エピローグ

――ポメラニア帝国歴259年7月7日 昼 宗教兼学術都市:アルテナにて――


「なるほどね……。創造主:Y.O.N.Nは自分を崇拝する民を欲したわけなのね……」


「はい、察しが良くてワタシは嬉しいのデス。創造主:Y.O.N.Nは、ナナさんたちと戦った後、ポメラニア帝国の宮廷まで出向いて、そこで始祖神:S.N.O.Jと対峙したみたいなのデス。そしたら、始祖神:S.N.O.Jどころか、メアリー帝にぶっ飛ばされてしまって、噴飯ものになってしまったみたいデス」


 ヤスハ=アスミがそうナナ=ビュランたちに告げる。彼女たちが会話をおこなっているのは法王庁にある神託室であった。ここはヤスハ=アスミが属する神託部が認めた者しか出入りすることは出来ない。秘密の会合をおこなうには絶好の場所であったのだ。


「うむ……。わたしにもようやく事情が飲み込めた。しかし、だからと言って、どうにか出来る問題ではない気がするが?」


 そうヤスハ=アスミに問いかけたのはマスク・ド・タイラーであった。彼は両腕を包帯でグルグル巻きにした状態であったが、ヤスハ=アスミのご指名とあり、神託室まで出向いてきたわけである。


 そして、今、神託室に集っているのは、ナナ=ビュラン、その姉:ココ=ビュラン、その父親:アルセーヌ=ビュラン。それだけでは無い。シャトゥ=ツナーとマスク・ド・タイラーも神託室に呼ばれたのであった。ネーコ=オッスゥも来るように声をかけられていたのだが、両足の傷が癒えぬ彼はアルテナにある宿屋の一室で養生中の身であったのだ。


「ワタシたちが出来ることはいくつかありますが、一番のおすすめはゼラウス国からポメラニア帝国へ亡命することデス。ゼラウス国から外に出れば、始祖神:S.N.O.Jさまが手配した者が出迎えてくれることになるデショウ」


「でも、『魔王の器』、『闇の巫女』、そして『勇者の器』をゼラウス国、いえ、創造主:Y.O.N.Nは手駒として揃えておきたいわけよね? 始祖神:S.N.O.Jと再び対峙するその時のために」


 ナナ=ビュランが正座した格好で背中をぴんと伸ばし、まっすぐにヤスハ=アスミの顔を見る。彼女に見つめられたヤスハ=アスミは一度まぶたを閉じ、再び眼を見開き


「はい、その通りデス。ゼラウス国から外に出るのは困難を極めることになるデショウ。しかも、足手まといに確実になるであろうワタシをも連れていくのは危険なのは百も承知なのデスヨ」


 ココ=ビュランが『闇の巫女』であるならば、ヤスハ=アスミは『光の巫女』であった。闇の巫女の所属先は創造主:Y.O.N.Nであり、対して、光の巫女の所属先は始祖神:S.N.O.Jである。ならば、光の巫女はポメラニア帝国を目指すのは道理としては正しいのだ。


 しかし、始祖神:S.N.O.Jの力になりうるヤスハ=アスミを手放すことを創造主:Y.O.N.Nが許すとは到底思えない面々である。皆、一様に渋い顔でどう答えを出して良いモノかと逡巡するのであった。


 未だ、鎮魂歌レクイエムの宝珠捜索で負った傷は癒えきれてはいない。かと言って、ここで足を止めていれば、ゼラウス国内で内戦が始まってしまう。一刻も早く始祖神:S.N.O.Jに会い、創造主:Y.O.N.Nを排除してもらうように動いてもらわねばならない。


 しかし、始祖神:S.N.O.J側としても戦力が整っているわけでもない。3カ月前に、ポメラニア帝国の東側に位置するショウド国がポメラニア帝国に戦争をふっかけてきたばかりで、ポメラニア帝国自体もその後処理に追われて不安定なのだ。大きく軍を動かせない以上、少数精鋭で創造主:Y.O.N.Nに立ち向かわなければならないというわけだ。


 そういった状況を勘案して、ヤスハ=アスミはナナ=ビュランたちにポメラニア帝国への亡命を勧めたのである。


「ヤスハさまの言い分は聞き入れたわ。それで、あたしからの提案なんだけど、少なくともマスク・ド・タイラーの両腕が治ってから動きましょ? 彼がパンツの中から取り出す道具は何かと便利だからっ」


「ちょっと待てぃ! わたし自身の戦力よりも、わたしのパンツの中に収められている秘密道具の数々のほうが重要だと言いたいのかなっ!?」


 マスク・ド・タイラーが心外だとばかりにナナ=ビュランに猛然と抗議する。ナナ=ビュランはテヘペロ! と可愛らしく舌を出して、おどけるのであった。


「ちょっとした言葉のアヤってやつよ。さてと……。お姉ちゃん、タイラーの怪我のこと、お願いね。あと、パパ。お姉ちゃんにやっと出来た彼氏なんだから、あんまり邪険に扱わないでね?」


「ううむ。タイラーくんは見た目はただの変態だが、言動は紳士然としているから、そこまでは悪く思わないだのが……」


 アルセーヌ=ビュランは中々、彼氏のひとりも出来ないココ=ビュランの方を心配はしていた。しかしだ。黒い獅子のマスクを被り、服は着ずに黒いパンツ一丁。さらに黒い外套マントを羽織っているときては、これ以上の変態にお目にかかったことが無いのも事実である。


 しかし、それでもだ。娘のココ=ビュランが真に想う相手に出会えたこと自体は父親としては嬉しい限りである。


「それよりも、連日、ゴールド商会の代表から約束を反故ほごにされたと怒りの信書が届くのだが……。あれは放っておいて良いのか?」


「まったく……。ゴールド兄弟の逆恨みには困ったものね?」


 ナナ=ビュランは肩をすくめるのだが、あの商談の場にいたシャトゥ=ツナーとしては、悪いのはどちらかと言うと、ナナ=ビュラン自身だと思うがそこはツッコミを入れないようにするシャトゥ=ツナーであった。


「んじゃ、シャトゥ。あんたもしっかり養生してなさいよ? ちゃんと身体が治ったら、こき使うんだからっ!」


「ウッス……。善処するッス……」


 シャトゥ=ツナーがなんとも歯切れの悪い返答をするのであった。どうせ、身体が治ったところで、ナナ=ビュランを護るために再び傷つくのは自明の理なのだ。別段、養生したところで、その辺りの事情が変わるわけでもない。


「んー? 何その顔。もしかして、まーたご褒美が欲しいとか言い出すつもり?」


 ナナ=ビュランがいたずらな笑みを浮かべてシャトゥ=ツナーを問いただす。シャトゥ=ツナーは挙動不審になりながらも


「そ、そりゃ欲しいッスよ!?」


「わかったわよ。まったく、そんなにあたしのほっぺたにチュウが気に入ったのかしら? シャトゥって、赤ちゃんみたいなご褒美を欲しがるわよね?」


「じゃ、じゃ、じゃあ、今度はほっぺたじゃなくて、唇にお願いするッス!!」

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白兎と獅子が奏でる鎮魂歌(レクイエム) ももち ちくわ @momochi-chikuwa

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