第5話:ゴックン
「うぇっ……。苦いし、喉にひっかかるし……」
ナナ=ビュランは口に含んだ紫色の液体を喉に通そうとしたが、ドロッと粘っこい感触が気持ち悪く、一息には飲み込めず、空いた左手のひらにその液体の半分ほどを戻してしまうのであった。
「ハーハハッ! 口は良薬に苦し! 1滴もこぼさずに飲み干すんだっ! コツは口の中で液体を舌を用いて転がして、唾で薄めることだなっ!」
ナナ=ビュランはマスク・ド・タイラーの助言通りに左手のひらに乗っている紫色の液体をもう一度、口の中に含み、そのドロッとした液体を舌で転がし、唾を混ぜ込む。そして、意を決してゴックンと全ての液体を胃の中に押し込むのであった。
(エロエロッスね……)
シャトゥ=ツナーはいかがわしい感想を抱いてしまう。液体の色こそは紫色なので、見た目はグロティスクの一言である。しかしながら、ナナ=ビュランが涙目になりながら、口の中を舌でもごもごするので、ほっぺたがいやらしい感じで凹凸していた。その姿にシャトゥ=ツナーは嗜虐心をナナ=ビュラン相手に抱きそうになるのであった。
ゴックンし終えたナナ=ビュランは身体の内側から熱が湧きだしてくる感じを受け取る。発せされた熱は身体の隅々まで行き届き、さきほどまで感じていた背中の鈍痛がどこかに吹き飛んでしまうのであった。
「すごい……。背中の痛みだけじゃなくて、擦り傷までキレイに消えていく……。こんなすごい効果のある薬をもらっちゃって良かったの?」
ナナ=ビュランは右ひじのひりひりと痛んでいた擦り傷にかさぶたが出来、さらにはそのかさぶたがぽろぽろと剥がれ落ちていくのを驚きの表情で眺めていた。かさぶたが剥がれた肌は元の玉のような白い肌に戻っていたのである。これほどの効果がある薬なのだ。それ相応の値段がするだろうと、おっかなびっくりのナナ=ビュランであった。しかしながら、ナナ=ビュランの心配を吹き飛ばすようにマスク・ド・タイラーがハーハハッ! と笑う。
「心配するな。その小瓶に入っている薬液はどれも、わたし自身が集めた材料を調合したものだ。まあ、生きた虎の精巣から精液を搾り取るくらいだろう、面倒なことと言えば」
「そう……なの? じゃあ、この薬をもらったお礼に、もし機会があれば、あたしもそのセーエキを搾り取る手伝いをするわっ!」
ナナ=ビュランのその宣言を聞いて、背中にゾワゾワと悪寒が走るのは
かの怪物から襲撃されて、1時間が経過しようとしていた。奇跡的に馬が2匹、ほとんど傷らしい傷も負わずに放置されていた。男連中はナナ=ビュランたちが乗っていた荷馬車の車輪を応急修理し、その荷馬車に無事だった馬を繋げる。
そして、その荷馬車に負傷者と、遺体を出来る限り乗せて、ネーコ=オッスゥは
辺りには血臭が立ち込めていた。真っ黒な羽毛に包まれたカラスが近くの木の枝に集まり出している。警護隊の遺体を食い荒らす気で満々なのは、ナナ=ビュランにも察せられたのである。
ナナ=ビュランは腰の左側に佩いた
火の粉を被りそうになったカラスたちは、グアーグアーグアー! と恨めしそうな声をあげて、集まっていた木の上から飛び去って行くのであった。ナナ=ビュランの斬撃が届くはずもない距離にカラスたちはいるのだが、それでも火は怖いと思ってしまうのは獣特有の性質と言っても良いだろう。
「ほう……。なかなかに面白い
マスク・ド・タイラーがナナ=ビュランが右手に持つ、刀身から炎を噴き出す
「あたしはどんな武器にでも、自分が生み出した炎を纏わせることが出来るの。この
「ふむっ。それはますます興味深いな。武器に炎を纏わせることが出来るのは、100年に1人しか、この世に現れぬと言われている。ナナくんはもしかすると……」
マスク・ド・タイラーが何かを言わんとした時、次に遺体を狙って現れたのは野犬の群れであった。野犬たちはグルルルゥ! と喉を鳴らして、威嚇をしてくる。その美味そうな血の滴る肉を食わせろと主張してくるのであった。しかし、マスク・ド・タイラーが、黒いパンツの中から取り出した
「
と叫び、爆発音と共に大量の土砂を宙に巻き上げて、地面に大穴を開けたものだから、驚いた野犬の群れはキャンキャンッ! と悲鳴をあげて、退散してしまのうであった。
「あたしの武器に炎を纏わせる技術よりも、あなたのその爆発が起きる魔術のほうがよっぽど不思議よ……。爆発系魔術はとうの昔に、伝承者もろとも爆散して消え失せたって言われてるのに……」
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