第7話:結婚指輪

 マスク・ド・タイラーが探し出せないモノを一体、どうやって探せばいいのだろうかと思い悩む面々である。ナナ=ビュランは悩めば悩むほど、身体から力が抜けていく感覚に襲われていく。今までの旅が徒労に終わるのではなかろうか? という心配が心を支配していき、身体までをも蝕もうとしていたのである。


 ナナ=ビュランは肩下げカバンから小箱を取り出す。そして、その小箱の蓋を開けて、中の赤い綿の上に置かれている白銀色の指輪を右手で摘み取り、その後、祈るように両手の中で握りしめる。


(お姉ちゃん、ヨンさま……。いったい、どこに行ったの? あたしは寂しいよ……)


 その時であった。ナナ=ビュランが両手で包み込んだ指輪が細かく鳴動し始めたのである。ナナ=ビュランは驚き、両手をパッと開いてしまって、指輪は砂地の上に転げ落ちてしまう。そして、次の瞬間、指輪はクルクルと周りながら、宙に跳ね上がり、さらにはひと筋の白い光を放つ。


「な、なに!? いったい、何が起きているの!?」


「ナナ殿、いったい、何をしたんだみゃー!? そして、指輪から発している光は一体、何なんだみゃー!?」


 皆が指輪に起きた変化に驚きを隠せないでいた。指輪は宙でクルクルと回り続け、その指輪が放つ光は一層、増していくばかりである。まるで、指輪に何かの意思が宿ったとしか思えない。


「もしかしてだけど……。この光が射す向こうには、お姉ちゃんとヨンさまがいる……?」


「本当ッスか!? ヨンさんをぶん殴りたいっていうナナの想いが、ナナ自身に隠された力が指輪に宿ったってことッスか!?」


「違うわよっ! ヨンさまの前に、あんたをぶっ飛ばすわよ!?」


 ナナ=ビュランがそう言いながら、シャトゥ=ツナーの頭頂部を右の手のひらでバシンッと勢いよく叩く。シャトゥ=ツナーがいてえええ! とわざとらしい大袈裟なリアクションを取る。ナナ=ビュランはまったく……と嘆息し、続けて


「あたしが心の中でお姉ちゃんとヨンさまに会いたいって願ったら、指輪が震えだしたのよ。この指輪はヨンさまから贈ってもらった大切な指輪なの」


「ああっ! なるほど、なるほど。それで合点がいったぞっ! これはかの神具:ドワーフの結婚指輪エンゲージ・リングなのかっ! ぶさいくなドワーフが嫁に逃げられないために、相手の居場所を指し示すというあの呪われた神具だなっ!」


 マスク・ド・タイラーがうんうんと頷きながら、ひとり納得する。しかし、4人の中で最も納得できないのはナナ=ビュランであった。ヨン=ウェンリーが贈ってくれた指輪をのろいのアイテム呼ばわりなのだ。それで憤慨しない女性がいないはずがない。


「まあ、待てっ! 怒りをぶつける相手は、わたしではなく、ナナくんの想い人にだろっ!」


 ナナ=ビュランがマスク・ド・タイラーの背中側に回り込んで、彼の尻に向かってローキックをゲシゲシと数度、連打したのであった。それでも怒りの収まらぬナナ=ビュランはネーコ=オッスゥに戦斧バトル・アクスを貸せとまで言い出すのであった。どうにかネーコ=オッスゥとシャトゥ=ツナーがナナ=ビュランの怒りを抑え、ようやく、ナナ=ビュランはマスク・ド・タイラーの話を聞くことになる。


「まったく……。ナナくんの想い人であるヨン=ウェンリーと言う男はとてつもなく焼きもち焼きなのだな。普通はこんなシロモノを女性に贈ったりしないものなのだがな?」


「確かにヨンさまは、あたしに絡んでくるチンピラを笑顔でぼっこぼこにしたりすることがあったけど、そうしていたのは、あたしに粉をかけてくる連中に相当にむかついていたってこと?」


「そういうことだ……。ヨン=ウェンリーはナナくんを決して手放したくないと思っていたのだろう。ここまで想われることは女冥利に尽きるだろうが、こればっかりはやりすぎだなっ!」


 マスク・ド・タイラーの説明では、『ドワーフの結婚指輪エンゲージ・リング』とは、左手の薬指に嵌めれば、想い人が死ぬまで決して外せないとまで言われている神具であった。


 片方のドワーフの結婚指輪エンゲージ・リングを持っている者は、もう片方の指輪を持っている相手の居場所をいつでもどこでもわかるというなかなか便利でありながら、厄介この上ない神具であった。それゆえ、神具でありながらも、実はのろいのアイテムではないのか? とさえ、世の中では言われているシロモノなのである。


 しかしながら、これでヨン=ウェンリーがナナ=ビュランたちがキャンプ場跡地に居た時に、その場に現れた理由も判明したのであった。


「そういうことなのね。ヨンさまが当て所も無く、あたしを探し回っていたわけじゃないってことね?」


「そういうことだ。ヨン=ウェンリーがもう一方の指輪を持っていることは確実だろう。そして、それは同時にこちらにとって願ってもない幸運が転がってきたということだっ!」


 ナナ=ビュランたちはいまだに宙でクルクルと舞い、ある一方向に光を射し続ける指輪を一度見て、皆でこくりと頷き合う。


「行きましょう! この光射す向こう側にヨンさまたちが居るっ!」


「おっしゃ! 気合が入ってきたッス! いよいよ、この事件を起こした賊たちの本拠地に辿りつけるわけッスね! 俺がナナを護ってみせるッス!」


「短いようで長い旅だったみゃー。僕らはついに目的地へとたどり着けるわけだみゃー」


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナー、そしてネーコ=オッスゥが右手を突き出し、それぞれの甲へと右手を重ねていく。


「ほら、タイラー! あなたも右手を乗せなさいよっ!」


「う、うむ……。わたしはキミたちと少し目的が違うので、円陣に入っていいのかためらうのだが……」


「いつもは細かいことは気にしてないのに、なんでこんな時に遠慮するんッスか! ここまできたら、一蓮托生ッスよっ!」


「タイラー殿、水臭いことを言うなだみゃー。僕たちは仲間なんだみゃー。目的は違えども、同じ釜のメシを喰った戦友ともなんだみゃー。ほら、手を出すんだみゃー!」


 3人にそこまで言われても、むむむっと唸るマスク・ド・タイラーである。シャトゥ=ツナーがそんな迷うマスク・ド・タイラーの右手を左手でひっぱり、強引に皆の手の上に重ねてしまうのであった。


「お姉ちゃんとヨンさまを助けだすわよっ! そして、ついでに鎮魂歌レクイエムの宝珠を取り戻すわねっ! えいえいおーーー!」

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