第5話:光射す向こうへ

(どうすれイイ、どうすればイイ!?)


 マウント=ポティトゥは不測に不測が重なる事態に脳内の処理が追い付かなくなる状態に陥っていた。視界は未だ晴れず、ただ闇雲に棍棒と化している両腕を無軌道に振り回すのみだ。しかしながら、それだけが今、彼に出来る唯一の防衛手段であったのである。


 さすがにナナ=ビュランたちもただ振り回してくるだけの両腕に当たるはずもない。そもそも、ナナ=ビュランたちの動きに対して、マウント=ポティトゥが繰り出す攻撃は遅すぎた。ナナ=ビュランたちは当たれば身体の骨を砕かれて一撃で死ぬであろう奴の攻撃であるが、それでも余裕をもって、対処できる状況であった。


「おらおら! ナナの次は俺っちが良い所を見せるッス!」


 シャトゥ=ツナーが威勢よく飛び出し、マウント=ポティトゥの左腕をくぐり抜けて、奴の懐、左側に肉薄する。そして、眼にも止まらぬ薙ぎ払いを3連続で左の横っ腹にぶち込んでいく。しかし、ギイイイン! という鋼鉄を叩いているような音だけが響き渡り、奴の皮1枚程度を傷つけることしかできなかったのである。


「シャトゥ! 余り無茶をしないでっ! こいつの身体は異常に硬いわっ! 少しずつ削っていくべきよっ!!」


 マウント=ポティトゥの右側でもう1度、特攻をかけようと様子をうかがっているナナ=ビュランがシャトゥ=ツナーがつっこみすぎなのを注意するのであった。しかし、その声掛けがいけなかった。マウント=ポティトゥの視力は回復してはいなかったが、半兎半人ハーフ・ダ・ラビット並みの聴覚がナナ=ビュランが今居る位置をある程度、把握してしまったのだ。


 今まで無軌道であったマウント=ポティトゥの攻撃がいきなり鋭くなる。割りと正確にナナ=ビュランに対して、右腕を振り下ろしてきたのである。1撃目はナナ=ビュランの2ミャートル横の地面を抉る結果となるが、もう一度、その右腕を振り上げて、またもやそれを振り下ろす。


 1撃目があわや自分に当たりそうになり、ナナ=ビュランは、キャッ! と小さく悲鳴を上げてしまったのだ。マウント=ポティトゥはその悲鳴を聞き逃さず、脳内で素早く処理を開始し、ナナ=ビュランの現在位置を特定する。この間、0.3秒ほどであった。マウント=ポティトゥは眼が見えぬままに、ナナ=ビュランに対して、まっすぐに右腕を振り下ろす。


 シャトゥ=ツナーから見て、マウント=ポティトゥの動きは信じられないモノであった。顔と身体は正面を向いているのに、右腕だけが真横に振り下ろされていく。まるで、気配のみで相手の位置を察しているかのようであった。


「ナナ!!」


 シャトゥ=ツナーの眼にはまるでスローモーションのようにゆっくりとマウント=ポティトゥの右腕がナナ=ビュランに対して振り下ろされていく。シャトゥ=ツナーの脳裏にナナ=ビュランが死ぬというイメージがありありと映し出される。


 その時であった。


――汝、臆病なり――


 突然、シャトゥ=ツナーに語り掛ける壮年の男の声が聞こえてくる。


――汝、戦いの場で心を縮め、身を縮める臆病者なり――


 シャトゥ=ツナーはいきなり自分を罵倒してくる声に困惑するばかりであった。


――汝の臆病さが大切な者を死に至らしめる――


(誰ッスか!? なんで、今、そんなことを俺に言うッスか!!)


 ナナ=ビュランが今、マウント=ポティトゥの右腕に押しつぶされそうになっているというのにシャトゥ=ツナーは確かにその身を振るえさせ、委縮させていた。そして、彼が彼女に対して、何も出来ないと自覚すらしていたのである。


――選べ。このまま臆病者として、大切な者を失うか、それとも勇気ある者として、大切な者を護るか?――




「うおおおッス! 『俺』がナナを護るッス!! 詠唱コード入力開始!! 『光射す向こうへヴィッザ・ルミェ』!!」


 シャトゥ=ツナーが詠唱を開始すると同時に、彼の身体からまばゆい光があふれ出す。まるで、神の祝福が彼を讃えているかのようでもあった。彼は選んだのだ。臆病者ではなく、勇気ある者の道を。


――汝の勇気を褒めたたえる。さあ、その力を汝が大切な者を護るために使え!――


光射す向こうへヴィッザ・ルミェ発動ッス! 俺の身体よ、光よりも速く動けッス!!」


 シャトゥ=ツナーの身体からは太陽のように燦々と光が放たれていた。そして、彼が一歩を踏み出した時、彼の身体は光の速度を越えていた。


 シャトゥ=ツナーはその速度をもってして、今まさにナナ=ビュランとマウント=ポティトゥの右腕の間に躍り出る。ナナ=ビュランはいきなり眼の前に現れた光の塊に思わず両腕で目を覆ってしまう。そのため、次に何が起きたのか視認できなかった。


『損傷大。損傷大。右腕が修復不可能なほどに大破。これ以上の戦闘行為はお勧めデキナイ』


 マウント=ポティトゥの脳内にけたたましい警告音が鳴り響き、さらには戦闘をやめて離脱すべきだとの警告メッセージが浮かび上がるのであった。いったい、自分の身に何が起きたのかとマウント=ポティトゥは大慌てすることになる。


 マウント=ポティトゥは急に身体の右側が軽くなったことを自覚する。戦闘中、痛みといった感覚は極力オフに切り替えているために、今、自分に何が起きたのかがわからない。だが、脳内に浮かび上がる警告メッセージから、自分は右腕を失ったのかもしれないと自覚するに至る。しかし、にわかには信じられないことであった。鋼鉄のように硬く、樹齢100年の大木のように太い右腕を斬り飛ばすほどの人物があの3人の中にいたとはどうしても思えないのである。


 思考が追い付かぬ中、今度は自分の身が地面に向かって倒れていく感覚を覚えるマウント=ポティトゥであった。ゆっくりとではあるが、段々と身体が右側に倒れていくのだ。そして、またしても甲高い警告音と共に警告メッセージが脳内に浮かび上がる。


『ただちにこの場から離脱セヨ! 右前足と右後ろ足を切断サレタ! これ以上の戦闘行為は無意味!!』


 マウント=ポティトゥの身体はゆっくりと右側へ地面に向かって倒れていく。上半身の右腕だけでなく、下半身の右前足、右後足を失ったことにより、身体のバランスを失ったのだ。それを成したのは光の塊と化したシャトゥ=ツナーである。


 だが、マウント=ポティトゥにはわからなかった。非力な半猫半人ハーフ・ダ・ニャンが何ゆえに、自分の鋼鉄の身体を切り刻むことが出来たのか? 次第に回復していく視力で、それをやってのけた光り輝く半猫半人ハーフ・ダ・ニャンを茫然と眺めるしか他、なかったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る