第7話:撤収
ポティトゥ3大貴族たちとの戦いにからくも勝利を得た4人は寒村への撤収準備を
しかしながら、現場からかなり遠くのほうまで逃げてしまっていたために、そこらの背の高い木に登り、さらにそこから直上へとジャンプしなければ、発見できなかったのだが……。もちろん、木の上でジャンプして、荷馬車を見つけ出したのは、4人の中で一番、傷を負っていなさそうなマスク・ド・タイラーであった。
マスク・ド・タイラーは木のてっぺんに登ると、気分を良くしたのか、ハーハハッ! と高笑いをしだし、その場で色々な筋肉ポーズをしだすことになる。
「なんとかと煙は高いところが好きって言うけど、変態を当てはめるんだったっけ?」
「いや、そこは馬鹿を当てはめるのが正しいんだみゃー。しかし、すごいバランス感覚だみゃー。あんなところで小躍りしたら、僕なら地面に頭から落ちちゃうんだみゃー」
「いっそ、あそこから落ちて、頭を打ったほうが良いんじゃないッス? そしたら、服を着ることを覚える程度には進化するんじゃないッス?」
木のてっぺんに登っているマスク・ド・タイラーに聞こえぬことを良いことに、三者三様、言いたいことを言ってのけるのであった。しかしながら、マスク・ド・タイラーのおかげもあって、荷馬車を無事に回収できたことは大きい。陽が地平線の向こうにほとんど隠れ始めているのだ。ここで手をこまねいていれば、夜の野をうろつく獣たちに馬が襲われる危険性もあったのだから。
荷馬車の回収を終えた一行は、集荷場所に集めておいた使えそうな荷物をどんどんと荷馬車の中に運んでいく。さすがにまだ身体を満足に動かせないシャトゥ=ツナーは軽い荷物のみの運搬になったのだが、彼としては自分が手にしている物よりも重そうな荷物をナナ=ビュランが運んでいることに気まずそうな顔つきになってしまう。
「気にしなくて良いわよ、シャトゥ。本当なら、その辺でまだ寝転がっていてほしいくらいなんだし」
ナナ=ビュランがシャトゥ=ツナーの表情を察して、そう慰めるのである。しかし、慰められたほうのシャトゥ=ツナーは気が晴れるどころか、余計に気にしてしまうのであった。
「う、ウッス。俺の身体がまともならば、ナナに苦労させやしないのにッス……」
シャトゥ=ツナーのその言を受けて、ナナ=ビュランは、ふぅとひとつ嘆息してしまうのであるが、今は何を言っても無駄そうねと思い直し、それ以上は何も言わずにおくのであった。シャトゥ=ツナーは生来からの『気にしい』だ。何かひとつつまずけば、それに関して、1週間は気にして、気落ちしてしまうのである。
それゆえ、ナナ=ビュランもそのたびに、そんなに気にしなくて良いじゃないと声をかけるのだが、彼としては納得できていないようで、声掛けはあまり効果を発揮しないことが多かった。気落ちしているニンゲンと一緒にいるとこちらも気分が落ちる。シャトゥ=ツナーがその状態に陥った時は長引かせないようにと、普段は喫茶店でコーヒーを奢りつつ、悩みを聞いたりして解決したりすることもあるのだが、この状況下、ゆっくりと彼の気持ちを聞いている余裕はない。
陽が落ちようとしている今、1秒でも早く、ここから撤収をしなければいけない。シャトゥ=ツナーには悪いが、寒村に着いた後にでも、改めて慰めようと思うナナ=ビュランであった。
さて、30分ほどすると、集荷場所に集めておいたまだ使えそうな荷物を回収し終え、いよいよ、この場から寒村に向けて、移動することが出来るようになる。
「ふむっ。これは狭いな。欲張って、荷物を載せすぎたかもしれんなっ!」
「そうね……。暗くなってきたから、わりと適当に荷物を荷馬車に詰め込んだけど、これじゃあ、あたしたちがまともに座る場所がないわね……」
ナナ=ビュランたちは自分たちが座るスペースを考えずに荷物を詰め込んだために、結局、その荷物の上に尻を乗せるハメになる。なんとも座り心地が悪く、荷馬車がゴットン、ゴットンと揺れるたびに、上半身が大きく揺れることになる。ナナ=ビュランはバランスをどうにか取ってはいたが、如何せん、本調子ではないシャトゥ=ツナーがナナ=ビュランのほうに倒れ込み、彼女を押し倒してしまう格好となる。
「ご、ごめんッス! 今、身体をどけるから許してほしいッス!」
シャトゥ=ツナーがいたた……と言いながら、ナナ=ビュランに覆いかぶさる形を直そうとする。だが、またもやガタン! と荷馬車は大きく揺れる。シャトゥ=ツナーは腕立て伏せに似た姿勢になっていたのだが、手を滑らせてひっくり返り、今度はナナ=ビュランの左腕を枕にして倒れ込んでしまうのであった。
「あたしは気にしないから、そのまま倒れ込んでおきなさいよ。まだ、無理は出来ないんでしょ?」
ナナ=ビュランとしては無理に上半身を起こすくらいなら、このまま荷物の山に背を預けて倒れ込んでいるほうが楽だということに気づく。そして、シャトゥ=ツナーにもそういう姿勢でいたほうが身体にも負担がかからないことを伝えようとしたわけである。しかしながら、言われた側のシャトゥ=ツナーは
(え? このまま、ナナに腕枕をしてもらっていて良いんッスか? ここはお言葉に甘えさせてもらったほうが良いんッスか?)
とまあ、勘違いをしているわけなのだが……。シャトゥ=ツナーは少しだけ首に力を入れて、あまりナナ=ビュランの左腕に負担がかからないようにしつつ、彼女に腕枕をしてもらう恰好となるのであった。ナナ=ビュランもポティトゥ3大貴族との戦いで疲弊していたため、かなり強めの睡魔に襲われていた。
結局、ナナ=ビュランは荷物の上に自分の背を預けたことで半眠り状態に陥り、シャトゥ=ツナーが腕枕を堪能していることに気づきもしなかったのである。もちろん、腕枕をされている側のシャトゥ=ツナーの眼はぱっちりと開いている。ナナ=ビュランの身体から発せられる良い匂いを間近で感じていれば、覚醒するのは当然とも言えよう。太陽の光を散々に浴びたお布団のような匂いの中に、わずかに汗の酸っぱい匂いが漂ってくる。
シャトゥ=ツナーは彼女に悪いことをしていると思いつつも、彼女の匂いを嗅ぎ続けることになる……。
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