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 焚き火で服を乾かす間に、私たちはべにばらが森で拾い集めてきた木の実を並んで食べた。焚き火はどのように起こしたのか尋ねると、それも森の中で偶然マッチの箱を拾ったのだという。他にも花やきのこ類など、使えそうなものと美しいものをひたすらに集めた結果がこれだった。


「これもね、川で拾ったの」


 彼女が見せてきたのは、漁業用の網だった。本当に何でも拾う子で感心してしまう。


 どうして川に流されてきたのかと彼女に問われ、私はその経緯を説明した。私の話を聞くと彼女は顔を真っ赤にして激昂し、再び泣きじゃくった。ひとしきり彼女が泣き止んだところで、私はある推測を述べた。


「あいつ、水が苦手なんじゃないかな」


 それを聞いた彼女は興奮した様子で、「じゃあ、お水をかけちゃえばいいのかしら?」と提案した。奴が怯んでいる間に住処へ侵入し、ブローチを取り返そうというのだ。


「道徳的観念から行くと、それはもはや許されることだと思うけど、まだ身体に掛けるとどうなるのかも分からないし」


「どたかん……? よく分からないけど、実はわりと水が平気だったりしたら意味ないってことよね?」


 べにばらはその後も木の実を投げつけるとか、怪しげなきのこを食べさせるとか乱暴な提案をしたが、どれもあまり効果が得られる方法とは思えなかった。何かあいつの身動きを完全に封じられるような、都合の良い道具や仕掛けがあれば良いのだが。


「痛たた……」


 呟くように小さく声を漏らしたべにばらは、右手の中指をこっそりと摩っていた。


「どうしたの?」と私が尋ねると、彼女は咄嗟に右手を隠すように「何でもない」と答えたが、しばらく私が睨みつけていると諦めたようにため息をついた。


「この辺りはね、ナギの葉の群生地帯なの。上手く避けたつもりだったんだけど、少し指が当たっちゃったみたいでまだ少し痺れてて……」と答えた彼女は、「あ、でもね、水をかけたからもう平気なの!」と笑顔で付け足した。


「ねぇ、べにばらさん」と私が肩を竦めると、彼女はこちらの気持ちを察したように「ごめん」と言って手を差し出した。


「うわ。結構腫れてるじゃない」


 私が声を上げながら手を掴むと、彼女は「痛っ!」と声を上げながら悲痛な表情を浮かべた。


「あ、ごめん……」と私は咄嗟に謝ったが、すぐに眉を吊り上げ、「全然平気じゃないでしょ!」と怒鳴った。


「もう平気な振りはしなくて良いから、辛いときはちゃんと辛いって言ってほしい」


「うん……」


 べにばらは気落ちしたように俯いたが、「ありがとね、心配してくれて」と言うと顔を上げ、瞳に薄らと涙を浮かべたまま笑顔を作った。


 それにしても、ナギの葉の群生地帯とは。森の中で小人の住処を探すにしても、細心の注意を払う必要がある。少しでも触れればその瞬間に身体が――。


 ……いや。待て。


 私は思いついたアイデアが使えるかどうか確かめるため、彼女の拾ってきた道具をひとしきり眺めた。少し穴は開いているが、補強すれば何とか使えるかもしれない。


「ブローチ、取り返せるかも」と私が呟くと、べにばらは希望に満ち溢れた眼差しで、こちらを見つめてきた。

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