第8話:法王逝去

 腹に銀色の長剣ロング・ソードを叩き込まれた合成獣キメラは、まるで蚊に刺されたかのように右腕? の大鎌の先でこりこりと掻く。そして、自分の腹を攻撃したヨン=ウェンリーに対して、狼のような顔の口の端を歪ませて、邪悪な笑みを浮かばせるのであった。


 その邪悪な笑みを見せつけられて、ヨン=ウェンリーは頭に血が昇りそうになる。それもそうだろう。その合成獣キメラは『お前の攻撃など無意味』と嘲笑あざわらっているのであるからだ。その証拠にその合成獣キメラは、ヨン=ウェンリーから視線を逸らし、顔をひしゃげた鉄条門の方に向ける。さらには何事もなかったかのように仲間たちの後を追いかけるのであった。


 そして、合成獣キメラたちはひしゃげた鉄条門をその両腕で吹き飛ばす。吹き飛ばされた鉄条門は宙高く舞い上がり、あろうことか、ナナ=ビュランの後方2~3ミャートルのところにドスゥン! と言う鈍い音と土煙を立てて落ちることになる。


 ナナ=ビュランは自分の紅と黒のオッドアイで視ているモノが、この世に果たして存在して良い物なのだろうか? と思ってしまう。それほどまでに圧倒的な暴力の塊であったのだ、合成獣キメラたちは。


 ナナ=ビュランとアルセーヌ=ビュランが幸運だったことは、この合成獣キメラたちと自分たちの間の地面に大穴が横に5つ開いていたことであった。その大穴のせいで、合成獣キメラたちの突進は一旦、止まらざるを得なかったのである。


 ナナ=ビュランは、恐怖のあまりにカチカチと歯を鳴らすことになる。5体の合成獣キメラが直径4~5ミャートル程の大穴の前で止まったは良いが、奴らがその両腕を振り回せば、自分は殴り飛ばされ、絶命することになるのは明白であった。


 合成獣キメラたちは互いの顔を見合わせながら、ギギ、ギギギ! と会話を始める。もちろん、合成獣キメラたちが何を話しているのかは、ナナ=ビュランたちにはわからない。


 合成獣キメラたちが次に取った行動にナナ=ビュランはさらに驚かされることとなる。なんと、彼らは上半身を海老反りさせて、背中をあり得ぬ方向に折り曲げる。そして、下半身の4本の足は間接が5つはあろうかと言った感じで段重ねで折れ曲がる。


 そして、その足をバネが縮んで、さらに伸びるかのように器用に4本の足を動かし、その場で跳躍し、大穴の中に腹? から飛び込むことになる。


 そして、ご丁寧にもナナ=ビュランに再会を楽しみにしているとでも伝えたいような邪悪の笑みをそれぞれで浮かべて、地中に潜り込んでいくのであった……。


 合成獣キメラたちがその場から地中に潜り込んでから5分もすると、地鳴りは止んでいた。地鳴りが響いている間、ナナ=ビュランは生きた心地が全くしなかったのである。


 ヨン=ウェンリーがナナ=ビュランの元に戻って来て、彼女を力強く抱きしめるのであるが、強い恐怖がナナ=ビュランに襲い掛かり、彼女は終始、身体を細かく振るわせていたのであった。




 法王庁の東棟の火事は出火から3時間後にはようやく鎮火することになる。消防団のほとんどは運が良いことに、合成獣キメラたちと出くわすことは無く、消火活動に専念できたことが大きかったと言えよう。


 しかしだ。法王庁が受けた損害は多大なモノであった……。


 火事から一夜明けた後、宗教兼学術都市であるアルテナに訃報がもたされることになる。


『法王猊下が賊により、その貴い命を散らすことになった』


 この訃報はさらに次の日には、ゼラウス国全体に知れ渡ることとなる。


 賊が法王庁を襲撃した際、法王:ジーネン=ジョウは法王庁中心部の礼拝堂で10名を超す高司祭ハイ・プリーストたちと共に、とある儀式を行っていたのであった。儀式の場には聖堂騎士が4人と護衛としての傭兵団に所属する兵士たちが10人ほど居たのだが、その全員が合成獣キメラたちに殺し尽くされたのであった。


 火事の後始末に法王庁に属する面々が追われる中、さらに法王の葬儀を行わなければならない事態になる。


 聖堂騎士のひとりであるヨン=ウェンリーはもちろんとして、司祭長チーフ・プリーストのひとりであるアルセーヌ=ビュランもまた、家にまともに帰れぬ日々が1週間以上、続くことになる。


 その間、恐怖に打ちひしがれるナナ=ビュランの面倒を見たのは、姉のココ=ビュランであった。ココ=ビュランは法王庁に属する神学校に通ってはいたが、こんな事態が起きれば、当然、神学校は定期未定の休校となってしまったのである。


 怪我の功名と言えば良いのだろうか? ココ=ビュランのつきっきりの看病のおかげで、ナナ=ビュランはいつもの元気な姿に戻っていくのであった。


 さて、法王庁襲撃事件から2週間経った後に、ようやく法王の葬儀が宗教兼学術都市:アルテナで執り行われることとなる。


 法王の葬儀は盛大なモノで、アルテナに住むほぼ全員が喪に服することになる。この日ばかりはアルテナ中の酒場という酒場が店を閉める。都市:アルテナは沈痛な空気に包まれることになった。


 法王の遺体を入れた棺が御輿に乗せられて、アルテナ1番の大通りを司祭プリーストたちの手により運ばれていく。大通りのわきに都市の住民たちが集まり、左胸に右手を当てて黙祷を捧げる。


 法王:ジーネン=ジョウは賊に襲われて死ぬような生き方をしていなかったとアルテナの住民たちのほとんどがそう思うのであった。


 孤児院の増設を訴え、身体が不自由になってしまった者たちのために、専用の介護施設を創るように進言し、実行したのが当代の法王:ジーネン=ジョウであった。これらを含めて、生き物を無暗に殺してはいけないと言った『生類憐みの法』を制定・発布したために、ゼラウス国の国主や貴族たちに恨みは買ったが、特に傭兵団に属する兵士たち等には非常に受けが良かったのであった。


 『傭兵団はともすれば、夜盗と同じ』と言われる時代でもあった。金のためなら汚れ仕事を喜んですることがこう言われる要因であったと言っても差し支えない。そのため、ゼラウス国では、傭兵団に属する兵士たちは身分が一番低かったのである。


 身分が低いと言うことは、人々からぞんざいに扱われても仕方ないという認識を持たれていたのだ。それも相まって、傭兵団は金にこだわるようになる。金が無ければ、宿から追い出される。金が無ければ、病気になっても医者に診てもらえることはない。


 歴史的に見ても、傭兵団については色々な複雑な事情が絡み合っているのだ。しかし、そこに一石を投じたのが法王:ジーネン=ジョウであった。


 しかし、その法王:ジーネン=ジョウは賊の襲撃により亡くなってしまったのであった……。

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