第6話:火の魔術

「オッス、オッス! 今日はやけに荒れているッスねぇ。何かあったんッスか?」


「ああん? シャトゥ。もしかして、あたしに喧嘩売ってる?」


 藁人形に無理やり叩きつけ過ぎて、ただでさえ刃がボロボロになっている長剣ロング・ソードをいっそうにボロボロにさせたナナ=ビュランがその切っ先を1つ年上である半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのシャトゥ=ツナーに向ける。


 長剣ロング・ソードの切っ先を向けられたシャトゥ=ツナーは、少したじろぐ。だが、ここで引けば、日頃から馬鹿にされているナナ=ビュランに一層、舐められると思ってか、精いっぱい威勢を張り、ナナ=ビュランにずかずかと歩いて近づいていく。


 そして、ナナ=ビュランが向けてくる長剣ロング・ソードの刃の腹を左手の甲で横に押しやり、ナナ=ビュランの正面近くに立つ。彼はへへっと優男よろしくとばかりに破顔して


「聞いたッスよ。何やら神託で、鎮魂歌レクイエムの宝珠を取り返してこいっていう使命を受けたって」


「うっさいわね。さっきは何かあったんッスか~!? って、言っておきながら、しっかりあたしの事情を知っているじゃないのよ。3週間前みたいにその猫髭をキレイに削ぎ落してやるわよ?」


 ナナ=ビュランがそう言いながら、振り払われた長剣ロング・ソードを構え直そうとする。だが、シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランの右手首を左手で掴み、その動作を止めてしまうのであった。


「やめろッス! せっかくやっと生えそろったばかりなのに、また切られたら、色男が台無しになっちまうッス。半猫半人ハーフ・ダ・ニャンの男が猫髭を剃られるのは恥だってのをナナも知っているッスよね?」


 3週間前の訓練時にナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーは1対1の真剣を使っての勝負をしたのであった。その時、ナナ=ビュランは黒鉄クロガネ製の長剣ロング・ソードを巧みに操り、シャトゥ=ツナーが左手で構えた木製の丸盾を天高く弾け飛ばしたのである。


 本来なら、勝負はそこで終わりである。しかしながら、ナナ=ビュランは何を思ったのか、降参だと右手に持つ武器を地面に落とし、両手をあげて降参の意思を示していたシャトゥ=ツナーに対して、ひょいひょいと長剣ロング・ソードを彼の眼の前で振り回したのである。


 その行為にシャトゥ=ツナーが面食らい、ナナ=ビュランに対して、抗議をおこなった。しかし、抗議していると言うのに、ナナ=ビュランは可笑しそうに腹を抱えて笑い続けるのであった。


 あなた、顔を手鏡で見てみなさいよと言われ、懐にいつもしまっている手鏡を取り出し、それで自分の顔を見てみると、半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのトレードマークとも言える猫髭がキレイさっぱりに短く切られていたのであった。


「まったく……。あの後、大変だったんッスよ? 俺っちの彼女に浮気を疑われたんッスから……」


 ニンゲン族の場合、彼氏の浮気防止に下の毛を彼女が剃り落としたりするイタズラがある。半猫半人ハーフ・ダ・ニャンにとって、それに値するのが鼻の周辺から横に飛び出すように生えている猫髭を剃ることだ。


 もちろん逆のパターンとして、浮気相手が本命相手への嫉妬で、相手の毛を剃ることがある。この逆パターンにのっとり、シャトゥ=ツナーの彼女が、猫髭の無い彼の横っ面を右の手のひらで思いっきり平手打ちしたのであった。


「でも、断面がチリチリのはずだから、すぐに誤解は解けたんでしょ?」


「誤解どころか、グーパンで左頬をぶん殴られて、あなたとは終わりよっ! この軟弱者! って言われて、はいさようならだったす……。つか、実践で使える技かどうかを俺っちの顔で試すのはやめるッス!」


「あ、ごめん……。浮気者どころか、見習い騎士如きに、こてんぱんに負ける程の甲斐性無しって思われたのね……」


 シャトゥ=ツナーの言う通り、正確にはナナ=ビュランは彼の猫髭を剣の腕前で切り落としたわけではない。焼き焦がしたと言ったほうが正しいのであった。そのため、浮気どころの騒ぎで収まらずに、シャトゥ=ツナーの元カノからすれば、へたれな男としての印象のほうが大きかったのである。


 彼女は剣の技術はヨン=ウェンリーと比べれば、遥かに下回っていたのである。まあ、同じ騎士見習いのシャトゥ=ツナーに比べれても、彼に劣る程度である。しかしながら、シャトゥ=ツナーにはある重大な欠点があるゆえに彼は彼女に一方的に負けたといってさしつかえない……。


「ひとの顔で試す前に、まずはそこのボロボロの藁人形を一瞬で火だるまに出来るようになったほうが良いッスよ?」


「そう言われてもねえ……。こんなこと出来るの、あたしくらいだし。剣に火を纏わせたまま、対象を斬るのは結構難しいのよ?」


 ナナ=ビュランはシャトゥ=ツナーに背を向ける。そして、前方3ミャートルほどにある藁人形の前に改めて立つ。その後、ぶつぶつと小声で詠唱を開始し始めるのであった。


火の精霊サラマンダーよ、あたしに力を貸してちょうだい……。剣に纏わりつき、あたしが切り伏せる相手を燃やし尽くして……」


 彼女が詠唱を終えると、彼女の右手に持つ黒鉄クロガネ長剣ロング・ソードの刃が真っ赤に染まっていく。そして、次の瞬間には刃から火が噴きだすのであった。火が噴きだした長剣ロング・ソードの柄をしっかり両手で握りしめたナナ=ビュランが藁人形に向かって、その真紅の刃を振り下ろす。


 藁人形はその支柱となっている竹を斜めに両断されることにより、藁人形の上半分が地面にゴトリと音を立てて落ちる。そして、その切り口から炎が噴き出て、徐々に藁人形全体にその炎が広がっていくのであった。


 藁人形を斬り伏せたナナ=ビュランがもう一度、ビュンッと音を立てて、何かを振り払うかのように剣を振る。すると、剣に纏わりついてた火の精霊サラマンダー黒鉄クロガネ長剣ロング・ソードから解放される。その様はまるで虫籠いっぱいに詰め込まれた蛍が夜空に解き放たれるかのようでもあった。


「いやあ、キレイっすねえ……。ナナはその技だけで、大道芸人として喰っていけるんじゃないんッスか?」


「嫌な言い方ね。どうせ、何かのインチキを使っているって思われるだけでしょ。そもそもこんなことを出来るのは、あたしくらいなのよ?」


 手に持つ武器に直接、魔術によって造り上げた火を纏わせることが出来るのは、ゼラウス国内ではナナ=ビュランのみであった。しかもだ、ナナ=ビュランはこの技術を産まれてから物心つく頃には完全に会得していたのである。今回は黒鉄クロガネ製の長剣ロング・ソードであったが、もちろん、訓練用の木刀でも同じことが出来るのである。


 だがまあ、さすがに木刀で同じことをやれば、火の精霊サラマンダーを解き放つ前に刀身は燃え尽きてしまうのだが……。

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