第6話:ナナの願い

 ナナ=ビュランの言う通り、爆発系魔術は扱いが難しく、師匠から弟子に伝える際に、師匠がその爆発系魔術によって、死亡してしまうケースが後を絶たなかった。しかしながら、それでも、爆発系魔術の人気は高く、戦国の世センゴク・パラダイスと呼ばれた時代が始まった時には、その数はピークに達していたのである。


 だが、術者もろとも爆発四散する爆発系魔術が横行し、使用者は一気に減っていく。極めつけは戦国の世センゴク・パラダイス中期におけるニンゲンと魔王との戦いにおいて、魔王の棲む城を破壊した時である。強固な結界により、魔王城は事実上、難攻不落の城であった。それを打ち破るために、エイコー大陸に住む爆発系魔術を使える術者が一同に集まり、魔王城に突貫していったのだった……。


 それゆえ、戦国の世センゴク・パラダイスが終わり、それから約250年が経過したというのに、爆発系魔術を教える者たちは両手で数えるほどの状況となり、今の世では、それを満足に使える者など、ひとりも存在しないとさえ言われている始末である。


 しかし、ナナ=ビュランの眼の前に、その爆発系魔術を使いこなす男が確かに存在した。かの男は黒い外套マントを羽織り、筋肉隆々の身体を惜しげもなく披露する。そして、自分の筋肉に誇りを持っているのか、彼の身体を覆い隠しているのは黒いブリーフ型の黒いパンツ1枚であった。


 ナナ=ビュランはこの黒い獅子のマスクの奥にはどんな顔が隠されているのか、気にはなっていた。もしかすると、自分の爆発系魔術によって、ひとには見せられないほどの醜い顔になってしまったのではないかと思ってしまい、聞きづらかったのである。


「前々から気にはなっていたんッスけど、なんでそんな恰好をしているんッスか? マスクを被っているのは爆発系魔術で顔に大怪我でも負っているからッスか?」


「ちょっとあんた! そんなプライバシーに関わることを平然と聞かないでよっ! もしそうだぞ! って言われたら、ただでさえ沈痛な空気が、さらにいたたまれない空気になっちゃうでしょっ!」


 シャトゥ=ツナーが飄々とした顔で、ナナ=ビュランが思っていることを質問してしまうので、つい怒鳴り声をあげてしまう彼女であった。シャトゥ=ツナーとしては、この遺体から流れ出す血の匂いが充満し、吐き気をもよおしそうな場所で、3人でただ時間を過ごすのは何かと気まずい感じがしたのである。それゆえマスク・ド・タイラーに話題を振っただけである。彼はマスク・ド・タイラーに意地悪をしようとして言い出したわけではない。


「ハーハハッ! わたしがこの獅子のマスクをつけているのは恰好良いからだっ!」


 マスク・ド・タイラーが仁王立ちで腰の両側に両手を添えて、高笑いするものだから、ナナ=ビュランたちはずっこけるしかなかったのである。じゃあ、パンツ一丁の上から外套マントを羽織っているのも恰好良いからなの? とナナ=ビュランが問うと、当然の如くに、その通りだっ!! と返してくるマスク・ド・タイラーであった。


「ねえ……。あたし、このひとに助けてもらった時に、ちょっと格好良いかもって思ったんだけど、大間違いだったかしら?」


「ウッス。大間違いッス。こいつ、美的センスが一般人とズレているだけッス。俺はあんな恰好で人前に出るなんて、絶対出来ないッス」


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーが顔を見合わせて、マスク・ド・タイラーの耳に入らぬ小声でひそひそと話し合う。マスク・ド・タイラーは風に外套マントをなびかせながら、存分に自分の肉体美を堪能したまえとばかりにナナ=ビュランたちに主張してくるのであった。彼はあろうことか、様々なポーズを取り、いかに自分の筋肉が素晴らしいかを彼女らに見せつけてくるのであった。これにはナナ=ビュランも苦笑する他、無かったのである。


 さて、ネーコ=オッスゥが寒村と殺戮現場を荷馬車で4往復ほどすると、ようやく、遺体の全ては回収されることとなる。遺体を寒村に運び終えたネーコ=オッスゥは、御者ぎょしゃ台に座ったまま、最後にナナ=ビュランたちに荷馬車の荷台に乗るように勧めてくる。だが、ナナ=ビュランは憂いを交えた表情を浮かべている。


「どうしたんだみゃー? 荷馬車に乗らないのかみゃー?」


「そう……なんだけど、これに乗っちゃったら、お姉ちゃんたちの捜索は打ち切られるんじゃないかって思って……」


 さもありなん。ナナ=ビュランの言うことには一理あった。警護隊はほぼ全滅。荷馬車も1台のみ。この荷馬車は寒村につけば、次は商業都市:ヘルメルスに向かうであろうことはナナ=ビュランに予想できた。ネーコ=オッスゥもナナ=ビュランが考えていることを察して、自分の後頭部を右手でポリポリと掻くのであった。


「仕方ないッスよ……。バンカ・ヤロー砂漠の入り口まで来て、さあこれからだってところで、警護隊が全滅なんッス。ここは1からやり直したほうが良いはずッス」


「でもっ! そうなると、お姉ちゃんたちが生きている確率がグッと減ることになるのよっ! お姉ちゃんたちが攫われて、もう2週間近くも経っているのよっ!」


 ナナ=ビュランが喉から搾り出すように悲壮な声でそう言うのであった。そんな声で言われては、シャトゥ=ツナーとしても真正面から反対の意を唱えることは出来ないのであった。しかし、それでもだ。シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランの補佐である。彼が第一に優先しなければならないのはナナ=ビュランの安全であった。ココ=ビュランやヨン=ウェンリー、そして鎮魂歌レクイエムの宝珠ではない。ナナ=ビュランを護ることこそが、彼の至上の役目であった。


「ふむっ。そこまでして姉たちを助けたいのか? それがこれまで以上の過酷な旅となるのを知っていながらでもか?」


 マスク・ド・タイラーがナナ=ビュランにそう問うのであった。彼女は身体を振るわせて、腹の奥から声を出す。


「うんっ! あたし、お姉ちゃんたちを助け出したいっ! 例え、あたしが命を落とすことになろうとも、お姉ちゃんたちを救い出したいのっ!」


 ナナ=ビュランは泣きそうな顔でマスク・ド・タイラーに言いのける。無理は百も承知だ。だが、それでも姉や想い人を放っておくことは出来ない。ナナ=ビュランは一命を賭して、姉たちを救いたいと願うのであった。


「あい、わかった! なら、このマスク・ド・タイラーが、キミに助力しよう! シャトゥ=ツナー並びにネーコ=オッスゥ! 女が命を懸けるなら、男たちが何をしなければいけないか、わかっているなっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る