第7話:シャトゥ=ツナー

 ナナ=ビュラン自身としては、この武器に自分が魔術によって生み出す火を纏わせる技術をもっと磨きたいとは思っている。しかしながら、宗教兼学術都市:アルテナでは、光を操作する魔術の研究が盛んであり、基本となる火・土・水・風の四元魔術はまさに基礎部分までで研究は止まっているのであった。


 そもそも、魔術を修得できる層に問題があると言ったほうが良いだろう。光の魔術以外を修得しようものならば、総合的に魔術を研究している学校に通わなければならなくなるのだが、その学校の絶対数が少ないことがまずひとつ。そして、その学校に通うためには日々、生活していくだけの収入しか得られない層では、入学費と教育費をまかなうことが出来ないのである。


 ポメラニア帝国では、兵士の職に就いた者たちには無償で四元魔法の1種類を修得させてもらえる。しかしながら、ゼラウス国にはそんな財政的余裕は無いといっても過言ではなかった。それゆえ、個々のご家庭の収入具合で魔術を修得できるかが決まってくるのであった。


 しかしながら、一般家庭の出自であったとしても、法王庁所属の聖堂騎士を目指すのであれば、騎士見習いの身分となったと同時に、法王庁から光の魔術を修得するための教育が無償でなされることになる。聖堂騎士であるヨン=ウェンリーはもちろんとして、騎士見習いであるナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーも光の魔術については、何ら心配はなかったのであった。


 もちろん、司祭プリーストを目指す者たちにも基礎的な光の魔術だけは無償での教育が施されている。ココ=ビュランは法王庁に所属する神学校に通っているため、授業のカリキュラムの中に授業が組み込まれており、光の魔術を修得することが出来たのであった。


「うーーーん。悩みどころよね。剣術を鍛え上げるのが先か、それとも火の魔術を研究している魔術師の弟子になるべきなのか……」


 ナナ=ビュランの父親であるアルセーヌ=ビュランは司祭長チーフ・プリーストなだけはあり、火の魔術を修得するための費用で困るといったことは無い。しかし、問題はそこではない。ナナ=ビュランは一刻も早く、ヨン=ウェンリーに並び立つ聖堂騎士になりたいのである。


 剣術の才能において、ナナ=ビュランはヨン=ウェンリーには遠く及ばないことはわかっている。だが、その才能を補うには十分の、天から与えられた才能を彼女は秘めていた。どんな武器にも火の魔術を纏わせることが出来る技術を生まれながらにして持っているナナ=ビュランである。彼女はこの技術を武器に聖堂騎士の座を得ようとしているのであった。


「駄目ね。『二兎追う者はどちらも得られず』って言うものね……」


 ナナ=ビュランは、何かを諦めたかのようにふぅと軽くため息をつく。剣術を磨くことも、自分が持っている才能を磨くのもどちらも大切であるが、同時に両方を磨くことが出来るほど、自分は器用なニンゲンでないことは彼女自身が気づいていたのであった。


「まあ、そんなに焦ることは無いッスよ。女性ながらに16歳で騎士見習いになれたんッスよ? ゼラウス国では前例の無いことッス。あとは訓練と経験を積み重ねていけば良いだけのことッス」


「あんたねえ……。それって何かの嫌味? ヨン=ウェンリーに次ぐ天才出現と言われているシャトゥに言われたくないわよ?」


 ナナ=ビュランが騎士見習いになったのは、春先の試験でのことであった。しかしながら、そんな彼女と飄々とした態度で話をするシャトゥ=ツナーは15歳の冬には騎士見習いとなっている。現在、17歳の彼は将来有望と法王庁に目されていた人物であった。


「駄目ッスよ。早々と騎士見習いになったは良いッスけど、自分の欠点に気づいてしまった以上、この先、めっちゃ苦労することが俺っち自身が知っているッスから」


 シャトゥ=ツナーが苦笑交じりにそう言うのであった。ナナ=ビュランは、しまったと思ってしまう。彼の欠点について一番、気にしているのは彼自身であるのに、自分はそこに踏み込んでしまったからだ。


「どうしたら、敵と対峙した時に、手の震えが止まるようになるんッスかね……。時々、俺っちは、自分で自分の右腕を叩き斬りたくなるッス」


 将来を有望視されている騎士見習いは、魔物モンスター退治に駆り出されることがある。シャトゥ=ツナーは、ゼラウス国周辺で集落を築いてしまったコボルトと呼ばれる半犬半人ハーフ・ダ・ワンの姿をもっと動物寄りにした魔物モンスターを退治するための軍に招聘されたのだ。


 この戦いはシャトゥ=ツナーにとって恥辱だらけの初陣であった。武器を構えた右手が震え出し、コボルト相手に満足に戦えなかったのであった。それだけでは無い。低級の魔物モンスターであると認識されているコボルト相手に背を向けて、逃げ出してしまったのだ、シャトゥ=ツナーは。


 その時は初陣ゆえの緊張感がそうさせたのだろうと、上官の聖堂騎士は思っていたのであった。しかしながら、2度、3度と魔物モンスター討伐に従軍するたびに、シャトゥ=ツナーは恥を晒し続けることとなる。


 彼はヒト型の魔物モンスターを眼の前にすると、どうしても右手が震えてしまうのであった。2度目の相手は豚ニンゲンオーク。3度目は鳥人間ハーピーであった。どちらもヒト型の魔物モンスターである。


 時々、ヒトに似た形の魔物モンスターを相手にすると、満足に剣を振るえない若い兵士がいることはいる。しかしながら、戦いを積み重ねることによって、じきに慣れるモノだ。ヒト型魔物モンスターとニンゲンは別モノだと頭の中で納得することが出来る。


 しかしながら、シャトゥ=ツナーには納得できなかったのである。何故に彼らがニンゲンに似ながら、魔物モンスターとして、人々に呼ばれるのか? 自分とそいつらとの差異はどこから来ているのか?


「俺っちには、あいつらを斬ることが出来ないッス。頭では理解しているッス。あいつらはヒトならざるモノたちだってことは。でも、身体が拒否するッス……」


 魔物モンスターを斬れぬ見習い騎士として、いつしかシャトゥ=ツナーは有名になる。それゆえ、今では彼を天才と呼ぶ者は居なくなってしまったのであった。戦えぬ兵士に何の価値があるのだろうか? とさえ周りに言われるようになってきた昨今であるが、それでも彼自身は聖堂騎士を目指すこと自体は諦めていなかったのである。


「あんたこそ、焦りすぎなのよ。まだ17歳じゃないの。人生、巻き返すには十分な時間があるわ?」

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