第9話:メッセンジャーボーイ

 ナナ=ビュランたちはココ=ビュランを救い、鎮魂歌レクイエムの宝珠を手に入れることには成功した。しかし、もうひとつの目標であったヨン=ウェンリーは何処かに消えてしまった。ナナ=ビュランは蒼色の渦を悔しそうに眺めつつも紅色の渦へ身体を入れていく。


(ヨンさま……。ごめんね……。今はまだヨンさまを追えるだけの力があたしには無いの……)


 ナナ=ビュランは眼尻に涙を溜めながら、紅色の渦をくぐる。そして、彼女の後を追い、他の者たちも同じく紅色の渦をくぐり抜けるのであった。そんな彼女らがたどり着いた先は砂嵐が吹きすさぶ砂漠の上であった。


「あれ? ここって……」


「ウッス。ここはタイラーさん曰く、『ラッシャー神殿』の外ッスね。あれ? あそこで居眠りをかましているのって、砂クジラのシャールッスね? 俺たちが乗ってきた荷馬車もセットッスけど……」


 シャトゥ=ツナーがネーコ=オッスゥに肩を貸しながら、空いた左手で前方を指さす。その指し示す先には砂クジラのシャールが背中の鼻の穴から大きな鼻ちょうちんを作り、グーグーと居眠りをしている真っ最中であったのだ。


 その寝姿にカチンときたナナ=ビュランが力任せに思いっ切りシャールの身体を蹴っ飛ばす。蹴っ飛ばされた砂クジラのシャールは眼を白黒させて


「何をするんだよー!? おいら、気持ちよくうたた寝していたっていうのによー!?」


「何がうたた寝よっ! あたしたちは死にそうな目に会ったのよっ! あんた、あたしたちを助けにこなかったでしょっ!」


「ホエホエー。おいらだって、千切っては投げ、千切っては投げの活躍をお見せしたかったんだよー。でも、あの神殿の地下からそれはそれは恐ろしい魔力を感じて、おいらは自分の身に襲い掛かる武者震いで身体が動かなかったんだよー。おいらが悪いわけじゃないんだよー」


 ナナ=ビュランは怒り心頭と言った感じで、砂クジラのシャールを叱り飛ばし続ける。叱られている側のシャールは延々と言い訳を繰り返すモノだから、ナナ=ビュランの怒りの炎にアブーラを注ぎ込む結果となる。ナナ=ビュランは革製のブーツの裏でゲシゲシと容赦なくシャールを散々に蹴っ飛ばす。シャールは蹴られるたびに背中の鼻の穴からブシュブシュと砂を吐き出すこととなる。


「まあまあ……。ナナ殿、あんまり無体なことをしてやるなだみゃー。この砂漠を横断するにはシャール殿の手助けが必要なんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥがどうどうとまるで怒り狂う暴れ馬を抑えるかのようにナナ=ビュランに苦言を呈する。ナナ=ビュランは鼻息をフンフンと荒くし、未だ納得いかないといった感じであるが、どうにか怒りを納めることにする。


「で? あんたは怖くなって、先にラッシャー神殿から逃げ出してたってわけ?」


「ホエホエー。さすがにそこまで臆病者じゃないんだよー。あそこの地下が静かになったかと思えば、いきなり、おいらの眼の前に紅い全身鎧フルプレート・メイルを着こんだ男が現れたんだよー。そして、紅い渦を創り出して、僕にくぐれって命じたわけなんだよー」


「ああん!? じゃあ、あんた、創造主:Y.O.N.Nに言われるがままにその紅い渦をくぐったってわけね? 結局、あんただけ、先に逃げたってことと同義じゃないのよっ!」


 砂クジラのシャールの台詞は未だくすぶりつづけていたナナ=ビュランの怒りを再燃させるには十分であった。烈火の如くに炎を噴き出す結果となり、彼女は砂クジラのシャールを再び蹴っ飛ばし始める。砂クジラのシャールが言う紅い全身鎧フルプレート・メイルを着こんだ人物など、創造主:Y.O.N.N以外に該当するわけがなかったのだから。


「痛いんだよーーー! おいらだって、本当は怪しい奴だとは思っていたんだよー! でも、キミにはメッセンジャーボーイとしての役目を担ってもらうんやで? って、不気味な笑みをセットに言われたんだよーーー!! おいら、失禁しちゃうほど恐ろしかったんだよーーー!!」


 砂クジラのシャールが大粒の涙をボロボロと零しながら、ナナ=ビュランに釈明する。しかし、普段から要らぬ一言と言い訳が特に多いシャールだ。今言っていることも言い訳に過ぎないとナナ=ビュランは思うからこそ、ゲシゲシとシャールを蹴り続けたわけである。


「メッセンジャーボーイって何よっ! 創造主:Y.O.N.Nから何を言付かってきたわけ!?」


 ナナ=ビュランはシャールを蹴り疲れたついでに、彼の話を一応聞いてみることにする。もちろん、くだらぬことだった場合は蹴りを再開する気満々の彼女である。しかし、砂クジラのシャールは大きな口を半開きにして、その口の中から一振りの剣をベッと吐き出すのであった。


「何か、あの男が言うには、奪ってしまった力を返すとかなんとか言って、その真っ黒な剣をおいらに渡してきたんだよー。ちゃんと持ち主のナナくんに返しておくやで? ってそう言っていたんだよー」


 砂クジラのシャールが口から吐き出した一振りの剣を見て、ナナ=ビュランは眼を剥くことになる。その剣は闇の告解コンフェッション・テネーヴァであった。ナナ=ビュランはこの時、初めて気づくことになる。いつの間にか自分は闇の告解コンフェッション・テネーヴァを創造主:Y.O.N.Nにその力だけでなく、剣そのものを奪われていた事実に。


「あいつっ! 今度会った時は必ずぶっ飛ばしてやるっ!」


「ぶっ飛ばすのは俺的にはかまわないッスけど、あいつの身体はあくまでもヨン=ウェンリーさん自身ッスよ?」


「知らないわよっ! だいたい、創造主如きに身体を乗っ取られるヨンさまが悪いんでしょっ!」


 ナナ=ビュランの言いに一同が、はあやれやれとばかりに肩をすくめることになる。壮大な恋人同士の喧嘩の一環なのだろうと、シャトゥ=ツナー以外はそう納得することになるのであった。まあ、喧嘩するほど仲が良いとの事例なのだろうと言うことだ。


 しかし、皆がそう思っているのだが、シャトゥ=ツナーだけはヨン=ウェンリーがナナ=ビュランに嫌われてしまえば良いという呑気なことを考えていたりする。おこぼれは自分がもらうとばかりに少しばかりざまあ見ろといった感じを醸し出す。


「まあ、良いわ。シャール、あたしたちをバンカ・ヤロー砂漠の入り口まで送ってちょうだい。客がひとり増えたからと言って、追加料金は払わないけどねっ!」

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