第8話:お風呂好きのナナ

「へへっ。言われてみりゃ、その通りッスね。ナナはたまには良いことを言うッス」


「たまにはって失礼な言い方ね? あたしはいつも良いことを言うわよ?」


 シャトゥ=ツナーがへへっと微笑し、ナナがふふっと笑い返す。彼らはまだまだこれからなのだ。人生を悲観するような年齢では無い。明日を夢見て、その想いを藁人形にぶつけていくのであった。



 さて、時刻は昼頃となり、ナナ=ビュランは巫女との面会で嫌な気分を味わったものだが、動かぬ藁人形がそれを受け止めてくれたのか、そんな嫌な気分もどこかに吹き飛んでいってしまっていた。


 色々と考えることはあるのだが、とりあえずは昼食前に汗だくの身体をさっぱりとしたい気分であった。しかしながら、ここで問題がある。法王庁所属の訓練所近くにあるシャワールームは男女兼用であった。女性で聖堂騎士を目指す者が絶対的に少ないのが理由と言えば良いだろう。


 さすがに神学校近くの寄宿舎にある風呂場は男女別なのだが、そこまで向かって行く気分にもなれないナナ=ビュランであった。


(うーーーん。毎日のことだけど、悩んじゃうのよねえ……。部外者が神学校の中に入れないきまりなのはしょうがないとして、お風呂だけはさすがに使わせてくれるのはありがたいわ? でも、そこまで行くのが面倒くさいのよね……)


 ナナ=ビュランがそう逡巡していると、シャトゥ=ツナーが気にもせずに訓練場近くのシャワールームに向かって歩いていくのであった。ナナ=ビュランは自分が女性であることを恨んでしまいそうになる。今は6月となり、日中の暑さも段々と上がって来ている。訓練終わりにひと汗流したいのは、男女共に変わらないのであった。


 自分の素肌を人前に晒すことに慣れている女性は、気にもせずに訓練場近くのシャワールームを使う。しかしながら、ナナ=ビュランは花も恥じらう16歳なのだ。誰かがジロジロと自分の身体を見るわけではないから気にするなとは同じ訓練場を使う女性に言われていることは言われているが、やはりそれでも気にしてしまうナナ=ビュランである。


(しょうがない……。ちょっと遠いけど神学校の寄宿舎にあるお風呂場を使わせてもらおっと……)


 ゼラウス国の宗教兼学術都市:アルテナはポメラニア帝国とは違い、街中に庶民が使う公共風呂がほとんど存在しない。それゆえ、庶民たちは各ご家庭の風呂で身体を洗う。そのためか、男女が互いに素肌を晒して風呂やシャワールームを使うといった風習自体が無かったのである。


 しかしながら、傭兵団に所属すれば、そうは言っていられない。傭兵団では日常的に男女共同の風呂場を使用する。これは傭兵団の文化と言ったほうが正しいだろう。戦士たるもの、男女の区別など無いと言ったところであろう。


 そんなことはさておき、ナナ=ビュランは神学校の寄宿舎の風呂場に辿りつくと、脱衣所で訓練服を脱ぎ、産まれたままの姿になり、お湯が張っている湯舟にドボンと肩まで身体を浸からせるのであった。


「ふぅ……。気持ち良い。寄宿舎のお風呂は身体を伸ばせ放題のところが良いのよねえ」


 寄宿舎の風呂場は同時に10人ほどが入れるほどの大きさの湯舟であった。街の公共風呂の大きさには遠く及ばないものの、狭さを気にせざるを得ない自宅の風呂よりかは解放感は抜群であった。


 ナナ=ビュランはうつ伏せになって、湯舟の縁を掴み、身体を思いっ切り伸ばす。可愛いプリっとしたお尻が水面から出たり沈んだりする。ナナ=ビュランはお湯の温度と風呂場の室温の差をお尻で交互に感じるのが好きだったりするのであった。


 そんなちょっとした行為に、ナナ=ビュランは幸せを感じてしまい、つい、ふんふんふ~んと鼻歌を歌ってしまうのであった。この時間帯、寄宿舎の共同風呂は貸し切り状態のことが多い。皆が昼食タイムを楽しんでいるからだ。


(もう少し、湯舟の底が深ければ、思いっきり泳げそうなんだけどなあ?)


 湯舟に張っている湯の深さは泳げるほどではなかった。座って入れば、みぞおちまでくらいしか深さが無いのである。それゆえ、肩まで浸かろうとすれば、自然と身体を伸ばす形となるのである。ここが、ご家庭の風呂と違うところであろう。ご家庭の風呂は、前後左右に狭いものの、深さは十分にある。共同風呂はたくさんのニンゲンが湯に浸かれるように配慮されているために、浅くはあるが広めに設計されているのであった。


 ナナ=ビュランは何度かこの共同風呂で泳げないかどうか試したことがある。クロールはもちろん出来ないのは実証済みだ。ならば、平泳ぎはどうだろうと思うのだが、勢いよく蹴り足を出すと、湯舟の底を蹴ってしまうことになる。


 じゃあ、バタフライならどうだ! とばかりに試してみたが、湯舟の湯が盛大に溢れて、寄宿舎の管理人に大目玉を喰らったのであった。それからは、うつ伏せ状態で、足を延ばし、お尻を水面から上に覗かせる程度でやめることにしたのである。


「あーあ。うちにもこんな大きな湯舟があればなあ……。暑い日とか、毎日、泳いでいるのに~」


 ナナ=ビュランは数年前に父の用事により、伯爵家に招かれたことがあった。その時は伯爵家に泊まることになったのだが、そのお風呂場には仰天したものであった。大理石で敷き詰められた風呂場であり、湯舟は同時に5~6人が入っても問題ないくらいの広さである。


 さらには泳ぐにも十分な深さがあるために、ナナ=ビュランは姉共々、キャッキャと笑いながら、犬かきをして泳いでしまったほどであった。後日、ココ=ビュランはあんなにはしゃいでしまったことを恥じていたが、ナナ=ビュランは結婚したら、旦那様にはあんな大きな湯舟があるお風呂を家に造ってほしいという願望を抱くことになる。


 ちなみに、そのことを彼氏であるヨン=ウェンリーに言ったところ、ヨン=ウェンリーは胸の前で腕を組み、さらには首を横にかしげて、うーん、うーん? うーん!? とおおいに悩むのであった。


「あの時のヨンさまの困った顔は面白かったなあ……。半分冗談なのに、考えさせてくれ……。ナナと結婚するまでには騎士団長に昇り詰めれるかどうか、人生設計を見直してみるとか言い出すんだからっ」


 ナナ=ビュランはつい思い出し笑いをしてしまう。ヨンさまが真剣に考えてくれることがナナ=ビュランにとってはとても幸せであった。別に本当に実行してほしいわけではない。一緒に考えて、一緒に悩んでくれるだけで十分なのだ。


「ヨンさま……。あたしは今のヨンさまで十分なんだからね? だから、神託のために無理なんかしちゃ嫌なんだからね?」

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