第2話:5W2H

 騎士団長たちに案内された控室で巫女の準備を待つ2人であった。その場でヨン=ウェンリーはナナ=ビュランのウサ耳を見て、ナナ=ビュランが落ち込んでいることに気づくのであった。ヨン=ウェンリーは彼女のウサ耳の垂れ具合を見て、しまった! と今更ながらに思ってしまう。


「す、すまない。私としたことが、きみのことを疎かにしてしまったようだ……。今、一番、不安になっているのはキミ自身だというのに……」


 ヨン=ウェンリーは自分の至らなさに、またもや歯がみしてしまう。そんな苦渋の表情を浮かべるヨン=ウェンリーに対して、ナナ=ビュランは力なく微笑み、机の上で握りしめている左手の甲に、自分の両手を覆いかぶせる。


「あたしは大丈夫だよ? ただ、ヨンさまが、怒ってばかりだから、あたし、怖くなっちゃって」


 そう言うナナ=ビュランの両手は細かく震えていた。ヨン=ウェンリーは、そんなナナ=ビュランに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。そして、なるべく優しくナナ=ビュランの両手を自分の両手で包み返すのであった。


「ナナ。不安にさせて済まない……。もし、ナナが本当に神に選ばれたと言うのであれば、私は全力でナナを支援するから。だから、ナナは何も心配しなくて良いからね?」


 ヨン=ウェンリーは努めて、笑顔でナナ=ビュランにそう言うのであった。ナナ=ビュランもその言葉を聞いて、安心したのか、ヨン=ウェンリーに笑顔を返してくるのであった。


 それから5分も経った後であろうか? ナナ=ビュランとヨン=ウェンリーがなるべくやらしくない感じで手と手、指と指をからめ合わせて、お互いの体温をやりとりしていると、控室のドアが静かに開かれて、聖堂騎士団長が入ってくる。


「あー……。そのままで良い。そんなに顔を真っ赤にして、手を放さなくて良いぞ? お前たちが付き合っていることくらい、周知の事実だからな? まあ、互いの唇をついばみ合っていなかっただけ、マシだと受け取っておこう」


 髭面の騎士団長が、半狼半人ハーフ・ダ・ウルフらしい形の整った顎髭を右手で撫でながら、致し方ないといった雰囲気を醸し出しつつ、ナナ=ビュランたちにそう告げるのであった。そうは言って見たモノの、ナナ=ビュランは両手を引っ込めて、顔を赤くし、もじもじと身もだえしている。騎士団長は、はあああと深いため息をつき、右手でぽりぽりと頭を掻くしか他なかった。


「さてと……。巫女側は詳しい話をしてくれる準備が整ったようだ。ヨン=ウェンリー。ナナ=ビュラン殿と同席するキミは何をすべきかわかっているな?」


 騎士団長の言いに、コクリと首肯するヨン=ウェンリーであった。


「はい。誰が、どこで、何をすべきか。そして、いつまでにそれを成さねばならぬのか。さらには、どのような手段を用いて良いのかを聞きだせば良いんですよね?」


「ああ、そうだ。ポメラニア帝国風に言わせれば『5W1H』ってやつだ。しかし、もうひとつ追加で聞いてほしいことがある。『費用はどれほどまで許されるか?』だ」


 さすがは商業都市:ヘルメルスを有するゼラウス国の聖堂騎士たる追加の質問だなと、ヨン=ウェンリーは思ってしまう。商業都市:ヘルメルスは商売が盛んな都市である。生き馬の目を抜くとまで言われている土地だ。そして、その商業都市の1番と言って良いお得意さまと言えば、法王庁を有する宗教兼学術都市:アルテナとなる。


 もちろん、商業都市:ヘルメルスはポメラニア帝国を代表として、隣国とも盛んに交流している。近場において、アルテナが一番と言う意味だ、ここでは。


 そんな金意地汚いヘルメルスの商人たちと日常的に商売をしている法王庁としては、やはり、費用はどこまで許されているかは、聞いておかなければならない重大項目のひとつであった。


鎮魂歌レクイエムの宝珠をわざわざバンカ・ヤロー砂漠に赴き、取り返してこなければならないんだ。それなのに、金貨1枚までとか言われたら、たまったものじゃないからな?」


 騎士団長としては、冗談半分にそう言うのであるが、言われている側のヨン=ウェンリーとしては、胃に漬物石がのっかっているような重圧を感じてしまうのであった。これがもし、冗談でもなく、本当に金貨1枚で成し遂げろと言われたら、噴飯ものである。


 金貨1枚と言えば4人家族の一般的な家庭の2か月分ほどの食費くらいであり、それで捜索隊を編成し、物資を調達しろということになる。そんな無茶振りをされてしまっては、ナナ=ビュランの安全など、根底から崩れてしまうことになる。


「もし、金貨1枚と言われたら、金貨100枚にしろと、わたしが巫女と交渉してみせます」


「ああ……。交渉になれば、だがな……」


 巫女が神から受ける神託は一方的なことばかりである。そのため、交渉自体が出来ないことのほうが事例としては、よっぽど多いのであった。


 騎士団長はそれをわかった上で、ヨン=ウェンリーに託すことに決めたのであった。そして、ヨン=ウェンリーを席から立たせ、彼の背中をバンバンと右手で2度叩く。


「男の甲斐性の見せ所だぞ? 将来の嫁さんに恰好良いところを見せてこい!」


「はは……。嫌な激の飛ばし方ですね。ナナ、行こう。私が決して、ナナが一方的に不利にならないように話をつけるから」


 ヨン=ウェンリーは、ナナ=ビュランの手を取り、彼女を席から立たせる。そして、2人は並んで、控室を出て、巫女:ヤスハ=アスミが待つ神託室へと向かうのであった。


 神託室は壁も天井も白一色の部屋であった。壁の上の方には、外から光と取り入れるための窓が取り付けられている。その窓のガラスは紅、蒼、翠等の色に染まったステンドグラスとなっており、聖人のひとりが象られていたのであった。ナナ=ビュランは、そのステンドグラスの見事さに、眼を奪われてしまう。


「ステンドグラスが気になりマスカ?」


 巫女:ヤスハ=アスミに片言のゼラウス語でしゃべりかけられてしまい、心を見透かされてしまったようで恥ずかしくなってしまうナナ=ビュランであった。ナナ=ビュランは自分の胸の前で両手をもじもじさせていると、ヤスハ=アスミは、ふふふと優しく笑う。


「あのステンドグラスは、聖人:コッシロー=ネヅの姿を写し取ったモノだと言われてイマス」


 ヤスハ=アスミがそう言うのだが、ナナ=ビュランは生まれて初めて聞く名であったために、つい彼女に聞き返してしまう。


「コッシロー=ネヅ? そんな聖人が居たとは聞いたことがないのですが?」

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