SS15  泣けない身体


 敏雄は、顔を机の上で腕を枕にして埋めていた。

「俺が…。俺のせいだ…。目の前だったんだ。目の前で…。」

「敏雄…。」

「ユイリンさんの身体がおかしかったのに気づいてたのに、動けなかった…。目の前で……、何を言っても言い訳にしかならねえのは分かってるけど…、けど!」

「ごめんね…。」

「俺の…せいだ。」

「私が、変にプレッシャーを掛けたせいもあるね。ごめんね、ごめんね。もう長くないかもって聞いてたのを、黙ってて言われてたから黙ってたのもある。お願いだから…、自分を責めすぎないで。」

「俺のせいだ…。本当に……目の前で…。なのに……なんで泣けないんだよ…、この身体?」

 敏雄は、思いっきり感情のままに泣き出したかった。だが泣くことはおろか、涙さえ出てこないのだ。

 敏雄は、顔を上げ、自分の目尻を触った。

「この…クソみたいな身体、なんだよ! 誰かのために泣くこともできないなんて!」

「敏雄…。」

「なにが、ヒーローだ! 仲間で友達だった人の死も泣いてやることができないなんて、なにがヒーローだよ! 力なんてあっても、目の前の友達も守れなかった力なんて…。」

 クソがっと、敏雄が机を殴った。途端、机は真ん中から折れてしまった。

「……戻せよ…。」

 敏雄は、ブルブルと身体を怒りやわけの分からない感情によって震わせる。

「元に戻せよ、身体を!」

「だいじょうぶだよ…。」

「幸香…?」

 敏雄がふと幸香の方を見ると、幸香が泣いていた。

 ボロボロと、目が溶けそうなほど大量の涙を流していた。

「私が…敏雄の分までいっぱい泣くよ…? だから、自分を……責め…すぎないで…ね?」

「……あんがと…幸香…。」

 敏雄は、俯いたまま幸香に、泣きそうな声でそう言ったのだった。

 けれど、やはりいつまで経っても泣くことは出来なかった。






***






「元の身体に戻りたい?」


 後日、敏雄は、由川に言った。元の身体に戻りたいと。

「それは、無理な話だ。」

「なんで…。」

「君の身体は、胸部にあるジルコン核があるように、細胞レベルで、ジルコンと融合状態なんだ。つまり、死ぬまで今の状態のままだ。」

「……なんだよ。それって、死んだら戻れるってことか?」

「元に戻る…のは、ジルコン核のみだ。」

「…ユイリンさんの…結果か…?」

「ジルコン核のみが、溶けて液状化した人体部分から分離し、まるで次の生物に埋め込まれるのを待っているような待機状態らしい。あくまで、人伝に聞いた話ではあるが。君も死んだら、おそらくはそうなるだろう。他のジルコン達もだ。」

「俺達は…、ジルコンにとってのなんなのさ?」

「……研究所のラボで色々と調べた結果なんだが…、ざっくりと言わせてもらうと…、ジルコンは、初めから多細胞生物との融合をするように設計されていたらしい。」

「たさいぼうせいぶつ?」

「アンバー…、いや、例えばアメーバなどの微生物の多くは単細胞生物と呼ばれている。それは、細胞を支える中心である核と呼ばれる最重要の部位がひとつしか無いからだ。だが、多細胞生物はこの逆だよ。たくさんの細胞を持つ。つまり、核の数が多い。ジルコンは、元々アンバーから偶然生まれた燃料にならない亜種の単細胞生物を兵器として改造したものだった。だが、寿命はある。それは、生物兵器だから。あくまでも憶測だが…、開発者であるクリエイターは、初めからジルコンの寿命問題を解決する策として人間などの多細胞生物との融合させることを前提にして設計した可能性があるらしい。」

「つまり、俺達はジルコンを長生きさせるためだけの材料ってことかよ?」

「そうとも取れるかもしれないし、違うかもしれない。開発者であるクリエイターが死んだ今となっては何も分からないことであるが……。ユイリンさんのおかげで、少しずつ分かってきたかもしれないんだよ。」

 しかし、っと由川は間を置いた。

 多細胞生物は、なにも人間では無くてもよかったはずだと由川は言う。それは、ジルコンの研究を行っているこの研究機関の科学者達も思っていることだった。

 だが、人間でなければ、いけなかった。人間じゃないとうまくいかなかった。

 敏雄の血に反応したジルコン・プロトタイプが瀕死の敏雄を選んだのは、おそらくその場での偶然だったのだろうが、それでも量産型のジルコンの方も人間でなければならなかった理由が分からない。

 可能性があるのだとしたら……。

「ジルコン・プロトタイプの唯一の融合機である、君から分離した、シズというクリエイターそっくりの人間型が現れたことに原因があるのかもしれないと見られている。」

「もしかして…。」

「君は、もう知っているだろうが。調べてみたが、シズというクリエイターそっくりのアレは、クリエイターと同じ遺伝子が使われている。そのコピーである量産型のジルコンにも、同じ設計が受け継がれたのなら、同じように人間を新たな素体として取り込んで新生するより他なかったのかもしれない。量産型の方にクリエイターにそっくりのアレと同じモノが現れないのは、コピーされたことによる劣化だろう…っと、ラボの研究者達は考えているそうだ。」

「でも…、元には戻れない。」

「先ほども言ったことだが、それは無理な問題だよ。君の本体となる急所部位は、今やその胸にあるジルコン核のみなんだ。つまり、頭を潰されようと、ソコさえ無事なら再生は可能らしい。君という情報はすべてジルコン核に集約されているのだよ。」

「それって…、俺…、俺達は石ころになっちまったってことか!?」

「そうとも言えるかもしれない。」

「クソっ!」

 元に戻る以前の大問題がソコにあった。

「泣けないことか…、辛いことなのは分かっているつもりだ。その辛い気持ちを泣くことで発散できないことがどれほど辛いことかも。」

「知ったようなこと言いやがって!」

「そうだね…。僕は、ジルコンじゃないから、君から見たらそうだろうし、そうなんだ。だけど、僕としては、君の気持ちを分かりたいと願っているし、想像している。僕としてはね…、君が泣きたいと思うその優しい気持ちや心を…死ぬまで失わないでいてほしいなって思ってるよ。だって、それは人間が持つ感情というものだから。」

「あんた……。」

「人間の定義って…、なんなんだろう? そうやって誰かのために泣きたいと思う感情を持つことが人間なのだとしたら、君は十分まだ人間だよ。僕はそう思う。」

 由川は淡々と喋るが、敏雄はなんとなく察した。由川が淡々としているのはあくまで仕事だからそう演じているだけで、彼なりに思うところあるし、それを表に出さないようにしているだけなのだと。

「そうそう。ユイリンさんのジルコン核だけれど…、アレは、ラボで大切に保管されているよ。解剖とかの名目で破壊されることはないから安心してくれ。」

「……そっか。」

 敏雄は、それを聞いて、少しだけホッとしたのだった。



 その後、廊下を歩いていると、前の方からディアブロが来た。

 敏雄が無視して通り過ぎようとしたとき。

「いちいち、グズグズしてたらしいな?」

「ああ?」

「あのおとぼけ女のことでな。」

「なんだと!」

 敏雄は、カッとなりディアブロに掴みかかって壁に押しつけた。

「この馬鹿力が…、いちいち味方の死を悼んでたら、やってられねーぞってことだ。」

「てめえは、悲しくないのかよ!」

「グズグズしてて…、目の前で誰かが死ぬ方がいいってか?」

 そう言われ、敏雄は、グッと言葉を詰まらせた。

「……分かってるよ。んなことぐらい。」

「…俺だってな、戦友を山ほどアンバーに殺されてんだよ。いちいち泣くなって散々殴られたさ。俺がグズグズしちまったせいで、死んだ奴らもいた。」

 ディアブロは、そう吐き捨てるように言った。

「非情になれとは言わねえが……、なんでお前みたいなただの一般人のガキんちょが、プロトタイプ・ジルコンの融合機になっちまったんだろうな?」

「知らねぇよ……、その場の偶然としか…。」

「てめえがもし死んだら…、俺はお前のジルコン核と交換して貰う予定になってる。」

「はあ?」

「戦える人間の方が力を持つ方が効率的だろ? そういうことだ。」

「…ゲー、それはちょっと気持ち悪。」

「うるせえよ、ガキんちょが。俺だってお前の唾がついたモンなんて願い下げだが、プロトタイプ・ジルコンは、一体しかいないからな。」

 ディアブロから手を放した敏雄は、悪態を吐いてくるディアブロを睨みつつ、ふと思う。


 なぜ、ジルコン・プロトタイプが一機しかいないかと。


「なんで、プロトタイプ・ジルコンって一体だけなんだ?」

「知るか。じゃあな。」

 ディアブロは、そう言い去って行った。

「……あとで、由川に聞いてみるか。」

 敏雄は、そう呟き、さっさとその場から立ち去った。


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