第6話:工業都市:イストス

 ナナ=ビュランは割と軽装装備で出立することになる。バンカ・ヤロー砂漠対策として、魔物モンスターの皮を素材とした丈夫な革製のブレストアーマーに、これまた同じく革製の籠手、膝当て。そして、砂地でも足を取られにくい厚底の革製のブーツのいでたちであった。


 対して、シャトゥ=ツナーはヒドラの鱗を鎧の表面部分にふんだんに使用したスケイルメイルを着用していた。しかしながら、全身鎧フルプレート・メイルというわけではなく、やはりナナ=ビュラン同様、身体の重要部分だけを護る軽装装備となっていた。


 そして、荷物持ち用として馬を1匹、引き連れている。その馬は農耕馬としても用いられる品種であり、いくさで用いられるような足が長いタイプではなかった。


 2人と1匹はゆっくりと旅路を進む。途中、宗教兼学術都市:アルテナの北西にある工業都市:イストスで、くだんの軽装装備を整えたのである。工業都市:イストスは工房が立ち並び、剣や鎧を鍛える音が1日中、都市全体で鳴り響いていた。


 もちろん、工業都市:イストスは武具の工房ばかりではない。日常品の作成を取り扱う工房もあれば、椅子や机、箪笥といったご家庭用の家具を作成する工房も存在する。


 ゼラウス国の輸出品の7割近くを創出する都市である、イストスは。


「うーーーん。このコーヒーカップ、ヨンさまといっしょに使いたいなあ……」


 ナナ=ビュランは陶器工房の前で足を止めて、まじまじと食器類を眺めていたのであった。その陶器工房は販売店舗も付属しており、紅、蒼、翠、紫、黄色の色とりどりの食器類が店内狭しと並べられていたのである。


 ナナ=ビュランはその食器類のひとつを手に取り、まじまじと物欲しそうに見つめていたのである。ナナ=ビュランが手にしていたコーヒーカップは下地はピンク色でそこに淡い紅色の花が描かれていた。店員が言うには、若い女性に人気の柄のひとつだそうだ。


「ちょっと、隊長。陶器類はやめておくッス。確実に戦闘が起きることが想定されるから、向かいの店にある割れにくい銅製のマグカップにしておくッス」


 シャトゥ=ツナーは嫌みと僻みを込めて、ナナ=ビュランのことを隊長と呼ぶことにしていた。現在、隊長ひとり、隊長補佐ひとりの捜索隊である。しかしながら、次に向かう商業都市:ヘルメルスで傭兵団と合流する以上、今のうちに隊長と呼びなれていたほうが良いだろうという彼なりの配慮であった。


「えー? あんな翠色が腐ったような暗い色のマグカップでコーヒーを飲むの? 道中、気分が落ちていきそう……」


 ナナ=ビュランはシャトゥ=ツナーが指し示す銅製のマグカップを見て、辟易とした気分になってしまう。確かに銅製の食器は割れにくく、丈夫であるが、色が気に喰わない。厳しい旅路になることは予想できていたが、それでも、道中の気分を良くするために、なるべく明るい色のコーヒーカップを選びたいナナ=ビュランであった。


「うーーーん。銀食器にしない? それなら、強度としては十分だし」


「そうっすねぇ……。それは一理あるッス。でも、いくら法王庁からもらった金貨100枚でも、無駄に使い込んじゃったら、あとで面倒くさいことになりかねないッスよ?」


 別に旅で使う予定の食器類を銀製で揃えたところで、2人のふところがたいして痛むわけでもない。しかしながら、鎮魂歌レクイエムの宝珠捜索を終えて、法王庁に戻ってきて、会計部に報告した場合はどうなるかはわかったものではない。


 法王庁という組織は決して貧乏というわけでは無い。宗教組織は集金システムとして非常に優れた組織なのだ。寝ていても、信徒たちから金が集まるのだ。ぶっちゃけ、そこらの大商人など足元に及ぼないほどの収益を上げる。しかも組織に集まる金を使って、独自の軍隊を持っているので相当に性質たちが悪い。


 そんな金持ちの法王庁ではあるが、無駄遣いは『悪』だと断じる会計部の存在が厄介なのである。渋るところは渋るところが金持ちたる所以ゆえんと言えよう。しかしながら、この会計部のおかげで、法王庁自体の軍拡は抑えられているので、ゼラウス国の国主としてはありがたい存在であったりもする。


 なにはともあれ、2人は無駄遣いは極力避けようと言う話で収まることとなる。高価な陶器製のコーヒーカップは諦めて、銀メッキが施された食器類を購入することになる。


 それから、テントはどうするかと言う話になるのだが、傭兵団が設置してくれるであろうテントに一緒に寝泊まりすれば良いだろうと個人的なモノは購入を控えるのであった。


 工業都市:イストスでの買い物を終えた2人は馬の背に荷物をくくりつけて、旅路を再開するのであった。そして次に向かう予定の商業都市:ヘルメルスには女性の足で3日と言った距離にある。工業都市:イストスと商業都市:ヘルメルスの途上にはいくつか村があり、そこで休憩や宿泊をする予定であった。


 しかしながら、この村と村の間でナナ=ビュランの姉であるココ=ビュランが賊に襲われて、攫われてしまったのだ。自分たちもいつその賊に襲われるかもしれないとおっかなびっくり、道中を旅するのであった。


 だが、そんな2人の心配もよそに、工業都市:イストスを出立してから、きっかり3日後には、無事、商業都市:ヘルメルスに足を踏み入れることに成功するナナ=ビュランたちであった。


「おかしいわね……。あたしの闇の告解コンフェッション・テネーヴァが賊たちの血を吸いたがっていたのに、結局、襲われなかったわね?」


「何を言っているんッスか。こっちはたった2人なんッスよ。いくら神具を2つも持っているからといって、相手は聖堂騎士のヨン=ウェンリーさんを無力化して攫ったんッス。俺っちたちでどうにか出来る相手じゃないことくらい、わかるだろうって話ッス」


 ナナ=ビュランは納得いかないと言う顔つきであることに、シャトゥ=ツナーが、はあああと深いため息をつくしかなかったのであった。もちろん、シャトゥ=ツナーとしても、賊に襲撃された場合は応戦する覚悟はあった。


 しかしながら、無傷で撃退できるとは考えていなかったのである。自分だけが大怪我で済めばまだマシだが、ナナ=ビュランまでもが鎮魂歌レクイエムの宝珠の捜索に支障をきたす怪我を負う可能性は否定できなかったのだ。


 シャトゥ=ツナー自身はナナ=ビュランを五体満足で商業都市:ヘルメルスで待つ傭兵団と合流させることが法王庁が自分に与えた役目なのだろうと考えていたのであった……。

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