第9話:S.N.O.Jをぶっとばす

「創造主:Y.O.N.N……だと? むむ……、記憶の片隅から何かがささやいてくる感じがするのだが、どんな奴だったか思い出せんっ!」


 マスク・ド・タイラーが思い出せそうで思い出せない歯がゆさに気持ち悪さを覚える。何か忘れてはならない大事な名前であるはずなのに、どうしてもはっきりとはその名について思い出せないのである。とまどうマスク・ド・タイラーに対して、創造主:Y.O.N.Nと名乗るヨン=ウェンリーがうんうんと頷き


「あんたさんの様子から察するに、やっぱ、わいの名前については始祖神:S.N.O.Jくんがヒト型種族の脳みそから、消去あるいは上書きをおこなったみたいやなあ? ほんま、あいつ、わいの直系の子神のくせにいらんことしくさってくれたもんやで!」


 創造主:Y.O.N.Nと名乗るヨン=ウェンリーが苦虫を噛み潰した表情に変わる。しかしながら、ナナ=ビュランたちには何故、ここで始祖神:S.N.O.Jの名前が出てくるのかまったく見当がつかない。


「ねえ、シャトゥ……。あんた、ヨンさまが言っていることが理解できる?」


「無理ッス。俺の頭の出来が良いか悪いかの問題じゃなくて、根本的にヨンさんが言っていることが理解できないッス」


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーが最大限に警戒心を高めつつ、互いに意見を交換しあう。眼の前の人物はどうからどう見てもヨン=ウェンリーであるが、言っていることが頭の中が可哀想なことになってしまった男にしか見えないからだ。普段のヨン=ウェンリーからは絶対に想像できないことをペラペラとしゃべることに違和感しか覚えない2人である。


「あー、考えても仕方ないことやな……。今のわいにどれほどの神力ちからが使えるかわからんけど、始祖神:S.N.O.Jくんをぶっとばしてやらんことには気が済まないのは確かやなっ!」


 始祖神:S.N.O.Jをぶっとばすと言う不遜極まりないことを言い出したことで、ナナ=ビュランたち4人は面食らうこととなる。確かに始祖神:S.N.O.Jは今から半年ほど前に、ポメラニア帝国で再降臨を果たし、救国の英雄と褒めたたえられている。そして、同じ神を信奉するゼラウス国もポメラニア帝国に始祖神:S.N.O.Jが再降臨したことに関して、ポメラニア帝国に最大の祝辞を述べ、始祖神:S.N.O.Jが本当に現世に現れたのかどうかを確認するために、特別大使を派遣している。


 その特別大使は始祖神:S.N.O.Jはそれ自体が光り輝いており、あれほどの圧倒的存在感と威厳を醸し出すのはヒト型種族では無理だと本国であるゼラウス国に報告している。そして、法王庁もそれを受け、始祖神:S.N.O.J再降臨を祝う行事を今年の3月におこなったばかりである。


 なのに、その始祖神:S.N.O.Jをぶっとばすと言いだす、この眼の前の創造主:Y.O.N.Nの発言は十分に危険だと言うことを察知するナナ=ビュランたち4人であった。しかし、ただ単にヨン=ウェンリーが、何者かに身体を乗っ取られて、そいつが戯言をのたまっている可能性も捨てきれないナナ=ビュランたちである。


「創造主:Y.O.N.Nとほざくのは勝手だけど、始祖神:S.N.O.Jさまをぶっとばすと言うのは聞き捨てならないんだみゃー。創造主ってのが何だかよくわからないけど、神さまを倒そうという腹積もりなら、僕たちが黙ってないんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥはショウド国生まれのゼラウス国で傭兵をやっている身分であるが、神を敬う心は失っておらず、この『創造主』という言葉にピンとこない彼が創造主:Y.O.N.Nに反発するのはごく自然な反応と言ってよかった。しかしながら、反発はするものの、ネーコ=オッスゥの大腿部の骨は折れており、満足に戦える身体ではなかったのだ、彼は。


 それでもネーコ=オッスゥは戦斧バトル・アクスを杖代わりに立ち上がり、毅然とした態度で眼の前のヨン=ウェンリーを非難するのであった。非難された側のヨン=ウェンリーは、はあああと深いため息をつき


「まったく……。始祖神:S.N.O.Jくんの教育は行き届いているようで、あっぱれと賛辞を送りたくなってくる気分やで……。もしかすると、わいの功績全てを奪ってしまっているかもしれへんな? しゃーない。ちょっと、今の事情がわからんから、あんたさんがたの脳みそに直接アクセスさせてもらうんやで?」


 ヨン=ウェンリーがそう言うと、右腕を身体の前方に突き出し、さらに右手を大きく開く。そして、ぶつぶつと小声で何かを唱え始め、次の瞬間にはカッ! と両目を大きく見開く。


「『主の前では嘘いつわりは通じないリーディング・レコード』やでっ! さあ、あんたらの性癖から思い出したくもない過去、そして現在の姿へ何故そう至ったかの全てを読ませてもらうんやで!」


 ヨン=ウェンリーの右の手のひらから、ふわふわでもこもことした柔らかい黄金こがね色をした光の塊が4つ産み出される。そして、その黄金こがね色の光の塊はすっぽりとナナ=ビュランたちを包み込んでしまう。


 その瞬間、ナナ=ビュランたちは身動きできなくなってしまう。それだけではない。今まで自分の身に起きたことが次々と脳裏をよぎり、まるで走馬灯を見ているが如くに、それらを強制的に見せられることとなる。ナナ=ビュランたちは何故、自分たちにそんなことが起きたのか理解できないまま、走馬灯がグルグルと高速で回転していく。


 ナナ=ビュランは赤ん坊の時のかすかな記憶を掘り起こされ、さらには初等教育を受けるための寺子屋スクール時代を思い出す。さらにはそこを卒業し、中等教育に進み、ヨン=ウェンリーとの出会いを強く意識させられる。そして次に走馬灯が映し出したのは、法王庁所属のやしろで、ヨン=ウェンリーと婚約を交わしあった場面であった。


 ヨン=ウェンリーはナナ=ビュランに優しく唇にキスをした後、膝を折り、神にナナ=ビュランと生涯、共に居ることを誓う。ナナ=ビュランは彼がそう宣誓した後、彼に『結婚するまで清い仲でいましょ?』と冗談交じりに言ってのける。


 そして、婚約の儀式が終わった後、ヨン=ウェンリーとナナ=ビュランが再びキスをしようとして、彼の顔面に神からの鉄拳制裁を喰らい、その衝撃で彼の身体は吹っ飛ばされて、やしろの扉をぶち破り、さらには道にある果物屋の屋台にぶっ飛んでいく姿を、走馬灯によって再び見せつけられることとなる……。

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