第10話:終わりの始まり

「色々あったけど、シャール、ありがとうね。蹴ったことは忘れてね?」


「ホエホエー。またのご利用をお待ちしているんだよー。次に砂漠を運ぶ時は今回蹴られた分を上乗せしておくんだよー」


 ナナ=ビュラン一行は荷馬車を砂クジラのシャールに運んでもらい、無事、馬を預けたバンカヤロー砂漠の入り口にある馬車駅へと到着する。砂クジラのシャールは背中の鼻の穴から大量の砂を噴水のように吐き出し、それを合図に砂漠へと帰っていく。一同はシャールとの別れを惜しみつつも、次は近くの寒村へと向かう。


「隊長、無事だったんですかいっ!」


「あんまり無事というわけではないけどみゃー」


 寒村で出迎えてくれたのは、ネーコ=オッスゥと同じ傭兵団に所属する仲間たちである。彼らは今回の鎮魂歌レクイエムの宝珠捜索の警護隊に抜擢された面々の生き残りたちである。彼らは商業都市:ヘルメルスにある傭兵団:夜明けの虎ドーン・タイガーとゴールド商会に連絡を取り、回収部隊を出してもらえることなり、それを待つ身であることをネーコ=オッスゥに告げる。


「そうなのかみゃー。それは良かったんだみゃー。じゃあ、僕たちはこの荷馬車で先に商業都市:ヘルメルスに向かうんだみゃー」


「え? 一緒に回収部隊を待たないんですかい? 隊長も大けがをなさっているじゃないですか!」


「一刻も早くお風呂の湯舟にゆったり浸かりたい女性が2人も抱えているんだみゃー」


 その一言で警護隊の生き残りは、ネーコ=オッスゥが何を言わんとしているかを察する。それは隊長たちの身にもう一波乱、ゼラウス国で待っていることを予感させるには十分であった。


 警護隊の面々は手を振り、素直にネーコ=オッスゥたちを見送ることにする。そして、さらに3日経ち、ナナ=ビュランたち一行はようやく商業都市:ヘルメルスに到着する。そこでネーコ=オッスゥは離脱するかと思えば、そうでもなく、しかも傭兵団:夜明けの虎ドーン・タイガーの本部に顔を見せずに、そのまま、馬車を走らせることにしたのである。


 これにはさすがにナナ=ビュランたちも面喰らうことになる。何故に商業都市:ヘルメルスでゴールド商会やネーコ=オッスゥが所属する傭兵団に挨拶をしないのかと、彼に問う。


「僕の予感では商業都市:ヘルメルスで厄介ごとが起きているはずなんだみゃー。だから、この都市で一泊するのは危険極まりないんだみゃー。シャトゥ殿、さっさと宗教兼学術都市:アルテナに向かうんだみゃー」


「う、ウッス……。ネーコさんがそう言うのであれば、このまま、ヘルメルスを横切っちゃうッスよ?」


 ネーコ=オッスゥが両足を骨折しているために、代わりに荷馬車の御者ぎょしゃ台に座っているのはシャトゥ=ツナーであった。シャトゥ=ツナーとしても、詳しい事情をネーコ=オッスゥに聞きたかったのだが、ここで足を止めてはいけないみゃーとの忠告を受けて、馬車を走らせ続けたのであった。


 そして、その理由を知ったのは、ナナ=ビュランたち一行が工業都市:イストスにある宿屋に着いてからであった。


「えっ!? 法王庁がゼラウス国の国主に喧嘩を売ったですって!? で、ゼラウス国内で内戦が始まりそうなの??」


 ナナ=ビュランは宿屋に付属している酒場で喧々諤々と議論を交わし合う客たちに、何をそんなに盛り上がっているのだろうと不思議に思い、近くに居た半狼半人ハーフ・ダ・ウルフの老人に尋ねたわけである。


「んだんだ。ゼラウス国の国主のバックには商業都市:ヘルメルスが居るのはゼラウス国では周知の事実なのは誰しもが知っていることじゃわい。法王庁は国主に対抗するために工業都市:イストスを傘下に治めようという腹積もりらしいのじゃ」


「いったいぜんたい、どういうことッスか?」


「何やら、次の法王を決めるのに、国主さまが法王庁に注文をつけてきたようじゃな。そりゃ、国主さまにとって、法王庁と法王の存在は眼の上のたんこぶじゃ。穏健派だった先代の法王:ジーネン=ジョウさまの次にその座に着く者が急進派のシルクス=イート卿が有力となれば、国主さまも重い腰をあげざるをえなかったというところじゃな」


 先代の法王は穏健派と言えば聞こえは良いが、何かとゼラウス国の国主におもねり、法王庁の言い分をあまり通さない人物であった。しかしながら、先代の法王:ジーネン=ジョウの言い分としては、ゼラウス国内で争い合うことは愚かなことであるために、国主とも折り合いをつけるべきだとの主張を持っていた。


 しかし、その折り合いは法王庁側が一方的に折れることが多かったために、急進派が力をつける結果となることは皮肉としか言いようがなかったのである。ゼラウス国内が一気にきな臭くなったことにより、ナナ=ビュランたちはうすら寒ささえ覚えることとなる。


 そんな事情もあり、工業都市:イストスで一泊しただけで、ナナ=ビュランたちは法王庁がある宗教兼学術都市:アルテナに向かうことになる。そして、アルテナに着くや否や、十分に休息を取らぬままに法王庁に出向くことになるのであった。


「よくぞ、鎮魂歌レクイエムの宝珠をその手に取り戻してくれました。これで、やっと、国主との戦いで法王庁は箔を取り戻したことになります。あなたたちには後日、褒美を与えますので、どうぞ、家に帰り、ゆっくりと身体を休めてください」


 法王庁の謁見の間で、シルクス=イート卿がナナ=ビュランたち一行を出迎え、鎮魂歌レクイエムの宝珠を取り戻してくれたことを手放しで褒めてくれるのであった。しかし、ナナ=ビュランたちの心は晴れやかにはならない。そして、何故に法王庁は国主と対峙する道を選んだのか問いただすことになる。


「先代の法王が愚かだった。ただその一言に尽きます。ナナ=ビュラン、そして、シャトゥ=ツナー。あなたたちは国主との戦いで錦の御旗となってもらいます。全ては創造主:Y.O.N.Nのために……」


 ナナ=ビュランたちはシルクス=イート卿から創造主:Y.O.N.Nの名を聞き、眼を剥き驚くことになる。


「それってどういうことですかっ!」


「話は終わりました。下がりなさい。追って使いを出しますので、その者に話を聞いてください」


 ナナ=ビュランたちは納得できないとばかりにシルクス=イート卿に噛みつこうとする。だが、当のシルクス=イート卿は下がりなさいっ! と語気を強めて、強引にナナ=ビュランたちを法王庁から追い出すのであった……。

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