第8話:ご褒美

 黄金こがね色をした濃霧の全てがヨン=ウェンリーの身体に吸収される。そして、ヨン=ウェンリーは仁王立ちのままでその場で立ちすくむことになる。その姿を見て、ナナ=ビュランたちはごくりと唾を飲む。魔王と成り代わってしまった彼が、いきなり自分たちに襲い掛かってくるのではなかろうかという警戒心を抱くことになる。


 だが、数分の時が過ぎようと、ヨン=ウェンリーが動き出すことは無かった。ただ、彼は彫像のように固まってしまったかのにように微動だにしない。


 ナナ=ビュランはちらりと横にいるシャトゥ=ツナーに視線を向けて問いかける。


「ねえ……、あたしたちはどうしたら良いと思う?」


「それを俺に聞くッスか!? うーーーん、ヨンさんのことだから、いくら魔王になったからと言って、ナナだけは逃してくれると思うッスよ?」


 シャトゥ=ツナーの返答に妙に納得してしまうナナ=ビュランであった。いくら魔王に身体を乗っ取られたからと言って、ヨン=ウェンリーはヨン=ウェンリーのはずだ。そんな愛しの彼が自分を傷つけるようなことはしないであろうという確信めいたものがある。


 だが、そうだとしてもだ。今まで自分のために命の危険も省みずに尽くしてくれているシャトゥ=ツナーたちがヨン=ウェンリーに襲われると言うのであれば、看過できないナナ=ビュランである。もし、自分の仲間たちを傷つける行為にヨン=ウェンリーが動くのであれば、ナナ=ビュランは彼を傷つける結果になろうとも一戦交えるのは致し方なしと考える。


「シャトゥ、まだ戦える?」


 ナナ=ビュランの問いに全てを察したシャトゥ=ツナーは、はぁぁぁと深いため息をつく。ナナ=ビュランという女性はとことん心が強いッスと思わざるをえないのであった。仲間たちのためなら、自分は想い人を相手でも戦うと宣言しているのと同義な問いかけなのだ。


(とことん参ったッス。俺が惚れている相手は途方も無い器の持ち主ッス。まあ、だからこそ、俺はそんなナナに惚れたんだろうッスけど……)


 シャトゥ=ツナーは苦笑するしか他なかった。ナナ=ビュランがこれほどまでのじゃじゃ馬とは思いもしなかったのだ。よくもまあ、ヨン=ウェンリーはこんな女性と付き合って、さらには婚約を交わし合う仲まで発展したモノだと、感心せざるをえない。そして、シャトゥ=ツナーもまた、自分が出来る限りのことを彼女ためにやり遂げようと、再び心に火を着ける。


「ナナばっかりに良いところを持っていかれる気は無いッスよ。俺が格好良いところをナナに見せつけてやるッス」


「あら? ヨンさまに言われたことを本気で受け取ってるわけ? アレはヨンさま的には、魔王になっても、あたしを護るのはヨンさまだってことを言いたいがための遠回しのシャトゥ下げよ?」


 ナナ=ビュランの減らず口にシャトゥ=ツナーはカチンと頭にくるが、あの言葉を言ったのはヨン=ウェンリーであるがゆえに、ナナ=ビュランの言っていることのほうが正しい気がするのであった。とにかく、ヨン=ウェンリーは焼きもち焼きだ。法王庁の訓練施設で、ナナ=ビュランと2人きりで居残り訓練をしていたら、次の日にヨン=ウェンリーが訓練施設に現れて、シャトゥ、私が直接稽古をつけてあげよう、ははっ! と言いながら、自分を木刀でメッタ打ちにしてくれたこともある男なのだ。


 そんな男が他の男にナナ=ビュランのことを護ってほしいなど本気で言うのであろうか? そんな疑問がシャトゥ=ツナーの心にのしかかる。しかし、それでもだ。シャトゥ=ツナーは頭を左右にブンブンと力強く振り、ヨン=ウェンリーにされてきた数々の横暴と言ってよい行為を頭の中から吹き飛ばす。なるべく、先ほどヨン=ウェンリーに言われたことを前向きに捉えようとあがくシャトゥ=ツナーであった。


「俺がヨンさんからナナを託されたんッス! 俺は何が何でもナナを護ってみせるッス!」


「ふーーーん? この旅を通じて少しは成長したみたいね? じゃあ、あんたを盾にしながら、あたしがヨンさまに1撃喰らわせるって作戦で行きましょ?」


 ナナ=ビュランはそう言った後、横に立つシャトゥ=ツナーの右側のほっぺたに突然チュッと接吻せっぷんをするのであった。いきなりそんなことをされたために、シャトゥ=ツナーはびっくり仰天と眼を剥くのは当然と言えた。


「あんた、あたしにキスしてほしいって言ってたじゃない。だから、あたしが動けなくなる前に先にご褒美をあげておいたわよ? 嬉しい?」


「ちょっちょっちょ、ちょっと待つッス!?」


 シャトゥ=ツナー的にはほっぺたと言えども、ナナ=ビュランの唇のやわからさを一瞬でも堪能できたのは嬉しい。だが、今のは不意打ちすぎる。出来るなら、もう一度してほしい。もちろん、二度目はほっぺたではなく、自分の唇へだ。しかし、シャトゥ=ツナーがそう思うと同時に、今の今まで動かなかったヨン=ウェンリーが、急にこちらに振り向いたのである。


 そして、ヨン=ウェンリーは続けざまにナナ=ビュランたちに向かって、威圧感を吹きつけるのであった。黄金こがね色のオーラがヨン=ウェンリーの身体から立ち昇り、それが気流を産み出し、威風がナナ=ビュランたちを襲う。あまりにも突然のことで、ナナ=ビュランたちは金縛りにあってしまったかのように、指一本動かせなくなってしまうのであった。


「あ、すまんすまんやで? ちょいと300年振りに受肉したせいで、力加減がわからんかったんや。あんたらを殺そうとしたわけではないんやで?」


 ヨン=ウェンリーが口を開き、まるでお調子者がおっちょこちょいをやらかしたような口調で、ナナ=ビュランに語りかけてくる。それと同時に、ナナ=ビュランたちの身体は硬直状態から解放され、ナナ=ビュランたちはハアハアゼエゼエと荒い呼吸をしだす。


「わいの膨大な神気にいきなり当てられたら、そりゃ、身体が凝り固まって、呼吸も出来なくなってしまうしなあ。わい、これで何人も殺してもうてるから、気を使っているんやで?」


 ヨン=ウェンリーは務めて朗らかな表情でナナ=ビュランたちに済まないと詫びを入れてくる。しかし、こんなヒョウキンと言って良い感じのヨン=ウェンリーなど、ナナ=ビュランは見たことも無い。あの真面目が鎧を着ているかのようなヨン=ウェンリーの印象を眼の前のヨン=ウェンリーからはどこにも感じられない彼女であった。


「あなたは、ヨンさま……なの?」


「ん? わいか? わいは創造主:Y.O.N.Nやでっ!」

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