第3話:嫉妬心
朝食と着替えを済ませたナナ=ビュランは、紅いポーチの肩紐を右肩からたすき掛けにして、くるっと姉の方へと振り向き、行ってきまーす! と元気よく発声し、玄関から飛び出して行くのであった。
「あらあら。夕飯は要るのかどうかを聞き忘れていましたわ。まあ、暗くなるまでには戻ってくるわよね。ヨンさんは紳士ですし、多分……」
とまあ、姉であるココ=ビュランは少しため息交じりにそう独り言を言うのであった。
(わたくしも彼氏さんが欲しいのですわ。でも、言い寄ってくるのは、スケベそうな殿方ばかりですし……)
ココ=ビュランは妹のナナ=ビュランと同じく端正な顔で、さらには胸も妹よりも3カップ以上も大きい。だが、その容姿のせいで、言い寄ってくるのは見た目も性格も軽い男ばかりである。その点、妹は自分を大切に扱ってくれる紳士然としたヨン=ウェンリーに惚れられていることに嫉妬を覚えるのであった。
(いけない、いけない。妹の幸せに嫉妬するなんて。わたくしは
しかし、そう思いながらも、ココ=ビュランはふう……とひとつため息をついてしまう。美男美女のカップルだと人々から羨ましがられる妹に妬いてしまうのは、ニンゲンとしては当たり前の感情なのだろうが、それでも気持ちの整理はつかないモノだ。
そもそもとして、妹のナナ=ビュランを紹介してほしいとココ=ビュランに言い出したのはヨン=ウェンリー本人である。
ココ=ビュランは3年前の15歳の時に、
縁とは不思議なモノで、とある日、昼食の弁当を忘れたココ=ビュランが困っていると、ナナ=ビュランがこっそり神学校に忍び込み、彼女に弁当を届けに来たのであった。そして、その時に不審者として、ナナ=ビュランは教師たちに捕まったのだが、その窮地を救ったのがヨン=ウェンリーであった。
ヨン=ウェンリーは気を利かせて、教師たちには、この女性は自分の従妹の友達の知り合いであると。そして、自分の熱烈なファンであり、お弁当を食べてくださいとねだってきたんだと、まるで自分自身が悪いかのように言いのけたのである。
実際、ヨン=ウェンリーにはファンクラブが神学校で存在していた。やや過激派であるために、教師側もあまりファンクラブの女性たちに強く出れない事情があったのだ。この一件はうやむやに収まることになり、ナナ=ビュランも無事に解放されることとなる。
しかし、それだけでは終わらなかった。ヨン=ウェンリーがナナ=ビュランに一目惚れしてしまったから、話はややこしくなってしまったのだ。13歳になったばかりの妹を是非、自分に紹介、いや、推してほしいと姉のココ=ビュランに願い出たのである、ヨン=ウェンリーは。
(あの時は、紳士どころか、ただのロリコン性癖なのかとさえ思ってしまいましたわ。姉ながら心配したモノですが、2人は清いお付き合いを続けてきたみたいでしたから、良かったんですけど……)
ナナ=ビュランは台所で食器を洗いながら、当時のことを振り返るのであった。ヨン=ウェンリーを妹に紹介した時は、妹はすごい剣幕で、誰があなたのファンクラブの一員よ! ちょっと色男だからって、調子に乗らないでよねっ! と言いたい放題であった。
そんなこともあり、2人はお付き合いに発展することは無いだろうとタカを括っていたココ=ビュランであったのだが、何がどうなったかは詳しくはわからないが、ある日、妹がヨンさまとお付き合いすることになった……と相談された時には、ココ=ビュラン自身も驚いてしまったモノである。
「ふん……。ヨンくんは普段着くらい、自分で買えなくてどうするんだ。しかもデートでナナに見繕ってもらうとだと?」
食事が済んだというのに、未だ食卓の席に座り、終始、不機嫌なアルセーヌ=ビュランである。しかも、自分ひとりで怒りを発散していればいいものを、なあ、ココもそう思わないか? と同意を求める始末である。
ココ=ビュランはやれやれ、どう返したものかと逡巡するが、意を決して
「パパ? ナナは幸せなのよ? もう誓約も済ませてしまったのですし、余り悪いように言わないほうが良いと思うわ?」
「むむ……。それはそうなんだが……」
娘にたしなめられては、父としては立つ瀬が無い。むむむ……とアルセーヌ=ビュランは唸る他ない。だが、それでやめておけば良いのに、アルセーヌ=ビュランは余計な一言を言ってしまう。
「なあ……。ココ。もしかして、お前も誰かと付き合っているとか言い出さないでほしいのだが……」
アルセーヌ=ビュランがそう言った瞬間、ココ=ビュランの食器を洗う手がピタッと止まってしまう。そして、ゴゴゴ……と効果音付きでココ=ビュランは父親のほうに振り向き
「何か言いました?」
と一言だけ言って、押し黙るのであった。アルセーヌ=ビュランは触れてはいけない部分に触れたことを察し、新聞を両手に持ったまま、すくっと席から立ち上がり、ははっははは……とごまかすような声をあげたあと、そそくさと自室の書斎へとに逃げるのであった。
(しまった……。妹の結婚話がまとまっているというのに、姉であるココが気にしてないわけがない……。こりゃ、夕飯のおかずは焼きメザシ一匹かもしれんな……)
いつの世も年頃の娘を持つ父親の肩身は狭いと言うが、法王庁に属する
さて、そんな父と行き遅れ確定の姉のことは一旦、置いておいて、幸せの花道を歩みだそうとしているもう一方の妹と言えば、待ち合わせ時間から遅れること30分。ようやく、愛しの彼氏が待つ場所へと到着するのであった。
「はあはあはあ。ヨンさま、お待たせ……。こんなに遅れる予定じゃなかったんだけど……」
「はははっ。気にしなくても大丈夫。私も今、着いたばかりだから。いやあ、私も間に合わないかと思って、焦ったものだよ」
ヨン=ウェンリーは今から何かの儀式にでも出るのかというような黒と青を基調とした制服姿であった。しかし、今到着したばかりと言うのは嘘だとひと目でわかるほど、制服にはアイロンがしっかりかけられており、どこも着崩れてはいなかった。
「ヨンさまは優しいよねっ。遅刻してごめんなさいっ!」
ナナ=ビュランは勢いよくペコリとお辞儀をして、ヨン=ウェンリーに遅刻を詫びた後、これまた勢いよく、ウサ耳ごと上半身を跳ね上げる。そして一言
「さあ、ヨンさまの服選びを手伝うわっ! あたしに任せてねっ!」
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