第7話:|合成獣《キメラ》
「ああ……。ナナじゃないか……」
アルセーヌ=ビュランは法王庁が火事になったと聞き、いてもたってもいられずに、普段着のままで法王庁の門前にまで、走ってやってきたのである。そんな彼が力無く、ナナ=ビュランたちの方に振り向く。
「危ないぞ……。ナナはこんな時に法王庁に来てはいけないだろ?」
「パパだって、何を言っているのよ! てか、こんなところに座り込んでたら、消火の邪魔でしょ!?」
街の消防団と思わしき屈強な男たちがせわしなく、へしまがった鉄条門を越えて、延焼を防ぐために肩に大槌を担いで、法王庁の敷地内に入っていくのであった。法王庁自体がゼラウス国の貴重な文化財でもあるのだが、この緊急事態にそんなことは言っていられない。
消防団は大槌を振るい、建物と建物を繋ぐ回廊を破壊していく。しかし、ナナ=ビュランはここで不思議なことに気づくのであった。
「あれ? 法王庁の中心部には火は回っていないみたいね……? って、火の出どころはパパの勤め場所みたいに思えるんだけど?」
「なに? 私の管理地区が出火元だと……?」
ナナ=ビュランが右手のひとさし指で指し示す方向を見て、はっとした顔つきになるアルセーヌ=ビュランであった。黒煙がもうもうと立ち昇り、風向きもあってか、法王庁全体を黒煙がすっぽり包み込む形となっていたために、法王庁の中心部が燃えているものだとアルセーヌ=ビュランは勘違いしたのである。
「いやしかし……。今日は私の管理地区全体が非番なのだぞ?」
法王庁は5つのブロックに分かれていた。アルセーヌ=ビュランの管理地区である東棟を中心として猛火が天を衝く勢いで噴き出していた。ちなみにこの東棟のさらに南東側にココ=ビュランが通う神学校がある。そして、その神学校に併設するように神学校の生徒や聖堂騎士ならびに騎士見習いの宿舎が立ち並んでいたのであった。
今日はアルセーヌ=ビュランが管理する東棟全体が休息日にあてがわれ、東棟はほとんど無人と言っても差し支えないのだ。それなのに、そこから出火するとは、いったいぜんたい、何がどうなっているのかと、事情を知っている者がこの場に居たならば、アルセーヌ=ビュランはその者を詰問したであろう。
「おかしいですね。いくら東棟全体にほとんど人が居ないからと言って、火の扱いには普段、誰しもが注意しています。これは放火と見た方が良いのでは?」
「放火だと!? 法王庁に対して、何か恨み言がある奴らが火を着けたとでも言うのか? ヨンくん!」
「いえ……。あくまでも、私の推測にすぎないのですが……。しかし、短時間でこれほどまでに火が回っているのです。多分、法王庁の東棟に忍び込み、その後、数カ所で一斉に火を着けたのでしょう。そう考えたほうが自然と思えるのです……」
ヨン=ウェンリーの言いになるほどと納得しかけてしまうアルセーヌ=ビュランであった。しかし、それならば、誰が法王庁に忍び込み、そこら中で火を着けたのか? そんな疑念がアルセーヌ=ビュランの脳内を支配する。
しかしだ。その考えがまとまらぬ内に、さらに追い打ちをかけるようにナナ=ビュランが父親に言いのける。
「ねえ……。ヨンさまは誰かはわからないけれど、忍び込んだって言ったよね? でも、それは違うかも……。ほら、壁が不自然に崩れてるもの……」
ナナ=ビュランの言う通り、東棟の壁のそこかしこに大穴が開いていたのである。それも1つや2つではない。5カ所ほどに直径3ミャートルはある大穴が開いていたのだ。その大穴から黒煙が噴き出しているものだから、アルセーヌ=ビュランは火事により出来た大穴だとばかり思っていたのであった。
ということはだ。これは明らかに法王庁に対して、敵意を持つ者たちが、法王庁を襲撃したことになるではないか。アルセーヌ=ビュランは身体中から冷や汗を噴き出すことになる。
「なん……だと? では、まだ法王庁の中で、賊が暴れ回っている可能性が高いと言うことではないかっ!」
「ええ……。そうね……。ねえ、ヨンさま。賊の本当の狙いは何なのかしら? 火を着けて回ることではないわよね?」
ナナ=ビュランの心配そうな視線を受け、ヨン=ウェンリーは彼女に対して、こくりとうなづく。そして、腰の左側に佩いた鞘から銀色に輝く
「ああ……。真に狙うべきは法王の命そのものだろう。お義父さんは、安全なところまで退いてください。私が聖堂騎士としての勤めを果たしてきます!」
ヨン=ウェンリーが意を決し、ナナ=ビュランとアルセーヌ=ビュランをその場に残して、地面の大穴を飛び越えて、法王庁の中心部へと向かって走り出そうとした。
しかし、ヨン=ウェンリーが正面広場の中ほどまで走って行ったその矢先の出来事であった。法王庁の中心部の建物の大きな正面扉をドッゴーン! という大きな音を立てながら破壊して、そこから飛び出してくる物体があった。
「なにっ!? カマキリだと!? いや、これは
正面扉を内側から突き破り、噴水のある大きな正面広場に躍り出てきたのは、高さ3ミャートルはあろうかというケンタロウスに似た巨大な
その
彼らの両腕? とも言うべき大鎌やメイスにはべったりと大量の血がこびりついていた。その血を見て、ヨン=ウェンリーは言いも知れぬ悪寒に襲われることとなる。だが、それでも、自分の心を鼓舞し、自分に迫りくる
ヨン=ウェンリーの剣術を持ってすれば、青銅製の鎧であったとしても、たった一振りでその強固な鎧を両断出来る。ヨン=ウェンリーは全身の筋肉をバネのように縮め、その貯め込んだ力の全てを横薙ぎにて解き放つ。迫りくる
しかしだ。ガッキョーーーン! という金属と金属がぶつかり合う音が正面広場に響き渡り、次の瞬間にはヨン=ウェンリーが両手に握る銀色の
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