第6話:黒い炎

 下半身の右側の足2本を失ったマウント=ポティトゥはズズウン……という重い音を立てながら、倒れていく。それを成し遂げたシャトゥ=ツナーは眼と耳、そして鼻から血が垂れ流れている。さらにはガハッ! と大きく咳込むと同時に大量の血を口から吐き出し、その場で地面に顔から倒れ込むことになる。


「へへっ……。光の速さを越えた代償がこれッスか……。ナナ、すまないッスけど後は頼んだ……ッス」


 シャトゥ=ツナーの身体から発せられていた光は急激に収束していく。それと同時にシャトゥ=ツナーの体内から魔力だけでなく、生命力も失っていくのであった。それは赦しの光ルミェ・パードゥンに隠されていた真の力を発動させたゆえの代償ともいえるシロモノである。シャトゥ=ツナーは光の速度を越えたことで、ナナ=ビュランに向かって振り下ろされたマウント=ポティトゥの右腕を切り刻んだのである。


 その回数は延べ100回を超えていた。1撃で切断出来ぬとみるや、10連撃を叩き込んだ。それでも足りない。ならばと10連撃を10連続で叩きこんだのだ、奴の右腕に。その結果、棍棒はまるでボロ雑巾のようになり、最後の1撃により、肘辺りからボキッと折れたのであった。


 それだけではナナ=ビュランの身の安全は確保できないと考えたシャトゥ=ツナーは、今度はマウント=ポティトゥの下半身にもぐり込み、右側の足1本1本に、奴の右腕にやったことと同じことをしたのであった。


 シャトゥ=ツナーのまさに身命を賭した攻撃は功を奏することになる。マウント=ポティトゥは今や、身体のバランスを保てずに地面に自身の右側を地面に打ち付けている。その姿を見て、シャトゥ=ツナーは血を口から吐き出しながらも、へへっ……と笑うのであった。


 ナナ=ビュランはシャトゥ=ツナーの容態を見て、両目から涙がこぼれ落ちそうになる。だが、それを右腕で振り払い、真剣な顔つきで、ある一点を睨みつける。彼女の視線は倒れ込んだマウント=ポティトゥの腹にめり込んでいる闇の告解コンフェッション・テネーヴァであった。あれの柄をもう1度握りしめ、自分の魔力の全てを流し込もうと考えていたのである。


 そう考えた次の瞬間にはナナ=ビュランは動いていた。倒れながらもこちらを呪い殺さんとばかりに睨みつけてくるマウント=ポティトゥの視線をまっすぐ受け止めつつも、彼女は走った。身体がすくみあがりそうなほどの怒りが込められた視線であったが、ナナ=ビュランは立ち止まらなかった。真っ直ぐにただ真っ直ぐにマウント=ポティトゥの腹目がけて走る。


 その時であった。熊顔のマウント=ポティトゥがその口を大きく開いたのだ。そして、その開かれた口の奥、喉から金属の管が飛び出したのだ。そして、その金属の管の先から真っ赤な炎を吐き出す。ナナ=ビュランはこの炎に仰天する。口から火を吹く代表と言えば紅き竜レッド・ドラゴンである。まさか、熊の顔をした怪物が口から火を吐き出すなど予想もしていなかった。


 それゆえ、ナナ=ビュランは対処が遅れることになり、その火をまともに身体に浴びることになる。しかしだ、ナナ=ビュランはそれでも立ち止まらなかった。火により身体に身に着けていた革製のブレストアーマーを焼かれることになっても、その足を止めなかった。彼女はただ真っ直ぐに、愚直に真っ直ぐにひた走ったのである。


 ナナ=ビュランは火の壁を強引に突き破る。そして、ついに彼女の両手は闇の告解コンフェッション・テネーヴァを力強く握りしめることに成功する。


火の精霊サラマンダーよっ! あたしに従いなさいっ! あたしの身を焼く炎を含めて、闇の告解コンフェッション・テネーヴァに宿りなさいっ!!」


 ナナ=ビュランの身を焦がしていた火が、彼女の両腕を通り、次々と闇の告解コンフェッション・テネーヴァに吸い込まれていく。そして、火を吸い込んだ長剣ロング・ソードの刀身はまるで溶岩の塊そのものように紅く発光していく。


 闇の告解コンフェッション・テネーヴァが吸い込んだ火はそれだけではなかった。未だ、抵抗を続けているマウント=ポティトゥが口から吐いている火すらも、飲み込み始めたのだ。この戦場に存在する火のエネルギー全てが、自分にとって餌かのように飲み込み続けたのだ、闇の告解コンフェッション・テネーヴァは。


(熱いっ!! まるで焼けた鉄を素手でそのまま持っているかのような感覚だわっ!!)


 ナナ=ビュランは長剣ロング・ソードの柄を握りしめて、自分の体内に宿る魔力の全てを流し込んでいる真っ最中であった。魔力を流し込むほどに、闇の告解コンフェッション・テネーヴァ自体の熱が急速に上がってきている感覚に襲われる。


 今まで、ナナ=ビュランの経験上、彼女が武器に纏わせてきた炎により自分自身を焼くことはなかった。しかしだ、闇の告解コンフェッション・テネーヴァは違って思えたのである。まるで、使用者すらも焼き殺さんとばかりの熱量を感じさせるのである。


 ナナ=ビュランはそれでも長剣ロング・ソードの柄を手放すことはなかった。ここで柄を手放せば、長剣ロング・ソードに集まった魔力が霧散してしまうからだ。


 彼女はどんな武器にでも炎を纏わせることが出来る。しかし、それは彼女の両手にその武器が握りしめられている間だけなのだ。だからこそ、彼女は両の手のひらが業火により焼かれていくような激痛に襲われている。だがそれでも、彼女は歯を食いしばり、懸命に闇の告解コンフェッション・テネーヴァを握り続けていたのだ。


 戦場の火を全て喰らいつくした闇の告解コンフェッション・テネーヴァの刀身から、ナナ=ビュランが予想だにしていなかった色の炎が噴き出す。その炎の色が『黒』であったのだ。まるで、地獄の底の闇のように暗い色をした炎であった。その黒い炎は今までナナ=ビュランが見てきたことのない動きをする。


 まるで炎自体が生きているかのように、マウント=ポティトゥの身体を蝕んでいく。10匹余りのマムシのような蛇たちがその場に現れたかのようであった。黒い炎で出来た蛇たちは、マウント=ポティトゥの身体を喰らっていく。マウント=ポティトゥの体表面をのたうち回る蛇もいれば、奴の体内に入り込み、内臓を食い散らかしていく蛇もいた。


 そして、マウント=ポティトゥの腹を中心として、そこから広がっていく。蛇たちはその獰猛な食欲を満足させるために、奴の身体を貪り喰らっていくのであった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る