第7話:大人の応答

「う、ウッス……。ナナ、俺もナナのために戦ってやるッス! 今宵の赦しの光ルミェ・パードゥンが血を求めているッス! どこからでもかかってくるッス!」


「ははは……。こりゃ、僕も奮起しないといけない空気なんだみゃー。ナナ殿、改めて、貴女の警護を任せてほしいみゃー」


 ナナ=ビュランの懸命な想いはシャトゥ=ツナーとネーコ=オッスゥにも伝播し、彼らは気力を取り戻す。くじけそうだった心に火が灯り、やがてそれは大きな炎へと変化していく。冷めきっていた手や足の指の先にまで熱が行き届き、彼らはナナ=ビュランのために戦い続けようと決心するのであった。


 シャトゥ=ツナーは法王庁から指名されたから、仕方なく、ナナ=ビュランに付き合っているだけだという言い訳していたことから、いつしか脱していた。彼女が大切だからこそ、護ろう。そう神に誓えるほどの心持ちに変わっていた。


「ナナ。俺にお前を護らせてほしいッス。ヨンさんと比べたら、頼りないかもしれないッスけど、将来性に期待してほしいッス!」


「何、改まって言っているのよ。あんたにはいつも感謝してるわよ? まあ、頼りないってところは否定しづらいけど? いい加減、戦闘中にビビって身体を震わすのはやめてよね?」


「う、うっさいッス! あれは武者震いッス! 俺はヒト様より少しばかり武者震いの程が大きいだけッス!」


「本当に本当~~~?」


 ナナ=ビュランはにやにやしながら、シャトゥ=ツナーをからかう。からかわれたシャトゥ=ツナーは顔を真っ赤にしながら、ナナ=ビュランに食いかかる。じゃれ合う2人をネーコ=オッスゥとマスク・ド・タイラーは、微笑ましく見守るのであった。


 現在、午後5時を回っていた。6月ということもあり、まだ辺りは明るいが、このままバンカ・ヤロー砂漠に向かうわけにもいかないので、とりあえず、4人は壊れた荷馬車付近を捜索し、まだ使えそうな荷物がないかと物色しはじめる。


「うわ……。予想以上に粉々にされているッスね……。食料は4人分で良いから、なんとかなるかもしれないッスけど、水を入れていたかめがほぼ全滅ッス。こりゃ、あの寒村で分けてもらうしかないッスね……」


「そうだみゃー。どっちにしろ、今夜はあの寒村で1泊しなきゃいけないんだし、ついでに村長さんにかめを譲ってもらえないか聞いてみるみゃー」


 ニンゲン、食べなくても1週間はもつが、水が無ければ1日ももたないと言われている。種族によっては乾きに強い者たちもいるが、残念ながら、半兎半人ハーフ・ダ・ラビット半猫半人ハーフ・ダ・ニャン半虎半人ハーフ・ダ・タイガの3人はとにかく飲み水は必須である。非常に暑い砂漠地帯にこれから入っていくのだ。水は多めに持っていかなければ、どうしようもない。


「こればかりはしょうがないわ……。飲み水が無いなんて、あたし、1日も耐えきれない……」


「てか、ふと思ったんッスけど、身体を拭くための水はどうするッス? ここまで風呂を我慢してきたから、いい加減、身体が臭うんッスけど……」


 シャトゥ=ツナーがつい言ってはいけない一言を言ってしまう。それを一番気にしているのが、御年16歳のナナ=ビュランなのである。ナナ=ビュランはシャトゥ=ツナーから、物理的にかなり距離を空けてしまう。シャトゥ=ツナーがナナ=ビュランがあからさまに自分から距離を取るので、しまったッス! と気づいてしまうのであった。


「ナ、ナナが臭うとか言っているわけじゃないッスよ!? ナナはいつでも良い香りを漂わせているッス! 俺の鼻が保証するッス!」


 ヒト型種族で一番鼻が利くと言われているのは、半犬半人ハーフ・ダ・ワンと言われている。彼らは500メートル先の魔物モンスターの匂いを嗅ぎ分けることができる。しかしながら、半猫半人ハーフ・ダ・ニャンも、ニンゲン族やエルフ族に比べれば、彼らの3倍以上の鼻の良さである。現にシャトゥ=ツナーは、ナナからは干したばかりの布団のようなふんわりとした良い匂いを感じていたのである。決して、汗の酸っぱいとかそういった類の匂いは感じないのであった。


「いやらしいっ! あたしの身体の匂いをこっそり嗅いでたのねっ! 最悪っ!!」


「べ、別にナナの身体に鼻をこすりつけるようにして嗅いでいるわけじゃないッス! 俺が半猫半人ハーフ・ダ・ニャンだからこそってのは、ナナだってわかっているッスよね!? ネーコさんは半虎半人ハーフ・ダ・タイガだから、同意してくれるッスよね!?」


 シャトゥ=ツナーがしどろもどろになりながら弁明し、さらには半虎半人ハーフ・ダ・タイガのネーコ=オッスゥを巻き込もうとする。しかし、ネーコ=オッスゥはさすがに大人だ。大人らしい態度を取り出す。


「ん? 僕、産まれながらにして、鼻炎持ちなんだみゃー。だから、鼻はあまり利かないだみゃー」


 もちろん、大嘘である。ネーコ=オッスゥもシャトゥ=ツナー同様、ナナ=ビュランの体から干した布団のような匂いが出ているのは察している。しかし、これは誰も傷つけない優しい大人の嘘なのである。シャトゥ=ツナーは若いとしか言いようがない失言をしたのだ。悪いのはシャトゥ=ツナーの若さである。


(き、汚いッス! 俺は大人になってもこんな汚い大人にはならないッス!!)


 シャトゥ=ツナーが恨めしそうにネーコ=オッスゥを睨むのであるが、睨まれている彼はピュ~ヒララと口笛を吹きながら作業を続けるのであった。そもそも恨まれる筋合いなど、ネーコ=オッスゥ側には無いのだが、非難の込められた視線をあえてその身に受けて、さらには受け流すネーコ=オッスゥである。まあ、これぞ、大人の余裕といったところであろう。


 さて、ナナ=ビュランが皆から物理的に少し距離を空けて、何か使える物がないかと物色を続けていると、金貨と銀貨の詰まった袋を発見するのであった。


(ん? 金貨袋なんて、バンカ・ヤロー砂漠に向かうあたしたちに必要なの? 商業都市:ヘルメルスの銀行バンクに預けておけばいいのに……)


 そう疑問に思ったナナ=ビュランはネーコ=オッスゥに何故、合わせて40枚ほど金貨と銀貨が詰まった袋を持ってきたのか尋ねるのであった。


「ああ、それは砂漠を渡る時に使う予定だったんだみゃー。砂漠の渡し屋は金銀宝石類が好きなんだみゃー。それで、実際にはそれらを準備する代わりとして、金貨と銀貨を用意していたってわけだみゃー」

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