SS17 志願者達の闇
新型ジルコン姿の敏雄は、今、固まっていた。
「見た…わね?」
低く出された女の声が、背筋をゾッとさせる。
激しい憎しみと恨みで凝り固まったような狂気の顔が、白人特有の美しい顔を歪め、せっかくの綺麗なオレンジ色の目が恐ろしい。
その女の姿が、あっという間にオレンジ色の新型ジルコンへと変わる。
そして、背中のリングを発動させ、宙を舞い、敏雄に襲いかかった。
***
時は少し遡る。
アメリカのある州で、多数のアンバーが出現。これにより、数チームの新型ジルコンが派遣された。このチームには、敏雄がいるチームもあった。
アメリカ所属の新型ジルコンのチームも現地に派遣されていて、すでに戦闘は始まっていた。
なお、ディアブロは、アメリカ軍人ではあるが、日本に派遣されているアメリカ軍基地の軍人であったためアメリカ国籍でありながら、志願したときに日本で量産型のジルコンと合体・融合したため、新型ジルコンとしては日本のチームに入っているのである。
敏雄達の方の戦闘があらかた終わった時、妙に苦戦しているらしい地区があったため、敏雄はそっちに移動した。
そこで目撃したのは……。
アンバーに襲われ、身体半分は溶かされたり、倒壊した建物によって重傷を負った人間達を人間の姿で足蹴りにして狂気の笑いをあげているオレンジ色の女だった。
その女の傍らには、紫色の新型ジルコンも控えていた。なにか様子がおかしくオロオロとしているようだった。
「見た…わね?」
そして冒頭に戻る。
なにが起こっているのか分からないでいた敏雄に、女があっという間に新型ジルコンの姿へと変わり、襲いかかってきたのだ。
『まっ…。』
敏雄が咄嗟にガードしたことで、顔めがけて振り下ろされたかかと落としを防いだ。
『ま、待てよ! なんで! どうして!?』
『黙りなさい。そして、死ね。』
狂気を孕んだ女の声がそう言い放たれる。
『待ってって言ってんだろうが! なんで、仲間同士で!』
『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!!』
もはや女は聞いていなかった。まるで狂気に支配されているようにひたすら攻撃してくる。
状況が飲めない敏雄は、防御に徹するしかなかった。
『チッ! 硬いわね…。バオリアナ! あなたも加勢しなさい!』
『ひ…っ、えっ?』
バオリアナと呼ばれたのは、紫色の新型ジルコンだった。呼ばれた方は、見るからにビクついていた。
『い…や…、私…、もう…!』
『バオリアナ!?』
バオリアナは、別方向へ飛び去っていった。
飛び去っていったバオリアナをぼう然とみているオレンジ色の女の新型ジルコンに、防御態勢の敏雄はただただ混乱していた。
なぜ、味方であり、仲間であるのに自分は…、そして彼女は自分をっという混乱であ頭がいっぱいだった。
シーンっとなっていると、直後に、ゴガンッ!とオレンジ色の女の新型ジルコンが横へ吹っ飛んでいった。
『おい! だいじょうぶか? ガキんちょ。』
『ディアブロ!?』
そこに現れたのは、ディアブロだった。彼が彼女を蹴ったのだ。
吹っ飛んでいき地上へ落下し、転がっていったオレンジ色の女の新型ジルコン。ヨロヨロと立ち上がろうとした時、無数の新型ジルコン達が彼女の回りに舞い降りてきた。
敏雄は、悪い予感がして咄嗟に、なにをっと叫びかけた時。
『キャサリン・ミラー! 反因子として、処分命令が下った! これより駆逐する!』
『なっ!?』
それを聞いた敏雄は、咄嗟に動きかけてディアブロに肘でどつかれた。
痛みはないが突然のことで尻もちをついた敏雄。
その間に、他のジルコン達により、キャサリンと呼ばれた新型ジルコンは、他のジルコン達に一斉に攻撃された。
『や…やめ…。』
敏雄が信じられない光景に手を伸ばす。
キャサリンの外殻は砕け、ゴム質の部位は潰され、ピクピクと痙攣している胴体に、ディアブロが拳を振り下ろし、胸を貫いた。その瞬間に、キャサリンの胸部にあるジルコン核が光を漏らしながらキャサリンの身体から千切れるように離れて、落ちた。
『……報告。キャサリン・ミラー。駆逐完了。ジルコン核の回収も完了。』
ディアブロがキャサリンの核を拾い上げ、耳辺りに手を当てて報告していた。
『続いて、バオリアナ・サンチェスの捕縛。基地に連行します。』
『おい……。』
報告を終えたディアブロに、ユラリと立ち上がった敏雄が近づく。
他の新型ジルコン達が動こうとしたが、ディアブロが制した。
『どういうことだ? なんで…仲間を…?』
『お前…見てただろ?』
『なんで殺したんだよーーー!!』
ディアブロに殴りかかった瞬間、合気道の要領で敏雄を投げたディアブロ。
『ぐっ…。』
『あの女はな…。復讐のために、民間人を見殺しにしたんだ!』
『ふ…ふくしゅう?』
『見た…っつても、どういう状況だったのかは分かってなかったみたいだな。これから、ちょっとばかり上からもらった、あのキャサリンって女のことで話すぜ? 1回しか話さねぇから、耳かっぽじって聞け。』
キャサリン・ミラー。
36歳。元教師。
アメリカの、この州で教職の地位に就いていた女。
だが、就任先の学校でのアンバー襲撃事件の際の避難の遅れの責任の冤罪を受け、教職を追われ、いわれの無い噂話を流されてホームレスに。
体質調査で適合し、冤罪の汚名の返上と引き換えに志願者となるが、偶然にも自分を貶めた者達がアンバーに襲われた今回の件に遭遇し、復讐を決行。
大学後輩だったバオリアナを脅し、共犯者として利用して復讐し、反因子として上から殺処分が下る。
『……ジルコンが守るべき人間を殺したなんて知られるわけにゃいかねえだろ?』
『…そんな……。』
『あと…、まさか新型ジルコンが人間と合体・融合したことで生まれたなんて知られるわけにもいかなかった……。』
『だからって…、だからって…!』
『お前の気持ちも分からんでもないがな……。俺が手を下さずとも、誰かが、やらされただろうし、それに、逃げれば指名手配され、確実に処分されていただろうな。このことは、外部に漏らすなんてことはするなよ? 話すことを許されたのは、お前が唯一のジルコン・プロトタイプの融合機だからだ。それ以外にない。以上だ。』
ディアブロは、そう言い残すと、他のジルコン達と共に空へ飛んでいった。
残された敏雄は、ただただ悔しさと絶望に呻いた。
“帰還”
そのまま寝転んでいたら、シズが機体の操作を奪い、無理矢理に基地に帰還されたのだった。
基地に帰還させられた後であるが、捕獲されたバオリアナは、アメリカのジルコン研究機関に連行され、生きながらにジルコン核を抉られるという処分を受けていた。
彼女は、難病の自身の子供のための治療費を引き換えに志願者になるが、治療後に様態が急変した子供を救うには、ジルコン核を埋めるしかないと言われ、遺伝子上の都合もありバオリアナの核を埋めるしか無かったのだが、我が身可愛かった臆病な性格の彼女は子供を見頃しにする選択を取った。
子供の死後、キャサリンの共犯者という汚名が拭えるはずもなく、彼女もまた殺処分を受けることになり、生きながらにジルコンの核を抉り取られるという実験に利用されてしまった。
事前に身体の自由を奪う特殊なナノマシンを飲まされていたため、身動きが取れず、そのままバオリアナは、最後まで命乞いをして、一度も自分を可愛がってくれていた恩人のキャサリンのことも、見殺しにした子供のことも悔いることも無かった。
そのことを、敏雄は知ることはなかったし、知らされることも無かった。
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