SS2  ジルコン・プロトタイプ


・『アンバー』


 簡単に説明すると、でっかいアメーバ。


 ウミウシのような形や、クラゲみたいなのもいる。

 大きさは小さくて大人の人間を丸呑みにするぐらい。一番大きくて20メートルぐらい。

 普通のアメーバのように透明なものや、アメフラシのような地味な色や、ウミウシみたいに派手な柄もいる。

 アメーバと同じようなひとつの核を持つ単細胞生命体で、分厚い肉の鎧をまとっている。

 大抵は地上を移動するか、地下にある配管などを移動手段に使ったりもする。水の中も移動できるし、空に浮いて移動することもできるため世界中、人類がどこに逃げ隠れしても襲撃してくる。

 音もなく、温度や湿度などにも感知されないためアンバーの接近や位置を知る術が当初はなかったが、ジルコンを研究する研究者たちの努力でジルコンにのみ搭載されていたアンバー探知機のパターンからアンバー用のレーダーの開発に成功したものの、撃退するのは別問題であるため避難指示を出すのが精いっぱい。

 弱点は見ただけで分かる通り、肉の鎧で覆われた内部にある核で、これを破壊されると死ぬ。

 内部にある核が、アンバー(琥珀色)であることが名前の由来。





・『ジルコン』


 アンバーを倒すことができる唯一の存在。


 2~3メートル前後の人型で、全身を鋼鉄のような金属の装甲とゴムのような質感のスーツで包み込んだ姿をしている。

 腹部に鬼のような凶悪な顔のような部分がある。

 顔は、犬のようにとがっており、頭部に角がある。目や口、耳などの部位がない。その代わりに、額部分に大粒の宝石ジルコンに似たものが埋め込まれているのが名前の由来。

 プロトタイプが3本角にたいして、量産型は1本角。

 数十メートルを軽々と跳躍するほどの脚力や、ビルなどの倒壊でも無傷でいられる強度、自分より巨大なアンバーを放り投げることができる腕力などとてつもない身体能力を持つ。

 両手、両足にある振動兵器を使った格闘技でアンバーの何層もある分厚い肉の鎧(以下、肉鎧(にくよろい))を破壊する。

 背中に収納されている翼のような突起とリングから粒子状の光を放って空を舞うこともできる。大気中の分子に振動数を合わせることで磁石のような反発と接触効果を作りだすという原理。

 腹部の鬼を思わせる凶悪な口でアンバーの肉鎧を剥いだ後に出てくる核を捕食することでアンバーにとどめを刺す。

 プロトタイプが1体で、プロトタイプから量産された500体が世界中で活躍している。







 しかし、近年、《GAEA》の完成と、アンバーの出現、そしてジルコンの活躍が五十年と経過した今日。

 量産機のジルコンがアンバーに敗北するというニュースが報道され始めた。

 アンバーに唯一対抗できるヒーロー的存在であり、人類の希望の敗北は、人々に大きな衝撃を与えた。

 ニュースの特番で、とある専門家は、ジルコンの耐用年数の限界を指摘するなどして、ネット上で賛否を呼んだり、世間を困惑させ、騒がせるとして糾弾されたりした。

 別の専門家は、アンバーが進化したのではないかと提唱したりし、ジルコンに変わる新たな兵器の開発が滞っている状況を憂いた。


 ジルコンとアンバーの戦いが五十年経過した今日。

 いまだにジルコンがなぜアンバーに対抗できるのか、詳細は明らかになってはいない。

 ネット上などでは、様々な憶測が飛び交っているが真相にたどり着いた者はいない。



 敏雄達、若者達が生きる現代は、ジルコンによって辛うじて保たれていた平和というバランスが崩れようとしているまっただ中であった。






***






 学校行事での社会科見学。

 《GAEA》が完成し、本体から流されるエネルギーを受け取る端末機が世界中に建設されてからというもの、社会科見学の見学場所は、もっぱら端末機のある施設である。

 それだけ、《GAEA》がもたらす恵みが大きいからであろう。



『……であるので、以上が《GAEA》の日本の端末機の説明を終わります。』



 長々とした説明だったのだが、要約すると。

 東京タワーより大きなタワー型の施設は、地中、海底に張ったエネルギー伝達線以外に、無線でのエネルギー譲渡も可能なようになっており、常時日本を潤すだけのエネルギーを、《GAEA》の本体から受け取れるようになっているのだそうだ。

 無論、エネルギー貯蔵も行っており、端末機に何か異常が起こっても、節約すればおおよそ百年ほどの期間を潤せるだけのエネルギーがあるとか。

 施設の説明役の職員が質問がある方いますかっと聞くと、敏雄が元気よく挙手。

「はい、そこの後ろから二番目の君。」

「ジルコンっていますか?」

「あ…それは、機密ですので。」

「ええーーーー!?」

 歯切れの悪い職員の返答に敏雄はブーブー文句を言った。

「でも、ジルコンって端末機のある施設から発進してるって聞いてますよ。」

 幸香が援護。

「そ、それは…。」

 どうもこの職員、嘘が下手なようだ。


「それはですね。《GAEA》の端末機を第一に守らなければならない国家が決めたことなのですよ。」


 そこへ説明役の職員の助け船として別の職員がやってきて答えた。

「しつもーん。アンバーに襲われてる人より、端末機を守ることが第一なのですか?」

「では、逆に聞きます。病院の延命機器や、人工心肺などを支えているのはなんでしょう?」

「…電気?」

「そうです。電気、つまりエネルギーです。もちろん病院に限らず、ありとあらゆる物が《GAEA》のエネルギーによって支えられているのです。もしその支えがなくなったら、間違いなく、国が死んでしまいます。国が死ぬということは、そこに住む人々も動物たちも死ぬということです。ですから、《GAEA》を守ることが命を守ることに繋がるのです。分かりましたか? もちろん、人命救助も大切です。それは、ジルコンの運営を担当している人達のすることなので、私達、端末機の管理者とは分野が違います。申し訳ありませんが、お答えすることはできません。」

 説明を新たに買って出た職員が落ち着いた声でそう答えた。

 アンバーに親兄弟を殺され、奪われている敏雄を始めとした生徒達は、渋々といった様子で着席した。

 結局は、大人の事情なのだと無理矢理に納得させられざる終えなかったのだ。親兄弟もおらず、多くは他人である大人達の庇護下で将来の安定までを支えられることを知っているため、それに逆らえば忽ち生きる術を失うと知っているからである。


「残念だったね。」

「ケチー。」

 自由行動時間になり、関係者以外立ち入り禁止エリアを除いて自由に見学が出来る状況だが、敏雄は端末機の中枢が見える窓辺に腕と顎を乗せてブー垂れていた。幸香はそんな敏雄に同情した。

「なんで、大人ってケチんぼなんだろうなー。」

「大人の事情なんて、大人にならないと分からないよ。きっと。」

「なんか、大人になるのヤになるな。」

「ほっといてもイヤでも大人にならなきゃいけないんだよ。ピーターパンじゃないんだから。」

「ピーターパンみたいに、子供でいたいってわけじゃねーよ。ただ、あんな風な大人になるのかって思ったらさ。」

「大人は、きっとそう振る舞わないといけないんだよ。」

「俺みたいなのは、無理か?」

「うーん。どうだろうね。」

「無理なら無理って言えよな。」

「私は……。」

 幸香が何か言いかけた時、凄まじい警報音が鳴り響いた。

「な、なんだ!?」

「えっ? えっ?」


 『Japan《GAEA》施設内に、アンバー侵入! 職員は、非常口から避難してください!』


 自動音声の声がそう告げた。

「うそ…、アンバーがこの施設の中に?」

「く、くそ!」

「は、早く逃げようよ!」

「ああ!」

 敏雄は青ざめて震える幸香の手を握って、非常口を探して走った。

 すると、向こう側の通路から走ってくる職員達を見つけた。

 その時だった。

 壁が割れ、半透明の肉が敏雄と幸香、そして職員達の間にヌメリと出てきた。

 職員達がパニックを起こしたのか向こう側で悲鳴を上げていた。

 それに反応したのか、壁を突き破ってきたアンバーが職員達を丸呑みにしていった。

 半透明な肉の中で生きたまま飲まれた職員が暴れる、しかし暴れてもがけばもがくほど肉の消化液によって服や装飾品ごと皮膚や肉や骨、人体が溶けていき酷たらしいことになっていく。

「あ、あ、ああ…。」

 幸香が腰を抜かしかけていた。彼女の脳裏には、過去にアンバーに襲われた人々を目の前で見た時のショッキングな記憶が蘇り、そして今目の前でその惨状が起こっていることに恐怖しているのだ。

 通路の反対側にいた職員を全員飲み込んだアンバーは、まだ体内で消化されながら生きている職員達をそのままに、矛先を敏雄と幸香に向けようとした。

 その直後。

 反対の通路の壁を突き破って、鋼に覆われた細長い足による鋭い蹴りがアンバーの半透明の肉を蹴り大きく歪めた。

 ブチャリと嫌な音を立てて、弾力のあるアンバーの肉の鎧の表面が溶け、消化されかけの職員の一部と共に床に流れた。

「ジルコン!」

 敏雄が、歓声を上げた。

 さらに敏雄にとって嬉しいことがあった。

 助けに来たジルコンには、角が一本、先端がが一部欠けているが、三本角であることが分かる形だったのだ。

 つまり、世界で唯一のジルコン・プロトタイプなのだ。

 敏雄の両親を殺したアンバーを倒してくれたジルコンは、あとで知ったことだが三本角であったことからプロトタイプだったのだ。

 敏雄は、こみ上げてくる喜びの気持ちと同時に、懐にあるお守り袋を握りしめた。

 その中には、あの時、ジルコン・プロトタイプの角が欠けた時の欠片が入っているのだ。

 そうこうしていると、ジルコン・プロトタイプが表面の肉を削られたアンバーに両手を添える。すると、凄まじい振動が走り、半透明の肉の鎧が震え上がり、徐々に溶けていく。

「いけー! そのままぶっ倒せー!」

 敏雄は、目の前で起こっている戦闘から逃げることも忘れて声援を送っていた。

 幸香は、敏雄の足を掴んで完全に腰を抜かして震え上がっていた。

 半透明の肉の鎧が形を変え、ジルコンに襲いかかろうとすると、パンチやキックを与えてその際に振動兵器により肉の鎧を破壊していった。

 やがて壁の向こうにあったアンバーの核が見えてくると、それに向かってジルコン・プロトタイプが拳を振り上げようとした。

 その瞬間だった。

 ガクンッとジルコン・プロトタイプの片足がよろけ、その瞬間にムチのように振るわれたアンバーの肉がジルコン・プロトタイプの腹部に決まり、吹っ飛ばした。

 ジルコン・プロトタイプが破った壁を破壊し、その向こうにあった端末機へ通じる通路の縁の柵に叩き付けられ、ジルコン・プロトタイプは、ぐったりと座り込んだ。

「そ、そんな…。」

 敏雄の脳裏に、一瞬、ニュースやネットで知った情報が過ぎった。


 ジルコンの、耐用年数の限界。


 まさか、プロトタイプにもその弊害が起こり始めていたのかと先ほどまでの喜びが失せ、絶望が敏雄の心に満ちた。

 その間に、肉の鎧を復活させたアンバーが、ゆっくりとした動きでジルコン・プロトタイプに迫った。

「やめろーーー!」

 敏雄は咄嗟に動いていた。

 壁から崩れ落ちたパイプを引き抜き、アンバーの肉の鎧を殴った。

 アンバーは、その攻撃に反応し、カウンターでムチのようにした肉を振るって敏雄の身体を吹っ飛ばした。

 敏雄は、吐血し、何本も骨が折れる感触を感じながら壁に叩き付けられた。

「と、敏雄…。」

 幸香が、泣きながら震える。

 アンバーが動き出し、床に滑るように倒れて、血を床にダラダラと流しながら虫の息の敏雄に迫る。

 すると動けないでいたジルコン・プロトタイプが間に入って、せき止めるようにアンバーに両手を添えて押し返そうとした。

 しかし五十年の劣化による機能の低下は拭えない。ジリジリと押されていく。

 その時、踏ん張っていたジルコン・プロトタイプの足に、敏雄の血が付着した。

 すると、ビクンッとジルコン・プロトタイプが震え、直後に身体の装甲を突き破るようにして無数の軟体の触手が敏雄に向かって伸びていった。

「としおーー!」

 幸香が突然のことに驚き悲鳴を上げた。

 敏雄を包み込むように触手が絡みつき、ジルコン・プロトタイプがやがてすべて消えるように触手へと変わり、黒い軟体が敏雄の身体を包み込んだ。

 卵のように形作られたそれが、少し間を置いてメキメキと蠢き、形を変えていく。


 三本の角。

 2~3メートル前後の人型となり、全身を銀と黒の鋼鉄のような金属の装甲とゴムのような質感のスーツで包み込んだ姿へと変わっていく。

 腹部に鬼のような凶悪な顔のような部分がギラリッと光る。

 顔は、犬のようにとがっており、頭部に角がある。目や口、耳などの部位がなく、額と、胸部に宝石のジルコンに似た物が埋め込まれた状態になった。


「敏雄…? なの?」

 敏雄を飲み込み、復活したジルコン(?)は、ボーッとしていたが、アンバーが幸香に迫ると、目に見えぬ速度で放たれたキックで肉を一瞬にして破壊して溶かした。

 幸香がそれを見てぼう然としている間に、ジルコン(?)は、あっという間にアンバーに迫り、凄まじい打撃を与えていった。

 打撃が当たる都度、肉の鎧が溶けていき、やがてアンバー色の核へと達する。

 その核をつかみ出し、それを腹部の鬼のような顔のソレに喰わせた。

 ガシュリ、グチャリと嫌な音を立てて喰った後、ジルコン(?)は、急に力を無くしたように両膝をついてそのまま前に倒れた。

「敏雄!」

 やっと立ち上がれるようなった幸香がジルコン(?)に駆け寄った。

 幸香が触ろうとすると、ジルコンに似た石のような部位が光り、表面が軟体へと変わる。

 そしてその下から無傷の敏雄が現れたが……。

「敏雄?」

 そこから現れたのは、黒髪から、赤毛へと変化した意識のない敏雄だった。


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