『探し物は見つかったかい?』

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 日は沈み、森の中はすっかり闇に覆われている。おかげで暗闇の中にぽっかりと浮かぶ灯りを容易に発見することができた。


 小屋があるものかと想像していたが、小人の住処は小さな洞穴だった。穴の奥で火をくべているのか、薄らと灯りが漏れ出している。


「こんな感じでいいのかしら?」


「うん。この距離なら入ると思う」と私は小声で答えた。


 洞穴の入口付近にかき集めてきた木材を並べ、べにばらがマッチで火をつけた。湿気を含んだ木材は上手く燃え上がらず、大量の煙が立ちのぼった。


「いくよ」


 これまた森で拾ってきた大きな葉を振り回しながら、私は洞窟の中に煙を送り込んだ。べにばらは入口付近に水をまき、水溜りを作っている。慌てて飛び越えるにはちょうど良い具合の広がりだ。


 しばらく煙を送り続けると、奥から唸り声にも近い叫び声が聞こえてきた。素足で地面を打つ足音が徐々に近づいてくる。私とべにばらは、示し合わせた通りに入口の両端で待ち構えた。


 入口付近で一度戸惑うように足音が止まったものの、勢いよく水溜りを飛び越える小人の姿が私たちの視界を横切った。


「今!」


 小人が来るのを待ち構えていた私たちは、合図とともに勢いよく網を引いた。そこへ飛び込んだ小人は、雄叫びのような声をあげて震えながらその場に倒れこんだ。


 網には慎重に摘み取ったナギの葉を大量に絡ませておいたので、奴もしばらくの間は完全に動けないはずである。


「行こう」


 私はべにばらの手を取り、急いで洞穴の中へ走った。小人は声にもならない奇声を上げながら、その場でじたばたと暴れている。


「何だか可愛そうな気もするわ……」


 隣を走る彼女は、申し訳なさそうにちらちらと後ろを振り返っていた。


「死にはしないでしょ。自業自得だし」


 私は姉に比べてひどく根に持つタイプだが、いざとなったら自分がこれほどまで冷酷になれる人間とは、思っても見なかった。


 洞穴の中は物が散らかり放題で、腐臭も漂っていた。食べ残しのカスが地面に散乱し、触るのには抵抗があったが、私たちは口元を片手で覆いながらそこらを物色し始めた。


 調べていくうち、盗品と思われるものが多数見つかった。彩り豊かな壷やガラス細工、それに、金の延べ棒!


 表で蹲る小さな生き物が想像以上の罪人であることを理解した私は、途端に恐ろしさがこみ上げてきた。一刻も早く、ここを去らなければならない。


 ブローチはなかなか見つからなかった。どこかに捨ててしまったのだろうか。そこで私はふと、くず入れらしき縦長の箱を見つけ、その中を漁り始めた。


「……あった」


 他にも紙屑が一緒に捨てられていたが、ブローチに目立つ汚れはなかった。


「はやく行こっ!」


 べにばらが私の手を掴み、二人は出口へ向けて走った。


 いつの間にか唸り声が止んでいた。外へ出る直前で私たちは一旦立ち止まり、小人がまだそこにいるのかどうかを確かめたが――。


「あれ? いないよ!」


 破られた網はその場に残っているものの、小人の姿は見当たらない。


「どこに行ったんだろ?」とべにばらは考え込んだが、奴が動けるようになっているとすればいよいよ危険だと思った私は、彼女の手を引いてすぐにその場を離れた。



「ここまで来れば、だいじょうぶだよね」


 私たちは焚き火をした川辺までの道のりを走って戻った。べにばらは慣れた手つきで状態の良い木材をまとめるとそれらを束にし、糸状のもので縛ってマッチで火をつけた。


「遅くなっちゃったね。早く帰らないとママが心配するわ」


「そうだね」


 私はポケットからブローチを取り出し、それをひとしきり眺めた。どこも壊れてはいないようだった。これで大事なものを二つ、私は取り返すことができた。


「見てよこれ! 綺麗でしょ」


 べにばらがポケットから取り出したのは、手のひら大の赤い宝石だった。


「え、持ってきちゃったの?」


「だって、とっても悲しそうに見えたから」と答えた彼女は気まずそうに俯いたが、「でもね、今は嬉しそうにしてるでしょ?」と言いながら嬉しそうに顔を上げた。


「はぁ」


 あたかも宝石に意思があるような言い回しだが、奥ゆかしい輝きを放つその宝石には、私もどこか惹きつけられるものがあった。


「まぁ、いっか」


 これでやっと、家に帰れる。


 そう思った矢先に、茂みから突然かさかさと音が聞こえてきた。振り返るとそこには、乱暴に草をかき分けながら怒りに震える小人の姿があった。


「お、お前ら……」


 歯茎が見えるほどに歯を食いしばった小人は、口元から汚らしく涎を垂らしている。あれほどのナギの葉から、どうやって復活をしたのか。


「べにばら。あっちが見えるように照らしてもらえる?」


 私は松明の灯りに照らされた奴の身体を注意深く観察した。全身からは大量の水が滴り、足元には水が溜まっている。


 私たちが用意した水溜り程度ではあれほど濡れることはない。皮膚には爛れたような跡が見られ、そこから水分が蒸発するように湯気を出している。


「水……」


 ようやく合点がいった。


 小人は水に触れると、火傷を負う体質なのだ。だから執拗に水を避けていた。ひょっとして、ナギの葉から復活するためにわざと水溜まりに飛び込み、動けるようになった身体で川に飛び込んだのかもしれない。


「許さねぇ……許さねぇぞ……」


 ぶつぶつと呟きながら、小人は拳に力を込めている。


「俺はな、自分の物を人に取られるのが一番嫌いなんだよ!」


「だいじょうぶ、だよね……?」


 気づけば、松明の炎が不安げに揺らめいている。隣の彼女が震えているのが分かった。私は彼女の手を優しく握り、自分の不始末を呪いながら奴に向かって叫んだ。


「もともとは私たちの物よ! ――盗んだあなたが悪いの」


 因果応報だ。あれほどの火傷を追わせてしまったことへの罪悪感は少なからずあったが、それでも、一度殺されかけた身である私は今もなお怒りに打ち震えていた。


「うるせえ! 最初はお前らのもんでもな、落とした時点で誰のもんでもねーんだよ。そんで俺のもんは、どうやったって俺のもんなんだよ!」


 小人は血管がはち切れんばかりに怒りを顕にし、地団駄を踏んだ。ぴちゃぴちゃと水が跳ね、それが自身に掛かると苦痛でさらに怒り狂った。


 私はべにばらの手を引いて身を寄せ合い、相手を睨みつけた。するとその時、小人の背後からとてつもなく大きな影が忍び寄り、やがて深い闇が奴の身体を覆った。

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