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「それで、今回はどこ受けたの?」
フォークに刺さったソーセージを見つめる私に、陽子はそう尋ねた。
「一応……。IT系」
「IT系!?」
「ハルちゃん、パソコンとか全然できないでしょ」
「……うん」
のんびりした口調で追撃を行う久美のお言葉は、いつも鋭い切れ味を放つものだ。
「出版社受けてみるって前に言ってたじゃん。なぜにいきなりの方向転換?」
スプーンで素早くオムライスを掬いながら、陽子は言った。
「今回も希望は、一応出版部だけど……」と答えた私は、ソーセージをちょっぴり齧り、「調べてみると出版社なんて宝くじみたいな倍率だっていうし、そうまでして行きたいのかと考えたら、それほどでもないのかなと」
情けない言い訳に聞こえただろうか。私としては正直に思うところを話したつもりだが、二人の反応を見る限り、かなり致命的な回答だったようだ。
「ちゃんと、考えた方が良いよ」
「ハルちゃん。他に何かしたいことはないの?」
「やりたくない仕事なら、たくさんあるかな」
きっと、誰にとってもそうだろう。増えすぎた洋服の整理は捨てたくないものから選ぶのが正しいのだと、テレビで専門家が語っているのを観た記憶がある。やりたくない仕事をいくら洗い出したところで、短い就活期間を無駄に費やしているだけなのかもしれない。
「久美と同じように、保険会社狙ってみれば?」
「私に接客は向かないと思うけど」
「自慢げに言うな!」
「でもハルちゃん、ずっと本屋さんでアルバイトしてるでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」と私が言葉を詰まらせると、「確かに。お客さんなんてほとんど来やしないわね」と陽子が補足した。
私が大学に入ってから長年勤めている【青文堂】という名の古本屋は、オーナーが趣味で集めた極端に偏執的な本たちで構成されている。売れ筋の書籍を取り扱わないうえに人目に付かない雑居ビルの三階に位置するため、お客はほとんど来ない。
昼間に店番(むしろ倉庫番と呼んだ方が良い)をしている私は、カウンターで本を読みながら漫画喫茶のように利用しているだけなのである。
「それじゃあ、ハルちゃんの強みを生かした方面とかはどう?」
「私の強みってなんだろ」
「質問に質問で返すな!」と勢いよく言い放った陽子は、続けて真剣な表情を浮かべ、「うーん。クールなところかな」とわざわざ考えてくれたようだ。
「その心は?」
「いや、謎かけじゃないから」
さすがの陽子も、私に見合いそうな職業を思い浮かべるのは難航しているようだった。私としても(よく面接官にやる気が感じられないと罵られるものの)きちんとした受け答えはしているつもりだし、やる気がなければわざわざ面接には赴かないだろう。
やはり、生まれ持った眠たげな垂れ目が影響していると思わざるを得ない。
「やっぱり、文学部で人気のある企業を受けるのが無難じゃない?」と久美が言った。
「それが定石ではあるけど、なんせ倍率が高いもので」
「倍率がなんだ、為せば成る!」
そう言う陽子は、見事に難関だった大手飲料メーカーの希少な席を獲得していた。
「言うは
「あはっ。上手いね、ハルちゃん」
そこで褒められるのか。私が言うのも何だが、久美は少々変わったベクトルの道を独自に歩き進む方なのだ。
「あ、私そろそろゼミに顔出さないと」
ほっそりとした金色の腕時計で時間を確認した陽子は、片手に手鏡を持ってお化粧を直し始めた。「――二人は?」
「私はアルバイトだけど、まだ少し時間あるかなぁ。ハルちゃんは?」
「私は、まぁ」
またも、言葉が詰まる。
「そりゃ、スーツだもんね?」とこちらを見ずにリップを塗りつつ、陽子はヒントを出す。
「あぁっ」と言って両手を叩いた久美は、「今日って、学内説明会かぁ」
「うん」
企業様が我が大学の在籍者に限定して、説明会を行うイベントである。先輩社員から会社のリアルな内情が聞けたり、こちらの資質を売り込んだりと普段の大型説明会では出来ないような距離の近いやりとりが出来る。
そこにしか姿を見せない企業もあるため十分にメリットのある催しではあるものの、なにせ少人数で行われるため、下手なことを言うと却って悪い印象を与えかねない。個人的には、非常にギャンブル性の高い行事だと感じている。
「気合よ! 気合!」
「頑張ってねぇ」
二人に見送られながら、私は学内説明会の会場に向かった。気合で全てが片づけられると言うのなら、私はむしろこの先も上手くいく予感がしない。
「――週休二日は、確実でしょうか?」
あ、この人今ポカやったなと、企業側の反応を見てすぐに分かった。
企業のホームページを見れば調べられる内容や、自分本位の質問は印象が悪いとどこかの記事で読んだ気がする。冒頭から率先して質問を投げかけ、企業側からとても好印象だった彼だけれど、今の質問で天から地へと真っ逆さまである。
「御社で行われている事業に関しての質問となりますが――」
それに比べ、私の隣の小柄な女の子は手堅く情報収集に徹している。時おり核心を突く質問を混ぜ込みながら相手を饒舌にさせ、新たに情報を引き出す。これを天賦の才と呼ぶのだとしたら、こんな人たちを相手取って少ない席をかけた椅子取りゲームをしなければならないことに、私は活路を見出すことができなかった。
結局、影の薄い私は隅っこで何度か無難な質問をしただけで、これといった成果を上げることはなかった。ギャンブルはチップを提示しない限り、増えも減りもしない。途中で携帯をいじって怒られていた無愛想な男の方が、よっぽど印象には残っていた。
一度の過ちでイカロスのごとく地面に急降下したあの彼だが、説明会が終わった後に駅のホームでばったり出くわし、偶然話す機会があった。
「僕はね、知りたいことがあれば全部聞くようにしているんだ」
「例えそれが、悪手でも?」と、私は問いかけた。
彼はそれを聞いて一瞬項垂れたものの、「……それでも、かな」と答えて顔を上げた。「参加者が納得できない説明会なんて、それこそフェアじゃないから」
「フェア……」
就職活動とは、そもそも公平なものだろうか。企業様のご機嫌をいかにして取るかという戯れに過ぎないのではないかと、内心で私は感じていた。
初めた当初は受験と同じように優秀な者から抜けていくものとして捉えていたが、観察していくうちにそういう訳ではないことに気がついた。現に目の前の彼は意欲的に物事に取り組むタイプで、合理的な話し方は知的に映る。
だがその一方で、彼は他人に対して
私は自分が優秀だと思えるほどうぬぼれた人間ではないが、他人を出し抜いてまで勝ちを収めたいという欲が出ないため、結局は彼と同じような立場に陥っていた。
けれど彼には私と違い、確かな自己愛と強烈な意思のようなものが感じられる。私には「こうしたい」という意思も、人並みの自己愛さえも決定的に不足していた。
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