第8話:自業自得

 ナナ=ビュランたち4人の気持ちは否応なく盛り上がる。やっとのこと、行くべき場所への道しるべが示されたからだ。ナナ=ビュランは宙に舞う指輪を両手で捕まえて、元の小箱にしまう。そして、荷馬車の荷台部分に乗り込み、御者ぎょしゃ台に座るネーコ=オッスゥをせっつかせるのであった。


 しかし、ここで問題が起きる。


「ホエホエー。俺様はこっちの方角に向かいたくないんだよー。指輪が指し示す場所は年がら年中、天を衝くような砂嵐が巻き起こっている場所なんだよー。しかも、得体の知れぬ魔物モンスターがうろついているから、死肉喰らいの砂シャチですら近寄らない場所なんだよー」


「と砂クジラのシャール殿がそう申していますが、ナナ殿はいかがしますかみゃー?」


 ネーコ=オッスゥの問いにナナ=ビュランが右手の親指を上に向けた後、手首をクルリと返し、親指を下に向けるのであった。ネーコ=オッスゥはその所作を見て、うんうんと頷き、マスク・ド・タイラーに黒いパンツから戦槌バトル・ハンマを出してもらうように頼む。


「うーーーむ。動物虐待はあまりわたしの好みとするところではないのだがなあ? しかし、シャールくんが嫌がるのであれば、わたしも協力せねばならぬだろうし……」


「こいつ、旅の道中、生意気なことばかり言っていたッス。そろそろいっぺん、しめたほうがこいつのためッス!」


 砂クジラのシャールは砂漠を縦断している間、自分の知識を披露しつつ、モノを知らないと非常識で低俗なニンゲンたちとばかりにナナ=ビュランたちをこきおろしていたのである。そんな不遜極まりない態度をとっても、シャールがナナ=ビュランたちに許されてきたのは、砂漠を渡り歩くためにはどうしても砂クジラのシャールの機嫌を取らねばならなかったからだ。


 しかし、そろそろ、こいつには1度、痛い眼にあってもらうと皆がひそひそと話し合っていたのである。砂クジラのシャールが折檻される運びになるのは、彼自身のせいによるところが大きいのであった。


「ほえほえー!? その戦槌バトル・ハンマで何をする気だよー!? 俺様をいじめると、スイーツ財団が黙っていないんだよー!?」


 ――スイーツ財団。ゼラウス国の商業都市:ヘルメルスで活動する3大商人のひとつである。彼らは自然保護を謳い、野に生きる動植物の保護だけでなく、魔物モンスターたちの生態系を狂わせるような大討伐に関して、反対を表明している。


 大義名分としては、話の筋は通るのであるが、この財団の実態は魔物モンスター討伐の管理である。要は動物の皮を剥ぎ取りすぎれば、動物たちが居なくなるのと同様に、魔物モンスターから取れる素材も限りがあるために、魔物モンスターの保護をするというとんでも組織なのだ。


 もちろん、魔物モンスターを退治し、そいつから取れる爪や牙、それに皮等は、工業都市:イストスに送られて、さまざまな武具や、家具、そして機械の部品として活用されている。要は金になるからこそ、デザート財団は魔物モンスターの保護・管理を打ち出しているという悪徳商人の類なのだ。


 その隠れ蓑として、野生動物の保護を謳っているに過ぎない。ゼラウス国の国主や貴族の一部はこのデザート財団を解体してやろうと目論んではいるのだが、大多数の貴族たちはデザート財団からの寄付を受け取っているために、それが出来ない現状なのである。


「ふーーーん? スイーツ財団は、こんな砂漠のへき地にまで現れるのかしら?」


「そんな話、聞いたことがないんだみゃー。せいぜい、砂漠の入り口で監視のニンゲンを置いているくらいだろうだみゃー。でも、馬車駅にはそれっぽい人物は居なかったんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥが肩に戦槌バトル・ハンマを担ぎながら、ナナ=ビュランにそう告げるのであった。スイーツ財団の派遣員は野生動物や魔物モンスター相手の狩場にはよく現れるものだが、こんな砂漠のど真ん中には決して足を踏み入れるわけがない。


 それなのに砂クジラのシャールがそのスイーツ財団の名前を出せば、ナナ=ビュランたちが矛を収めると思っていることが滑稽で仕方がない。これが馬車駅のところでならば、まだ効力はあったかもしれない。しかし、何度も言うが、ここは砂漠のど真ん中である。シャールの言い分が通る筋合いなどまったくもって存在しないのであった。


「ホゲーーー! やめるんだよー! 痛いんだよー!」


 ネーコ=オッスゥが砂クジラのシャールの背中に乗り、ドスンッ、ドスンッ! と何度も戦槌バトル・ハンマを打ち下ろす。それでぶっ叩かれているシャールは身体をうねらせて、ネーコ=オッスゥを振り落とそうとするのだが、ネーコ=オッスゥは半虎半人ハーフ・ダ・タイガ特有のバランス感覚で体勢を保つのであった。


「ふぅ……。これくらいやっておけば、言うことを聞くはずなんだみゃー」


「お疲れ様、ネーコ。じゃあ、シャール? これ以上、痛い眼を見たくなかったら、あなたが何をすべきかわかるわよね?」


 砂クジラのシャールが涙目になりながら、ナナ=ビュランに対してコクコクとうなずくのであった。さすがに可哀想になったシャトゥ=ツナーがネーコ=オッスゥが戦槌バトル・ハンマでぶっ叩いた背中に、マスク・ド・タイラーから緑色の薬液が入った小瓶を受け取り、シャールの背中にその中身をポタポタと落としていく。


「いたたっ! いたたっ!? さらに俺様を苦しみにもがき苦しめるつもりなのかだよー!?」


 大人しくなっていた砂クジラのシャールがジッタンバッタンと砂地の上で跳ね回る。それにより、その背中に乗っていたシャトゥ=ツナーは宙に舞うことになる。シャトゥ=ツナーはクルッと宙で反転し、砂地の上に足からキレイに着地する。さすがは半猫半人ハーフ・ダ・ニャンであるといったところだ。


「うおっ!? びっくりしたッス。タイラーさん、これは本当に傷薬だったんッスか?」


「傷薬というよりは消毒液だなっ! 消毒液は傷口によおおおくしみるから、しょうがないと言えばしょうがないなっ、ハーハハッ!」


 シャトゥ=ツナーがジト目でマスク・ド・タイラーを睨むが、睨まれてる側のマスク・ド・タイラーは腰の両側に手を当てつつ、大笑いである。マスク・ド・タイラーも砂クジラのシャールの態度には十分にイラついていたことの証拠であろうと、シャトゥ=ツナーは何も言わず、ただ、はぁ……とひとつため息をつくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る