第5章:黒獅子

第1話:|爆破《エクスプロージョン》

 戦士にとって、一番大切な素質は何か? 産まれもっての才能はもちろんであるが、それに甘えず努力できることである。しかし、努力だけではどうしようもないことがある。それは『視力』だ。一流の戦士たちはほぼもれなく『眼が良い』のだ。敵の動きに合わせ、自分も動くためには眼が命なのである。


 シャトゥ=ツナーも一流の戦士たる素質である類稀なる『視力』の持ち主である。その視力をもってして、眼の前で起きた現象を捉えたのであった。


「出来そうな奴だとは思っていたけど、ここまでの武人だとは思っていなかったッス! ヨン=ウェンリーさんよりも、もしかして強いかもしれないッス!」


 シャトゥ=ツナーは横倒れになった荷馬車から這い出るようにして、外に出る。そして、マスク・ド・タイラーとジャガ=ポティトゥとの一騎打ちをその眼に焼き付けていた。彼に遅れて、いたたっ……と言いながら、ナナ=ビュランも荷馬車の外に出てくる。そして、彼女もまた、彼らの戦いに眼が釘付けになるのであった。


「うそ……でしょ? あの無軌道にしか見えないイバラの鞭を次々と槍で叩き落としているわよ!?」


 ナナ=ビュランも驚きの表情を浮かべる他なかった。長剣ロング・ソードで叩き落とすならともかくとして、マスク・ド・タイラーはどこから持ってきたのか不明の2.5ミャートルはあろうかという黒鉄クロガネ製の長槍ロング・スピアで、自分の身に降りかかる鞭の斬撃をことごとく打ち払っているのである。


「ヒーヒヒッ! これほどの好敵手、今ではなかなかに味わえんギャギャギャ! さあ、もっとだ、もっとおいらの攻撃を捌ききってみせろギャギャギャ!!」


 ジャガ=ポティトゥは喜びにも似た感情が芽生えていた。この人馬一体モードで自分と3分間以上、渡り合えたものなど、ここ十数年は出会わなかったからである。ジャガ=ポティトゥは口の端を愉悦で歪ませて、鞭と化した両腕を交差させるスピードをさらに上げていく。


「ふんふんふんふんっ!!」


 マスク・ド・タイラーは長槍ロング・スピアを巧みに操り、ジャガ=ポティトゥの繰り出す連続攻撃を捌き続ける。しかもそれだけではない。2.5ミャートルはあろうかという長槍ロング・スピアを回転させながらも、どんどんジャガ=ポティトゥに近づいていくのである。これにはさすがのジャガ=ポティトゥも、額からたらりと冷や汗がひとひと筋流れ落ちてしまう。


 まさかとは思うが、この防戦一方である眼の前の男が攻撃に転じてくるのではないかという疑念が湧いてくるジャガ=ポティトゥである。いや、そんなはずはない。現に、攻撃としての行動を取っていないのだ、この男は。ただ、長槍ロング・スピアを振り回し、なんとか防いでいるのを悟られないために、自分にじりじりと近づいているだけだと、そう考えていた。


 しかし、ジャガ=ポティトゥのその思考は振り回す鞭の間隙を抜いて、白刃が自分の顔面目掛けて飛んできたことにより、打ち砕かれることになる。


(あの長槍ロング・スピアを振り回しながら、合間に短剣ダガーを投げてきただギャ!?)


 本来なら、そんなちんけな短剣ダガーを顔面に受けようが、傷ひとつつかぬほどの硬度を持つ彼の皮膚であった。しかし、その短剣ダガーの軌道は右眼に吸い込まれるようにまっすぐと飛び込んできたのだ。これにはさすがにジャガ=ポティトゥも驚かずにはいられなかった。


 頭を左に傾けて、寸でのところでかわす。彼の身体はどこもかしこも鍛えられあげられた鋼鉄のように硬い。目玉も同様の硬さを誇っている。だが、本能がこの飛んでくる短剣ダガーをかわさなければならないと訴えかけてきたのだ。


「ほう? 今の攻撃をかわすとは、おぬしやるではないかっ! 所詮、絡繰り人形ポピー・マシンゆえに、攻撃力と防御力は優れども、回避性能が疎かだと思っていたぞ!」


 眼の前の男があっぱれとでも言いたげに、長槍ロング・スピアの柄を左肩に預けて、はっはっは! と高笑いをする。この挑発とも取れる物言いによって、眉間にビキッと血管が浮き出るジャガ=ポティトゥであった。


「もうしばらく遊んでやろうと思っていたが、気が変わったギャ! その上から目線の態度をあの世で改めるが良いんだギャ!」


 ジャガ=ポティトゥは今まで無軌道に振り回していたイバラの鞭を今度は縦の方向のみに絞っていく。イバラの鞭を上から下へ振り下ろし、次々と地面をそれで抉りながら、眼の前の男に突進していく。イバラの鞭はギャリギャリッという不快な音と共に地面を削り取っていく。


「ふっ……。土ぼこりを上げることにより、こちらの視界も奪おうという目算か……。だが、如何せんな。攻撃が単調だ!」


 マスク・ド・タイラーはそう言いながら、長槍ロング・スピアを放り投げ、黒いパンツの内側に両手をつっこむ。そして、もぞもぞと何かを探るように両手を動かし、スポンッ! とパンツから両手を抜き取る。


 するとだ。彼の両手は金属の棘が幾重にも生えている黒鉄クロガネ製の棍棒、通称:『金砕棒』と呼ばれる武器の柄を力強く握っていたのである。戦闘中に、黒いパンツの中に両手をつっこむという愚行に、あんたは何をやっているんッスか! とシャトゥ=ツナーは大声でツッコミを入れたのだが、まさか、あんなところからご立派な金砕棒が出てくるなど予想もつかなかったのである。


「かつてホームラン王と呼ばれたマスク・ド・タイラーの一撃をご照覧あれっ!!」


 マスク・ド・タイラーはそう叫ぶと、シャトゥ=ツナーが見たこともない構えを取り、さらには、横薙ぎで金砕棒をブンッ! という風切り音と共に豪快に振り回すのであった。1ミャートル半という長大な金砕棒は縦の方向に振り下ろされるイバラの鞭を絡めとる。それだけでは無い。そのままの勢いで、ジャガ=ポティトゥの腹部分に金砕棒をぶち当てるのであった。


 さらには金砕棒が横殴りに奴の腹にめり込んだと同時に、マスク・ド・タイラーが叫ぶ。


爆破エクスプロージョンーーー!!」


 ジャガ=ポティトゥに突き刺さった金砕棒の表面にある棘の一本いっぽんが、連鎖的に大爆発を起こす。爆発により、金砕棒の表面が砕け散り、さらにはその砕け散った破片がジャガ=ポティトゥの内部でさらに爆発を起こす。


「グゲゲゲッ! ウギャギャギャ!?」


 ジャガ=ポティトゥは自分の腹の内側で連鎖的に爆発しつづける現象に眼を白黒させながら、宙を舞うのであった。

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