第10章:かの地へ

第1話:砂クジラ

――ポメラニア帝国歴259年6月25日 昼 ガダール平原:最奥にて――


「さて、着いたんだみゃー。色々とトラブルだらけだったけど、なんとかバンカ・ヤロー砂漠の入り口に到着なんだみゃー」


「砂漠は暑いって聞いてたけど、これはかなりなものね……。砂がまるで海みたいにキラキラ光ってて、眼が痛いくらい……」


 ナナ=ビュランたちは荷馬車に揺られて、ようやく目的地であるバンカ・ヤロー砂漠の入り口に到着する。そこには平原の切れ目から砂漠に向かって桟橋が置かれており、近くには馬車用の駅がある。その駅には駅長であるよぼよぼの半犬半人ハーフ・ダ・ワンの老人と、同じく半犬半人ハーフ・ダ・ワンの青年の2人が作業員として詰めていた。


 ネーコ=オッスゥは荷馬車の御者ぎょしゃ台から降りて、馬車駅内に立ち寄り、荷馬車に繋げている馬を預かってもらえるよう交渉に入る。ここから先は砂に覆われた砂漠である。馬で進むには困難を極めるため、この馬専用の駅で馬を預けるのが習わしだ。


「じゃあ、3日ほど預かってもらうみゃー。もし、3日経っても僕らが戻らなかったら、馬は商業都市:ヘルメルスのゴールド商会に問い合わせて、どうするかを相談してほしいんだみゃー」


「へいへい……。まったくこんな夏が始まろうとしている季節に、好き好んでバンカ・ヤロー砂漠に足を踏み入れるとは……。何かあっても、馬以外の世話をする気はないのじゃ……」


 半犬半人ハーフ・ダ・ワンの老人は渋い顔をしながら、ネーコ=オッスゥから金貨と銀貨の詰まった袋を受け取ることになる。そして、その金貨袋を持ったまま、砂漠に掛けられた桟橋へとてくてく歩いていく。


「いよいよ、アレが拝めるのね? あたし、実はけっこう楽しみにしてたんだっ」


「俺も興味津々ッス。こんな砂しかないような土地をわがもの顔で泳いでる奴らしいッスね?」


 荷馬車の荷台から降りたナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーがわくわくとした心持ちで、半犬半人ハーフ・ダ・ワンの老人が今から呼び出す予定である、とある動物が現れるのを待っていたのであった。老人は金貨袋からまず銀貨10数枚を桟橋の上から、砂漠に向かって放り投げる。するとだ。銀貨がばらまかれてから5分も経ってからだろうか? 急に地鳴りと地響きが起き、砂漠の表面が大きく膨らみ始める。


 そして、まるでそこに噴水があるかのように、砂漠の表面から大量の砂が天に向かって巻き上がるのであった。


「ホエホエー! 金、金、金ーーー! この世にある全ての金品財宝を俺様に寄越すんだよー!」


 砂を噴水のように空に巻き上げた謎の物体が、地中から地表へと顔を覗かせる。


「うわあああ! 出たわよ! 砂クジラっ! あんた、ちょっと、あいつに飲み込まれないさよっ!」


「ナナは本当に馬鹿ッスね!? 俺があいつに飲み込まれたら、誰がナナを護るッスか!?」


「そこはタイラーやネーコに護ってもらうわよ。だから、シャトゥは安心して、あいつに喰われて、んで、背中にあるっていう鼻の穴から砂と一緒に空に舞ってほしいの。わかる?」


「わかるわけないッス! いい加減、そのぴーちくぱーちく言う口を無理やり塞ぐッスよ!?」


 ナナ=ビュランがああ言えばこう言うという態度で、シャトゥ=ツナーをからかっているのであった。ナナ=ビュランの心は否応なく昂揚していたのかもしれない。話には聞いていたが、実際に体長5ミャートルほどもある、砂漠をまるで海のように泳ぐと言われる『砂クジラ』を目の当たりにしてたゆえであろう。


 ナナ=ビュランは、ふんふんほうほう!? と言いながら、地面から出てきた砂クジラを観察するのであった。砂クジラのほうはそうやって好奇の眼で見られるのは慣れているのか、1度地面に潜り、口の中に大量の砂を入れて、背中にある鼻の穴から再び大量の砂を噴水の如くに天に舞い上がらせる。


 その砂の噴水を見たナナ=ビュランは、おおお! と感嘆の声をあげながら、砂クジラに向かって拍手喝采であった。砂クジラは地面から顔を出して口をにんまりと綻ばせる。砂クジラとしても気分が良いのだ。年頃の容姿端麗な半兎半人ハーフ・ダ・ラビットが手放しで喜んでくれるのは。


「ホエホエー。喜んでくれてありがとうなんだよー。今度のお客さまはごっついキレイなお嬢さんなんだよー。俺様の上にこんな美人が乗ってくれるなんて、これはクジラ冥利に尽きるってもんだよー」


「あら? あたしなんて全然よっ。あたしよりもお姉ちゃんのほうがよっぽど美人なんだからっ!」


 ナナ=ビュランが地面から顔だけを出している砂クジラと談笑をしだすのであった。いつからこの砂漠に住んでいるのとか、名前はあるのか? とか、色々と世間話に華を咲かせるのであった。ナナ=ビュランが質問をすると、砂クジラはホエホエーと気分良さそうに返事をする。今、出会ったばかりだというのに、まるで10年来の友達のようでもあった。


「うむっ。シャールとはなかなか良い名を持っているなっ! それは誰かからつけてもらった名前なのかな?」


 マスク・ド・タイラーもナナ=ビュランと砂クジラの会話にいつの間にか自然と混ざっているのであった。砂クジラの勇壮な姿にマスク・ド・タイラーも感嘆の声をあげていたのである。


「ホエホエー。シャールと言う名前は、昔、背中に乗せたお客さんのひとりにつけてもらった愛称なんだよー。その娘さんもそこのお嬢さんと変わらないくらいにごっつぅキレイな女性だったんだよー。俺様は一目惚れしちゃったんだよー」


「ハーハハッ! 砂クジラの分際で、ニンゲンの女性に恋をするとは面白い奴だなっ! しかし、ナナくんは渡せんぞ? 彼女には婚約者がいるからなっ!」


「なんだ、彼氏付きなんかよー。ちっ。連絡先を聞いておこうと思ったのによー?」


 砂クジラのシャールがあからさまに不機嫌な顔になり、しかも、皆が聞こえるような音量で『ちっ』と舌打ちをするものだから、ナナ=ビュランたちは面食らうことになる。しかもだ、今までの友好的態度から一変し、さっそく、砂漠の渡し賃を要求しだしたのである。


「1日運ぶのに金貨5枚かそれに相当するキラキラ光るモノをもらうんだよー。びた一文、まけるつもりは無いから、そのつもりでいるんだよー」


 先ほどとの和やかに務めている態度がまるで嘘かのように、露骨に横柄な態度を取り出す砂クジラのシャールであった……。

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