SS3 平穏な日々の終わり
幼い頃の自分が涙を零しながらガタガタ、ブルブルと震えている。
久しぶりに見る夢であった。
そんな幼い頃の自分の前には、敏雄の名を呼びながら助けを求めながら溶かされ、潰されていく両親の姿があった。
ウミウシのように派手なアンバーがまるで見せつけるように、両親を殺した。
永遠にも覚える惨劇に終止符を打ったのは、銀と黒に光る、人型。
まず、鋭い槍のような蹴りが肉鎧(にくよろい)突き刺さり、ウミウシ型アンバーの三分の一を潰した。
それによりジワジワと殺されていた両親は解放され、その場で死んでいった。
そんなことより、幼い敏雄の目を釘付けにしたのは、自分を守るように立つ、ジルコン・プロトタイプの姿だけだった。
アンバーにより崩された家の屋根から降り注ぐ、陽光に照らされ、そのジルコン・プロトタイプの姿は、まるで神様のようにかっこ良く、そして美しかった。
ウミウシ型のアンバーの攻撃で、角の一本が一部分削れ落ち、敏雄の傍に落ちた。ジルコン・プロトタイプは、ウミウシ型のアンバーを敏雄の家から放り出し、外で戦闘をした。その後、アンバーは駆除され、駆けつけた救助隊により敏雄は保護されて病院に行き、そこからのことは、少しだけ記憶にない。
それからの古い記憶は、先に孤児院に入居していた幸香に、だいじょうぶ?と聞かれたところからだ。
夢は、そこで終わった。
「だいじょうぶ?」
目を覚ますと、まず幸香の心配している顔があり、声が聞こえた。
「さち…か? 俺…は…。」
「ああ、動かないで!」
「なんか…、ちょっと変だな…?」
敏雄は幸香の制止を聞かず、ベッドから起き上がった。
何かが変だが何がおかしいのかはハッキリしない。
額を抑えて、ウ~ンと唸る敏雄だったが、ふと、部屋の隅に別の気配を感じた。
「…誰だ?」
そちらを見ると、そこには、ひとりの男がいた。
ボサボサの長めの黒髪で、黒づくめの格好で、季節外れのロングコートを纏っており、俯いていたがやがて顔を上げた。
黒い瞳。普通よりはやや整った顔ではあるが、大きな特徴があるようには感じない印象がある。だが、なにかがおかしい。それだけは感じた。
「誰だよ…? なあ、幸香、アレ誰?」
「それは…。」
幸香が何か言いにくそうにした。
顔を上げた男は、ジイッと部屋の隅から敏雄を見つめていた。男が纏う奇妙な雰囲気もあり、敏雄は居心地悪そうにする。
そして敏雄は、ハッとした。
この部屋が知らない部屋だったことにやっと気づいたのだ。
殺風景で…、まるで閉じ込めておくための部屋のような…、そんな雰囲気を感じさせる。
「なあ、幸香…、ここ、どこだよ? 俺ら、確か…校外実習で…。」
「そ、それは…。」
「なあ、幸香。何が…あったんだっけ? 俺、よく覚えて…。」
『目が覚めたかね?』
すると、どこからともなく、マイク越しの男の声が聞こえた。
「誰だ!」
『落ち着きなさい。深呼吸を。』
「これが落ち着いて…。」
『一生そこにいたいかね?』
「…なんだと?」
『そちらのお嬢さんから何も聞いていないかい?』
「幸香のことか?」
『まあいい…、そんなことは些細なことだ。すまないが、この状態で話を聞いてもらいたい。』
「…信用できねえな。」
『では、そこで一生を過ごすかい?』
「チッ!」
マイク越しの声にそう言われ、敏雄は思わず舌打ちをした。
「で? 話って?」
『まず、君の身体の変化についてだ。君は気づいているかね?』
「…身体が変な状態だってのは分かるけど?」
『それ以外の変化だ。そこにある鏡を見たまえ。』
「かがみ? ……えっ?」
ベッドの傍に置かれていたテーブルの上の鏡を見て、敏雄は言葉を失った。
そこに映っている敏雄は、赤毛、赤い瞳をしていた。
「えっ? こ、これ、俺?」
本来の黒髪と黒い瞳が鮮やかな赤に変わってしまっていて、敏雄は戸惑った。
髪型も顔のパーツも輪郭も変わっていないのだが、色が変わるだけでまるで別人になってしまう。一瞬鏡に映ったのが自分だと認識できなかったのだ。
「なんで…? 俺…、髪が…、目が…。」
『手短に答えてあげよう。君は、ジルコン・プロトタイプと融合したのだよ。』
「へっ?」
信じがたいことを言われた。
「どういうことだ? 俺が? ジルコンと? で、でも、ジルコンって…。」
「本当だよ…。」
「幸香?」
「あの時…、敏雄は…、ジルコンに飲み込まれて…。気がついたら…。」
幸香が泣きそうな声で言う。
『そして、その君から分離したのが、そこにいる男だ。』
「はっ?」
またわけの分からないことを言われ、敏雄は唖然とした。
『目覚めて早々すまないが。そこにいる男の名を聞いて貰えるかな?』
「なんで?」
『いいから。そこに一生いたいのかい?』
「……分かったよ。なあ、あんた、名前は?」
敏雄は渋々、部屋の隅にいる男に名前を聞いた。
謎の黒づくめの男は、少し間を置いて口を開いた。
「………シズ……。」
『!』
マイク越しに向こう側にいる誰かが驚愕して息をのんだような気配があった。
「しず? シズってのか?」
「…ジルコン、NUMBER(ナンバー)01(ゼロワン)号、『シズ』。」
「えっ?」
男とは淡々と、自らの名と正体を語る。
「じゃ、じゃあ、あんたがジルコンの中身ってことか?」
「……ち、がう。」
「へっ?」
敏雄の問いを男が否定した直後、部屋の重たそうな扉が開いた。
武装した軍人と共に、白衣の大人達がなだれ込むように入ってくる。
「な、なんだよ!?」
「君は少し黙っていたまえ。」
白衣の大人のひとりの声は先ほどから聞こえていたマイク越しの声だった。
「シズ…と名乗ったね? お前は…。」
しかし問いかけに黒い男は黙っていた。
そして白衣の男が信じがたいことを言い出す。
「なぜ、クリエイターの名を? そしてその顔は…。」
「……へっ?」
敏雄は、言葉を失った。
クリエイター。
それは、この世界にアンバーという災厄を撒き散らした元凶の科学者の呼ばれ名だ。
「なぜ…、クリエイターと同じ顔をしている!?」
白衣の男が青ざめた顔で、震える指で指差す。
しかし、クリエイターにうり二つの顔した、男は、何も答えなかった。
唖然としていた敏雄は、男を見た。
その瞬間だろうか。自身の脳裏に、アンバーに両親を殺されたときの悲しみと激情がわき上がった。
そして気がつけば、ベッドから一瞬にして移動し、黒い男に飛びかかっていた。
「敏雄!」
「お前が…、お前のせいで!」
敏雄は幸香の制止を聞かず、激情のままに男の胸ぐらを掴んで揺すっていた。
しかし、男は、表情ひとつ変えず、ジッと敏雄を見ていただけだった。
「落ち着きたまえ!」
「お前のせいで、父さんや母さんが! みんな殺されたんだ!」
その直後、敏雄の頬をかすめて銃弾が壁に撃ち込まれた。
「落ち着けと言っているんだ!」
発砲されたのだと気づいた敏雄は、我に返り、振り返る。
「彼女がどうなってもいいのかね?」
「幸香!」
軍人の銃口が幸香に向けられていることに気づいた敏雄が男から手を離して幸香を助けようとしたが、他の軍人達の銃口が自分に向けられビクッと止まった。
「詳しい話をする。この子の命が惜しければ従うことだ。」
「なっ…。」
その命令に敏雄は絶句する。
「敏雄…、ごめんね…。」
「幸香…。」
幸香が涙目で謝罪してくる。
「ついてきたまえ、そちらのクリエイターそっくりのお前もだ。」
敏雄は、悔しさに歯を食いしばり拳を握りしめる。
しかし、背後に回ってきた軍人に背中を銃口で小突かれ、クリエイターそっくりらしい男と共に部屋の外へと連行されたのだった。
残された幸香は、重い扉が閉まると同時に部屋にたったひとりで取り残され、すすり泣いた。
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