝心なことを言わないタイプだったとか?」

「ああ、その通りだ。基本的に無口で、好き好んで近寄る人間もいなかったせいもあるかもしれないが、ベラベラと喋るタイプの人間じゃなかった。そのせいで、処刑にした後になって色んな問題が浮上してしまったのだがね……。」

「だったら、問題があったときのために殺す前に色々と喋らせた方が…。」

「若かった頃の自分でも分かっていたよ。周りの人間や上の人間達も、皆、クリエイターを恐れていた。おそらく……、初めから、《GAEA》が完成したら殺すつもりだったのかもしれない。ただの科学者の一人でしかなかった私には教えられなかったが。」

「んんん? なんかおかしいような?」

「なにがだい?」

「だって、クリエイターは、アンバーを創ったから処刑にされたんだって教科書にも載っているのに、《GAEA》が出来る時から殺されることが決まっていた? アンバーは、燃料なんだろ? いつから、アンバーは暴走を始めたんだ?」

「それは……、ハッキリとした時期は分からない。少なくとも、世界中にエネルギー供給が可能になった頃からか……、もしかしたらそれよりも前か……。」

「悪い部分を全部クリエイターに着せたってことか?」

「……そうなるだろう。」

「それで…よかったのかよ? 吉嶋さんは…、それでもよかったって…。」

「口出しできる状況でもなかった……、私は我が身が可愛かったんだ。」

 吉嶋は、絞り出すように言いにくく、そう言った。

 敏雄は、言葉を失う。

 なんとなく分かってしまった。クリエイターを気にしていても、当時若造でしかなかった吉嶋ひとりの力では、クリエイターを恐れて殺そうとしていた者達からクリエイターを守ることはできなかった。むしろ一緒に殺されるのを恐れてしまった。それほどに、怖かったのだ。クリエイターが置かれている状況…、とりまく環境が……。


 自分がクリエイターだったら…、怖すぎて、耐えられないと…考えてしまったから。


「君は、とても察しが良い……。だが、あまり外部にこのことを喋らないようにしてくれ。クリエイターを悪役として保たれている、今の社会のか細く脆い薄衣(うすぎぬ)に隠された真実に大衆がたどり着かないように……。それによって、起こるであろう、悲劇を起こさないために。」

「……吉嶋さん…、あんたも結局は……。」

 敏雄は失望したように言った。

「分かったよ……。俺は何も言わない…。」

「すまない…。」

「けどな。……隠してれば、いずれバレるって知ってっか? くそったれ。」

 敏雄は、歯から血が垂れるほど強く食いしばり、吐き捨てるように言った。

「そうなれば、その時だよ……。」

 吉嶋は、そう淡々と答えたのだった。

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