第6話:燃える法王庁
ヨン=ウェンリーが実に言いにくそうに、遠回しに法王庁への非難をしていることを察したナナ=ビュランは、あまり深いところまで聞かないほうが良いのでないのかと思うようになる。だが、それでも将来、聖堂騎士の妻となる身なのだ、ナナ=ビュランは。現状、ゼラウス国と法王庁はどのような関係なのか聞いておかねばならない気もするのであった。
「せっかくのデートなのに、こんな俗まみれの話なんか、あまり聞きたくはなかったかな?」
「ううん? ヨンさまの話は面白いからずっと聞いていたいくらいだわ?」
ナナ=ビュランがそう言うの聞いて、ふむっとひとつ息をつくヨン=ウェンリーである。ヨン=ウェンリーとしては、この話のどこが面白いのかと思っているのだが、彼女が聞きたがっているみたいなので、話の続きは
コーヒーを飲み終わった後、オープン・カフェの出入り口で会計を済ませた彼女らは、若い男性に人気の
昼食を済ませた後、彼女らは3時間ほど、街をぶらつく。そして、日がだんだんと傾きかけてくる。今日の素敵なデートの時間はいよいよ終わりに近づいてくるのであった。ナナ=ビュランとしては買い物をしすぎたことに後悔していた。ヨン=ウェンリーが両手一杯に荷物を抱えていたために、ついにその日は恋人繋ぎを出来ずに1日が過ぎようとしていたのである。
どうやら、『結婚するまで清い仲でいましょ?』という制約は、男女の一切の肌と肌の触れ合いを禁じるモノではないっぽいことにナナ=ビュランは気付いており、手を繋ぐ程度の軽いスキンシップなら神様は見逃してくれることは検証済みであった。
もちろん、ヨン=ウェンリーは、この抜け道に気付いていない。いつ制裁を加えられるかと、内心、びくびくとしながら、彼女と手をつないでいたりするのだが……。
ナナ=ビュランがもやもやとした感情を胸に抱いていると、隣を歩いていたヨン=ウェンリーが急に足を止め、クンクンと鼻を鳴らし始めたのであった。その仕草を不思議に思ったナナ=ビュランが彼にどうしたの? と質問をする。
「なんだろう……。この嫌な感じ。なんというか、こげ臭いというか……」
「そろそろ夕飯の支度をする時間帯だから、どこかの家で鍋でも焦がしちゃったんじゃないの?」
「いや、鍋が焦げたそんな感じじゃない……。何か古くなった木材が燃えるような……」
ヨン=ウェンリーがそう言うや否や、次の瞬間、街中の早鐘がガンガンガーン! と叩かれることとなる。その鐘のリズムは火事を知らせるモノであった。
「火事だーーーっ! 法王庁から火の手が上がっているんだべーーー!」
街の衛兵たちが大通りをそう叫びながら走っていく。彼らは法王庁がある方角から走ってきており、ナナ=ビュランとヨン=ウェンリーは彼らが走ってきた先から黒煙が立ち昇っているのを視認する。
「法王庁が火事!? しかも、この煙の量からして、ボヤとかじゃなさそうよ!?」
「ああ……。どう考えても、法王庁の一角がそのまま火に包まれでもしない限りは、これほどの煙は上がらないだろう……」
ヨン=ウェンリーは逡巡してしまう。今日は非番で、恋人とデートを楽しんでいた。しかしながら、彼は聖堂騎士である。非番だからと言って、その職務から完全に解き放たれた存在というわけではない。
自分の勤め先が火事になったのであれば、いちにも早く、駆け付けねばならないのでは? しかし、そうすれば、ナナのことはどうするのか? ここに置いていけとでも言うのかと。
「ヨンさま! 一旦、荷物をあたしの家に預けていきましょ! ここからなら走って5分くらいのところだし! あたしも法王庁に行くわっ!」
「それはありがたい。せっかく買った服が燃えたら大変だからな。って、え!? 今、ナナも法王庁に行くって聞こえたような?」
「気にしない、気にしない。それよりも急ぎましょ!」
ヨン=ウェンリーとしては納得いかない返答ではあったが、事は一刻を争う事態なので、ナナ=ビュランの言う通り、走って彼女の家に向かうのであった。そして、玄関に飛び込み、ヨン=ウェンリーが抱えていた荷物を手に取って、乱暴に玄関の奥へと放り投げるのであった。
「ちょっと! あなたたち、帰ってきたなり、何で荷物を放りなげてるのかしら!?」
「お姉ちゃん、説明はあと! パパは法王庁に行ってないわよね?」
ココ=ビュランが何事だとばかりに家の奥から出てきて、素っ頓狂な声をあげてしまうが、ナナ=ビュランの勢いに押され
「ええと……。今日はパパは1日中、家でゴロゴロしてたわよ? でも、法王庁が火事だと聞いて、さっき、家の外にすっ飛んで行っちゃったけど……。一応、わたくしは止めたんだけど……」
言いにくそうにしゃべる姉のこの一言を聞き、ナナ=ビュランとヨン=ウェンリーは顔を見つめ合い、コクリと首を縦に振る。そして、2人は顔をココ=ビュランに向けて言い放つ。
「パパは法王庁に向かうがてら、身柄を確保しておくわ!」
「ああ、お義父さんに何かあっては一大事だ。最優先事項はお義父さんの安全確保にするべきだな」
そう言った後、ちょっと、あなたたち、何を言っているのよ! と言うココ=ビュランの声もまともに聞かないまま、2人は玄関から飛び出して、まっすぐに法王庁へと向けて走り出すのであった。
法王庁までの途中の大通りでは人だかりが出来、道を塞ぐ形となってしまう。ヨン=ウェンリーはナナ=ビュランの右手を自分の右手でしっかりと握りしめたまま、人の波を押しやりへしやり、かき分けていく。そして、火事の野次馬の群れから脱した時、彼女たちの眼の前には煌々と焔を天に向け噴き出している法王庁が広がっていたのであった。
法王庁の入り口にある立派な鉄条門は何か得体の知れぬ力により、半ばからへし折れ、無理やり左右に広げられていた。それは火事の熱によるモノでは無いことはナナ=ビュランの眼からも明らかであった。
さらには、鉄条門の手前10ミャートルの地面には直径4~5ミャートルの大穴がいくつも空いていた。その形状からして、何かが地面の底から這い出てきたことを想像させるには十分であった。
そして、その大穴の近くで膝から崩れ落ち、へたり込む壮年の
「パパ! こんなところで座り込んで何をしているのよっ!」
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