第4話:甲斐性

 若い男性向け服屋の店員は、聖堂騎士が正規の制服姿でさらに帯剣したまま店内に入ってくるものだから、いったい、うちは何かやってはいけない裏取引を口には言い難い反社会勢力としていたのか!? と驚いてしまう。


 しかしながら、よくよく見れば、その聖堂騎士がピンクのウサ耳が特徴の半兎半人ハーフ・ダ・ラビットの女性を伴っていたので、ああ、街で噂の美男美女カップルのご来店かと、ほっと胸を撫で下ろすこととなる。


「おはようございます。今日はどのような服をお探しで?」


 小綺麗な男性店員が2人に近づき、軽く会釈した後、そう尋ねるのであった。ナナ=ビュランは手慣れた感じで


「今日はヨンさまの普段着を買いに来たの。ヨンさまったら、聖堂騎士の制服を普段着代わりにしてるから、驚かせちゃったみたいでごめんなさい」


 男性店員は自分に向かって謝ってくるナナ=ビュランに対して、はあ……と生返事をしてしまう。聖堂騎士と言えば、宗教兼学術都市:アルテナにおいて、男性が就きたい職業トップ3に入るため、自然と普段のオシャレにも気を遣う者が多い。


 なのに、普段着を持っていないというヨン=ウェンリーに対して、不思議に思ってしまう男性店員である。しかしながら、これはこれで、うちの商品をたくさん買ってもらう好機であるため、男性店員の心に火が着いてしまう結果となる。


「これなんかどうでしょうか? そろそろ初夏に入りますので、春夏兼用のこの一着です」


「んーーー。言われてみれば、微妙な時期よね、今って。どれが良いのか悩みどころよねー」


 男性店員とナナ=ビュランがああでもないこうでもないとやりあい、ヨン=ウェンリーは服を渡されては、試着室に送られる。そして、試着姿を2人に見せた後、何か違うのよねーのナナ=ビュランの一言で却下になったり、これはお似合いですよ、お客様! と男性店員に感心されたりと、なかなかに忙しいことになる。


 服屋でかれこれ3時間近くも過ごすこととなり、すっかりお昼時になってしまうのであった。ヨン=ウェンリーは両腕に服とズボンが入った茶色の紙袋の紐を通し、その上からさらに3段積みで白い紙箱を持つことになる。


「ふぅ……。とりあえず、夏の半ばまではこれで過ごせそうね」


「えっ!? もしかして、秋冬用も買いにくることになるのかい?」


「それは夏が終わりかけの頃よ? 今すぐじゃないから安心してね?」


 ヨン=ウェンリーは、たはは……とため息交じりに言う他なかったのであった。精々、多くても2~3着くらいで済むだろうとタカを括っていただけに、10着近くも購入することになるとは予想外であったのだ。


 しかも、これはあくまでも春夏兼用と夏用のみであり、半年も経たないうちにまた服屋でおもちゃにされるのかと思うと、彼の口からため息が出るのも当然と言えば当然だったかもしれない。


 買い物を終えた2人は、屋外にも椅子とテーブルを並べてあるオープン・カフェへ寄ることとなる。


「あたしはカフェで出されるサンドイッチでも十分、お腹が膨れるから良いけど、ヨンさまはがっつりと食べたい派よね?」


「うん、そうだね。出来るなら、特盛・牛丼モーモー・ドンをがっつり行きたいところなんだが……」


 ヨン=ウェンリーは聖堂騎士なだけはあり、普段の食事はスタミナ豊富な物を好む傾向にある。しかしながら、16歳の年頃の女性をあのガテン系のムサイ男たちがたむろするような牛丼モーモー・ドン屋に、さらにはデートで連れて行く場所では無いだろうと彼自身はそう思ってしまう。


「そっかー。じゃあ、ここではコーヒーだけ楽しんで、お昼は別のところで食べましょ?」


「いや、しかし、私に合わせてくれなくても……」


「いいじゃない。あたしはヨンさまが好きな食べ物を美味しそうに食べてくれたほうが嬉しいんだもん!」


 ヨン=ウェンリーは頭が下がる一方であった。自分より5歳近くも離れた女性に気を遣わせてしまっていることに恥じ入るばかりである。もっと世情に詳しければ、素敵なレストランに彼女を連れていく所なのだが、ヨン=ウェンリーはその点、残念美青年であるため、そいう機転を利かせられないでいただけだ。


 もちろん、ヨン=ウェンリーは法王庁所属の聖堂騎士なだけはあり、給料は十分すぎるほどもらっている。デートの昼食に女性をレストランに連れていったことで、財布が軽くなってしまって、日々の食費を削らなければならないような薄給では無い。


「あ。ヨンさま。もしかして、あたしが高級レストランで食事をしたかったんじゃないかって、心配しちゃってる?」


「あ、ああ……。まあ、その何と言うか? 男の甲斐性みたいなものかな?」


 ヨン=ウェンリーがそう言うと、あははっ! と可笑しそうにナナ=ビュランが笑ってしまうのである。ナナ=ビュランに笑われたことにより、ちょっとだけ、むっとほっぺたを膨らませてしまうヨン=ウェンリーである。


「ごめんごめん。ヨンさま、怒らないで? あたしが笑ったのは、高級レストランに女性を連れて行く部分を男の甲斐性だって言われた部分よ。男の甲斐性ってのは、あたしは『愛する女性を命がけで護ること』にあると思っているの」


「なるほど……。確かに私は見栄にしかすぎないことを、男の甲斐性と言ってしまったわけだね?」


「そうそう。男のヒトにとって、女性を高級レストランとかそういう所に連れて行くのはステータスかもしれないけれど、あたしは甲斐性とは別だと思っているの」


 ヨン=ウェンリーは改めて、眼の前に座る女性と硬い誓約を結んだことが誇りに思えてしかたなかった。そして、彼女の左手を両手で包み込み


「ありがとう、ナナ。私はきみに色々なことを教わっているよ。これからもご教授願いたい。これは私からのささやかながらのキミへのプレゼントだ」


 ヨン=ウェンリーはそう言うと、彼女の左手を自分の左手で優しく掴んだまま、右手は制服の上着の右ポケットへとつっこみ、そこから小さな紫色の小箱を取り出し、テーブルの上に乗せる。


 そして、器用に右手だけで、その小箱の上蓋を開ける。その小箱の中は紅い綿が敷き詰められており、さらにはその中央部には白銀色の指輪が乗っかっていたのである。ナナ=ビュランはオッドアイの眼を丸くしてしまう。


 そのままナナ=ビュランは驚きの表情のまま固まってしまう。ヨン=ウェンリーはそんな彼女の左手の中指にその白銀色の指輪を嵌めてしまうのであった。


結婚指輪エンゲージ・リングはまた別で用意させてもらうけど、これはナナが私だけのものだというあかしを皆に見せつけたいがゆえのわがままだ。どうか、独占欲の強い私を許してほしい……」

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