第2話:首切り斧

「なに……あれ……」


 ナナ=ビュランの口から零れ落ちた言葉には幾重もの意味が込められていた。


 まずひとつ目は、黒いパンツの中から、ご立派な金砕棒が現れたこと。


 ふたつ目は、傭兵団:夜明けの虎ドーン・タイガーの面々がまったくもって叶わなかった相手をその金砕棒で空高く舞い上げたこと。


 そして、みっつ目は、轟音と熱風を巻き起こす魔術を産まれて初めて、その眼で見たこと。


 最後のよっつ目は舞い上がった怪物の腹がその魔術によって横っ腹に大穴が開いたのだが、そこから見えるのは、血と肉で出来た内臓ではなく、黒い液体と鋼鉄で出来た内臓みたいなモノであったことだ。


 こんなことが十数秒の間に起きれば、ナナ=ビュランでもなくても混乱してしまうのは当たり前の話である。事実、彼女の近くにいるシャトゥ=ツナーとネーコ=オッスゥもポカーンと口を開けて、間抜け面を晒していたのであった。


 しかし、闘いはここで終わりでは無かった。空高く舞い上がった怪物に追い打ちをかけるべく、マスク・ド・タイラーがその場でジャンプしたのである。そのジャンプ力はすさまじく、ヒトの身でありながら、ゆうに5メートルほどの高さにまで一瞬で到達したのである。


 さらには、マスク・ド・タイラーはジャンプ中に、またもや黒いパンツの内側に両手をつっこみ、もぞもぞと何かを探り当てるかのように動かす。そして、彼がスポンッと両手を抜き出した時、彼の両手は通称:『首切り斧』と呼ばれる処刑で首を斬り落とすための刃が分厚い斧の柄をしっかりと握りしめていたのであった。


 彼は自重で地面に向かって落ちていく怪物の首筋の裏辺りに、思いっきり振りかぶった首切り斧を渾身の力で振り下ろし、ぶち込むのであった。怪物はウベエアアア!? というわけのわからぬ悲鳴を上げるが、首筋に斧を当てられたまま、地面に落下する。しかし、それをもってしても、首切り斧の刃は怪物の首の中ほどで止まってしまっていた。


爆破エクスプロージョンーーー!!」


 マスク・ド・タイラーはすかさず、首切り斧の刃を爆発させる。先ほどと同様、爆発により砕け散った首切り斧の破片は、怪物の首の内側へと飛び込む。そして、その破片が連鎖的に爆発を起こして、怪物の頭の中身を破壊しつくすのであった。


 ジャガ=ポティトゥの顔はまるでスイカが内側から爆ぜたかのように膨れ上がり、元はワニ顔であったのに、下あごはどこかに吹き飛び、後頭部には大きな穴が開いていた。さらには両方の眼球もまた、どこかへと飛んで行っており、空いた窪みからは黒い液体が噴き出すのみであった。


 頭部を破壊されたにも係わらず、下半身の4本足をバタつかせていたジャガ=ポティトゥであったが、数分後にはその動きも鈍くなり、やがて細かく痙攣した後、まったく動かなくなってしまうのであった。


 ここまできてようやく、ナナ=ビュランは助かったんだと自覚する。得体の知れぬ怪物たちに突然、襲われて、自分たちだけはネーコ=オッスゥの手により逃がしてもらえた。しかし、イバラの鞭をしならせながら追いかけてくるこの怪物にナナ=ビュランたちは心底、震えあがる。だが、忽然と現れた、あの男がその怪物を倒してくれたのである。


「あたしたち、助かった……?」


「かもしれないッスね……」


 安堵するナナ=ビュランとは違い、シャトゥ=ツナーは警戒を解いていなかった。動かなくなってしまった怪物相手ではない。その怪物を殺した怪物以上の男に対して、警戒心を抱いていた。


 それもそうだろう。傭兵団:夜明けの虎ドーン・タイガーの面々が手も足も出なかった相手をたったひとりで倒したのだ、このマスク・ド・タイラーは。こいつが自分たちの味方である保証など、どこにもない。ただ、自分にとって、敵対行動を取ってきた怪物を先に始末しただけはないのか? というナナ=ビュランとはまったく違う感想を抱いていたのである、シャトゥ=ツナーは。


「あ、ありがとうございますっ! 危ないところを救っていただいてっ!」


 ナナ=ビュランがマスク・ド・タイラーの近くに走っていき、彼の身体の右側に向かって、深々と頭を下げて礼を言う。その行為にシャトゥ=ツナーは面食らうことになる。


「ナナ! 何をやっているんッスかっ! こいつが敵か味方かわからないんッスよ!?」


 シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランを追いかけて、彼女の左肩をグイっと掴み、自分の後ろへ回るようにと彼女の身体を強引に動かす。ナナ=ビュランは、ふえっ!? というすっとんきょうな声をあげて、彼の背中側に身体を移動させられてしまう。


「ちょっと! あんた、何で助けてくれた恩人に向かって、刃を向けているの!?」


 次に驚く番はナナ=ビュランであった。シャトゥ=ツナーがあろうことに、自分たちを助けてくれたマスク・ド・タイラーに向かって、赦しの光ルミェ・パードゥンの切っ先を突き付けたからである。何故にそんなことをするのか、ナナ=ビュランにはまったくもってわからなかったのだ。この時点において、ナナ=ビュランはマスク・ド・タイラーは自分を再び救ってくれた恩人としてしか思っていなかったのである。


「ナナ……。俺の命に代えてでも、こいつを倒してみせるッス……。ナナは絶対にやらせないッス!!」


 ナナ=ビュランから見えるシャトゥ=ツナーの横顔は真剣そのものであった。その表情はナナ=ビュランが初めて見るモノであった。彼はいつも飄々としているか、おどおどしているかのどちらかであった。それなのに、彼は何かを決意した男の顔つきになっていたのである。


「マスク・ド・タイラー! 俺と勝負ッス! 俺が勝ったら、ここから退散してもらうッス! 俺が負けたら、ナナだけでも助けてくれッス!」


 なんとも覚悟を決めた男としては情けない宣言であった。それを聞いたマスク・ド・タイラーは、ふふっ、ははっ、あーははっ! と大笑いしてしまう。


「何がおかしいッスか!」


「ああ、すまんすまん。そこは、『死んでも喉笛を食いちぎってやる……』だ。負けた相手に温情をかけてもらってどうする? しかし、この前、街で会った時よりかは、男をあげたようだな、シャトゥ!!」


 マスク・ド・タイラーは黒い外套マントひるがえし、2人の方へ身体の正面を向ける。そして、黒いパンツの中に両手をつっこみ、もぞもぞと何かを探り始めるのであった……。

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