第2話:金貨のお味

「ねえ、こいつ、いきなり態度が豹変したんだけど? あたし、何か悪いことをした?」


 ナナ=ビュランが怪訝な表情になり、隣に立つシャトゥ=ツナーに耳打ちする。


「諦めろッス。こういう奴はニンゲンでも居るッス。女性に彼氏や旦那が居ると知るや、急に扱いが雑になるクソは。まあ、それでも、女性に恋人がいるのに、その女性に引っ付き回る男のほうが性質たちが悪いかも知れないッスけど……」


 もちろん、シャトゥ=ツナーのこの発言は自戒を込めてのものである。横恋慕ほど、自分にとっても、される側の女性にとっても、困ることばかりである。相手を決して困らせたくないのだ。どちらも。それでも、求めてしまうのはニンゲンであれば仕方ないとも言えよう。


「そうね……。そういうヒトって確かにいるわよね。あー、なんだか昔のあったことでちょっといらついてきちゃった。あたし、シャールとはあんまり関わらないようにするわね? 気分が悪くなりそう」


「ウッス。まあ、あいつとは出来た大人のネーコさんがなんとかしてくれるッスよ。あー、ネーコさんには本当に感謝感激、雨あられッス」


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーは砂クジラのシャールの相手をネーコ=オッスゥに押し付けることを誓い合うのであった。ナナ=ビュランはチャラ男と世間で呼ばれるようなナンパ男に街中で声をかけられることはしょっちゅうだ。そう言う時は、恋人であり婚約者でもあるヨン=ウェンリーの名前を出して、追い払っている。


 宗教兼学術都市:アルテナにおいて、聖堂騎士の名前を出すのは何かと効果的である。誰しも、聖堂騎士とは仲良くなっておきたいものだからだ。ナナ=ビュランはそういう役得のためにヨン=ウェンリーの名前を出すのはあまりやらないのだが、流石にナンパ目的の男を追い払う時は多用するのであった。


 しかし、そういうった男たちは、ちっ! と大きく舌打ちし、あろうことか地面に唾をぺっ! と吐きつけて、その場から退散していくことが多い。それを思い出して、ナナ=ビュランは気分を害したというわけだ。


「シャール殿。金の心配はしなくて良いんだみゃー。4日分の渡し賃はこの金貨袋の中に入っているんだみゃー」


「ホエホエー! 用意が良いんだよー。じゃあ、早速、俺様の口の中に放り込んでほしいんだよー」


 砂クジラのシャールが大きな口をさらに大きく開く。その何もかもを飲み込んでしまいそうな大きな口腔の中に、半犬半人ハーフ・ダ・ワンの老人がネーコ=オッスゥから手渡されていた金貨袋を放り投げるのであった。砂クジラのシャールはその金貨袋を口の中に入れられると、一旦、口を閉じ、ジャラジャラショリショリという金貨や銀貨をすり合わせた時に起きる音と共に、大きな口の中で金貨が跳ね回るのを楽しむのであった。


「ホエホエー。うんまーーーい! これはゼラウス金貨だけじゃなくて、ポメラニア金貨も混ぜ合わせているとは、なかなか気が利くんだよー」


「舌の好みに合ったようで何よりだみゃー。砂クジラはグルメだという噂だったから、色々と考えておいたんだみゃー」


 各国において、金貨や銀貨に含まれる金と銀の量は違っているのは当たり前の話である。金貨や銀貨そのものに価値があるのではない。その中に含まれている量で価値が決まると言っても過言ではない。もちろん、語弊の無いように言うが、金貨や銀貨は貨幣として立派に民たちに認識されているし、活用もされている。


 しかしながら、その中身に重きが置かれているのである。どこの国もこれは金を基準価値に据える経済と呼ばれる銀地金ぎんじがね経済なのである。金貨や銀貨のる金や銀の含有量が変動すると、同時にそれらの価値も大きく変動してしまう不安定な制度である。


 それゆえ、国によって、金貨の価値が違うということが起きる。それは金貨の中に含まれる金の量ゆえと言って良いだろう。


 それはともかくとして、砂クジラのシャールはその金貨を見なくても、口の中に入れて転がすだけで、どこの国の金貨かと言うことを当てれることがすごい。


「ホエホエー。隠し味にショウド金貨も混ぜているよー? 俺様、大満足なんだよー?」


「そこまでわかるとはさすがに思わなかったんだみゃー。いやはや、シャール殿にはごまかしが利かなさそうで怖いんだみゃー」


 ポメラニア帝国の東にある半虎半人ハーフ・ダ・タイガが政権を握っているショウド国の金貨は他の国のモノと比べて、一等落ちる金貨である。要は劣悪な金貨なのだ。何故、ネーコ=オッスゥがそれを金貨袋に混ぜたかと言えば、金貨のかさましのために使ったと言わざるをえない。結局のところ、金貨であれば、金貨自体の価値は関係ないのだ。ただ1日5枚分あれば良いわけである、この砂クジラに対しては。


 しかしながら、全てをショウド金貨にすることをしなかったのは、ショウド国で流通している金貨は劣悪なためにゼラウス国ではあまり流通してない事情がある。さらにはもしかすると、この砂クジラのシャールが金貨の価値自体を重要視するのではないかという不安があったからである。


「ホエホエー。では、4日分の運賃である金貨20枚分、しかと受け取ったんだよー。だけど銀貨が混ざっていたのは何の意味があったんだよー?」


「カレーには白い米が欠かせないといったことと同じ意味合いで混ぜてみたんだみゃー」


「ほえほえー。なるほど、なるほどだよー。金貨はカレーのルウ。銀貨はライスって言いたいわけなんだよー? 半虎半人ハーフ・ダ・タイガにしては知恵がまわるんだよー?」


「そんなたいしたモノじゃないんだみゃー。僕のは悪知恵程度なんだみゃー。逆に気分を害してしまわないか、心配だったみゃー」


 などと、ネーコ=オッスゥは下手したての態度を貫くのであった。砂クジラはこれから先の旅において、欠かせない存在である。彼の機嫌を損ねて、砂漠のど真ん中で仕事を放り投げられてはたまったものじゃない。なるべく穏便に、なるべく相手の気分を良くしておこうという腹積もりのネーコ=オッスゥだったのだ。


「ほえほえー。んじゃ、俺様の身体に縄を巻き付けるんだよー。荷馬車を運んでやるんだよー」


「ありがとうだみゃー。タイラー殿、シャトゥ殿。シャール殿の了承が取れたから、手伝ってほしいんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥは後ろを振り向き、2人に向かって、右手を握り込み、親指だけを上に向けて『上手くいった』という合図を送るのであった。その合図を受けたマスク・ド・タイラーとシャトゥ=ツナーは同じように右手の親指を上に向けるサインを送り返すのであった。

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