第3話:暴力の正当性
ナナ=ビュランの質問に対して、巫女:ヤスハ=アスミはさもありなんと言った感じで両腕を広げて、肩をすくめる。その所作に、ムッとしたやや納得できない感情が生まれてしまうナナ=ビュランであった。彼女の心情を察したのか、彼女の左隣に立つヨン=ウェンリーが彼女の耳に口を寄せて、こっそりと話す。
「控室で話していた通りだが、巫女とはまともに会話が出来るとは思わないほうが良いよ。聖堂騎士である私だって、コッシロー=ネヅという聖人の存在は知らないから……」
そう耳打ちされたものの、ナナ=ビュランは納得できない気分である。そのコッシロー=ネヅとかいう人物について、じっくりとその活躍のほどを聞き出したいほどだ。しかしながら、巫女との面会時間は法王庁側で決められている。時間は有限なのだ。そんなどうでも良いといっては失礼に値するのであろうが、名前も聞いたことのないような聖人の話など、伺っている余裕はナナ=ビュランには無いのであった。
「さて……。立ち話も何ですので、ここでティータイムと行きたいところデスガ……。あいにく、ここは神託を受け取るためだけに出来た部屋ですので、着席する椅子も無ければ、コーヒーカップを置くテーブルもありまセンワ。絨毯の上で直接、座ることになりますが、構いマセンカ?」
白い壁と天井の神託室にはその部屋には似つかわしい黒い教壇がひとつと、茶色い木の板が敷き詰められた床の上に白いふわふわの絨毯が敷かれているだけであった。その他には何も無く、殺風景この上ない部屋であったのだ。床の上に直接座ることにならないだけ、マシと言ったところであろう。
ナナ=ビュランたちは巫女:ヤスハ=アスミに促されるままに、白い絨毯の上に靴を脱いで正座することになる。ここで、ナナ=ビュランは気付くことになる。眼の前で同じく正座をしている巫女:ヤスハ=アスミがもともと、靴も靴下も履かず、素足で立っていたことにだ。
ふわふわもこもの白い絨毯に彼女の足の先端が埋もれていたことにより、彼女が素足だったことに気づくことに遅れた形となったのであった。
「あの……。こんなことは聞くのは失礼かもしれないのですが、
「あら? あらあら? そこに気づくとは思いませんデシタワ? あなた、可愛いらしい顔の割りにはなかなかに聡いデスワネ?」
いちいち、癪に障る言い方をするわね……と思ってしまうナナ=ビュランであるが、ここでつっかかれば、彼女に話の主導権を持っていかれそうな気がしたので、喉から出かけていた言葉をぐっと飲み込むことにする。
そもそもとして、
それゆえ、
ナナ=ビュランがこの女性にいらつく理由は他にもあった。それは彼女の胸のサイズである。暴力的に大きいのだ、彼女の胸は。まるで胸の部分に大きな瓜を忍び込ませているのではないか? とさえ、思わせてしまう。
(これはF? いいえ……。ゆったりとした服を着ているから、服の上から見ている以上のサイズのはずよ……。Gはあると思っていたほうが良さそうね……)
「って、ヨンさま? 何で鼻の下を伸ばしているわけ!?」
「いやいやいや!? 私は鼻の下を伸ばしてなんかいないでござるよ!? 決して、ナナのとを見比べているわけでないでござるよ!?」
自分の左隣で正座をしているヨン=ウェンリーが妙にそわそわしながら、巫女から視線を外そうとしつつも、にへら~とだらしない顔をしていることに、こめかみに青筋が浮き出そうになるナナ=ビュランであった。世の中の殿方は総じてオッパイ聖人と揶揄されてはいるが、まさか、自分の想い人であるヨンさままで、そんな不名誉極まりない聖人だとは思ってもいなかったのである。
いつも、デートの時は、服の首元から覗きこむことが出来る自分のわずかながらの胸の谷間を、ヨンさまがちらちらと見ていてくれていることはなんとなく察しているナナ=ビュランであった。他の男性の視線なら、気持ち悪いの一言で済ませてしまうものだが、想い人であるヨンさまが、覗き見てくれることに、誇りすら感じていたナナ=ビュランであった。
しかし、眼の前のオッパイお化けに鼻の下を伸ばしているヨン=ウェンリーに対して、怒り心頭、怒髪衝天に達してしまいそうになるナナ=ビュランである。ナナ=ビュランは、左腕に思いっ切り力を込めて、肘の先端をヨン=ウェンリーの右の脇腹にめり込ませるのであった。
突然の不意打ちを喰らったヨン=ウェンリーは、ガハッゲホッゲホッ! と奇妙な声を上げて、正座は崩さずに、上半身を前傾姿勢にして、一瞬だが止まってしまった呼吸を正常にしようと、呼吸を整えるのであった。
「あらあら? あらあら? どうかシマシタ? 絨毯の毛が喉の奥に入ってしまったのカシラ?」
巫女:ヤスハ=アスミは、咳込んでいるヨン=ウェンリーを心配そうに見つめ、彼女は正座を崩さないように身をよじりながら、ヨン=ウェンリーに近づく。そして、あろうことか、自身も前傾姿勢となり、ヨン=ウェンリーの顎を両手で優しく包み込み、次にはよしよしと、優しく両腕でヨン=ウェンリーの頭全体を抱きかかえてしまう。
そのように頭を抱きかかえれば、ヨン=ウェンリーの視線はどこに釘付けになるか? 答えは明白であった。ヨン=ウェンリーは肘打ちを喰らった影響で咳込んでいたのであるが、次の瞬間には、すっごくわざとらしい咳込みとなってしまったのである。
うっへんうへん、うへうへと表現したほうが良いのだろうか? しかしながら、ヨン=ウェンリーに罪は無いであろう、多分。巫女服の首元から、ナナ=ビュランではありえない現象が垣間見えるのだ。
そして、ヨン=ウェンリーがこの世の天国を味わっていた次の瞬間である。彼の右わき腹には、ナナ=ビュランの左足の裏側が勢いよく突き刺さることになるのであった……。
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