空想未来戦記 【ジルコン】

蜜柑ブタ

SS1 プロローグ



 そして人類は、二つの選択を迫られた。












 世界中を潤すエネルギー生産炉心、《GAEA(ガイア)》の発明により、戦争のない豊かな時代を迎えた人類。

 《GAEA》は、環境を穢すことなく多くのエネルギーを生産し、そこから抽出される副産物として石油などの有限の資源に代わる素材が採れるようなった。

 その素材は、いつか枯渇すると言われていた有限の資源に代わる物として人類の生活に浸透し、あらゆる物にそれが使われた。



 しかし、決して幸せな時代などではなかった。



 アンバーという巨大な単細胞生物が人類の敵となり、平和を脅かしたのである。



 半透明な肉壁の中にアンバー色の核があることからアンバーという名前がついた謎の生物。

 アメーバをそのまま巨大化させたような見た目もいれば、ウミウシのように派手な色合いもいたり、クラゲのような見た目もいたが、共通しているのは分厚い肉壁の中にアンバー色の核があることであった。

 その生物は、海に山に、空に現れ人々を襲い殺した。

 分厚い肉壁は、薄い肉が何層にもなっており、最初の攻撃を受けても次の攻撃に対する抵抗を行うため弱点の核の部分に攻撃が行き届かない。なので通常兵器や核兵器でさえもアンバーを殺すことはできなかった。

 アンバーの出現と暴走には、クリエイターと呼ばれる科学者が関わっている言われていた。

 クリエイターは、大量殺戮兵器を作ろうとした罪で死刑にされ、それを恨んで世界を貶めるためにアンバーを作り、暴走させたと、そう言われるようなった。クリエイターの死後まもなくアンバーが暴れだしたのでこの説は間違いないと言われている。

 アンバーに命を脅かされる日々に、人々はクリエイターを憎んだが、死人に口なし。憎み恨むことはできても根本的な問題の解決にはならなかった。

 どこにいても襲い掛かって来るアンバーに人類は、なすすべもないと思われた。

 しかしアンバーに対抗できる唯一の兵器が存在した。それが唯一の希望であった。



 ジルコンと呼ばれる人型の兵器。



 頭部は犬か鳥のようにとがっており、頭部に角がある。

 長い手足を持つ、二メートル半ぐらいの身長。

 きらりと光る鋼の装甲に覆われた体は、ロボットを彷彿とさせる。

 重力を自在に操り空を舞う。

 胴体に鬼のような凶悪な顔があり、口部分は開閉できる。

 両手両足に備えた振動兵器。


 その振動兵器がアンバーの分厚い肉壁を破り、抵抗力をつける前に核に攻撃を与えることができる。

 摘出された核を胴体の口で喰らい、とどめを刺す。

 見た目もあり、たちまち人々のヒーローとして安心を与えた。



 アンバーの暴走。そして、ジルコンの活躍が50年ほど経った。






****






 T県の高校に通う山内敏雄(やまうち としお)、16歳。

 彼に両親はいない。5歳の時に目の前でアンバーに殺されたのだ。

 そのため、敏雄はアンバーを深く憎み、逆に両親を殺したアンバーを倒してくれたジルコンをヒーロー視していた。テレビやラジオ、街頭の映像などにアンバーとジルコンの先頭の映像が映ると必ず声援を送るぐらいの熱烈ぶりだ。まあ、このご時世においてそういったファンは珍しくないため周りからは普通に見られている。

 将来は、ジルコンに関わる仕事に就きたいと考えているのものの、勉強時間の割に成績が悪いのが玉に瑕だ。

 周りは、別に勉学だけがジルコンに関わる仕事じゃないだろうっと励ましている。まっすぐで馬鹿正直な性格ゆえか、敏雄に友達や理解者は多いのだ。

「この点数じゃね。」

「うっせぇよ。どうせ、馬鹿だよ。」

「人には向き不向きがあるわ。敏雄にだって向いてることがあるわよ、きっと。もちろん、憧れのジルコン関係でね。」

「へんっ。下手な慰めはやめろよ、幸香。」

 敏雄と会話している相手は、苅野幸香(かりのさちか)。同級生であり、同じ孤児院育ちの幼なじみだ。

 アンバーがどこにでも現れ、いつ襲撃してくるかも分からない今のご時世で、孤児は珍しくない。そのため、《GAEA》によって潤った国庫から、教育機関が設立され、不幸な子供達の将来までを支えている。敏雄と幸香もそんな境遇と環境で育った子供達だ。そんなご時世であるから、親がいるからとか、親がいないからだとかでのイジメも起きない。

 だが、まったく争いがなくなったわけではない。

「おい、としおー。ヤバいぜ、早く帰れよ。」

 敏雄の同級生の男子が教室の外から言った。

「どうした?」

「勢木(せき)がこっち来そうだぜ。」

「げっ。」

「早く帰ろう。見つかる前に。」

 二人は急いで帰り支度をし、教室を出て行き、階段を降りようとした直後。


「逃げるのか?」


 不機嫌な男の声が後ろからした。

 敏雄は、その声に思わず止まり振り返ってしまう。

 階段の一段上には、顔立ちの整った男子がいた。

 まるで敵でも見るような鋭く細められた目が敏雄に向けられている。

 敏雄は、グッと耐えるように拳を握った。

「早く帰ろうよ。」

 幸香が敏雄の腕を掴んで階段を降りようとした。

「おい! 国が無償で大人になるまで援助があるからって調子になるなよ、ろくすっぽまともなテストの点も取れない孤児の分際で。」

「このご時世でそんなこと言う人なんて、あなたぐらいです。」

 幸香がキッと相手を睨んで、そう強く言った。


 勢木浩一郎(せき こういちろう)。


 敏雄達より1歳年上だ。つまり先輩である。

 だがなぜか、この男。敏雄が入学してからずっと敏雄を目の敵にしてくるのだ。

 今日のように突っかかることなどいつものことだ。

 金持ちの家の息子で、成績も容姿もいいが、なぜか敏雄に対してそんな有様なため、今では彼に友達はいないらしいし、気味悪がって近づく人間もいないとか。

 教師達がそんな浩一郎に敏雄を目の敵にする理由を聞き出そうとしたが、浩一郎は頑なに何も語らなかったと人伝に聞いている。

 あまりにも突っかかってくるため、1度キレた敏雄と喧嘩沙汰になったこともあったほどだ。この際、味方の多い敏雄への暴言を証言する声が多く、また浩一郎の敏雄への日頃の行いもあり、浩一郎は停学処分を受けた。その件について敏雄は少し責任を感じており、周りはお前は悪くないと励ましたものの、復学した浩一郎が変わらず突っかかってもひたすら我慢するようになった。

「山内、苅野、そろそろ帰らないと院長に怒られるぞ。」

「あっ、はい。行こう、敏雄。」

「あっ、待て!」

「勢木! いい加減にしろと何度言ったら分かる!」

 男性教師が間に入って、敏雄と幸香から浩一郎から守ってくれた。幸香に手を引かれ、敏雄は、階段を降り、帰路についたのだった。

「あー、もう面倒くさいわよね。なんであんな目の敵にしてくるか理由くらい教えてくれもいいのに…。あそこまで行くと不気味よ。」

 帰り道、幸香が疲れたように言った。

 敏雄は、黙っていた。

「ねえ、敏雄。来週の校外実習のこと覚えてる?」

 幸香が気分を変えさせようと思ってそう話題を振った。

「ん…? ああ、確か、《GAEA》の端末機の見学だっけか?」

「そうそう。もしかしたらジルコン見られるかもよ?」

「あっ! そうか!」

 敏雄がパッと表情を明るくした。

 ジルコンは、《GAEA》でメンテナンスを受けていると言われている。ジルコンは、《GAEA》本体や、端末機のある施設から発進しているからだ。

 詳細情報が不明なのは、機密だかららしい。

 ジルコンの話題を出したことで、浩一郎への憂いが失せた敏雄の様子に、幸香はホッとした。

 敏雄はまっすぐで馬鹿正気で、そして些細なことで心を痛めることもある優しい性格をしている。


 幸香は、そんな敏雄がずっと好きだった。


 いつからかは分からないが、たぶん同じ孤児院に入ったときから好きだったのだろう。

 しかし、敏雄は、幸香からのその想いにまったく気づいてくれないし、幸香もいまいち勇気が出せず幼馴染み以上の関係になろうとする努力も出来ていなかった。

 いつか…、明日には…、っと先延ばしし続けて、今に至る。

 このまま時が過ぎて、やがて将来の道が別れ、敏雄が幸香ではない相手と結ばれるのでは、という心配が幸香にはあった。

 幸香は、表向きは子供の面倒を見る仕事に就くものだと思われるほどそういった面に優れていた。だが、本人の本当の希望は、敏雄のお嫁さんになること、だった。

 来週の校外実習を楽しみだと明るくスキップしている敏雄の横顔を見ながら、幸香は、ひっそりと切なく笑った。





 しかし、彼らは、二人はそんないじらしい毎日が恋しくなるほどの、動乱に巻き込まれることになるなどと。

 露ほどにも思わなかったのである。






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