『そりゃまた、斬新な遊びだね。』
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「緑色……」
昨晩は暗くて分からなかったが、改めて外観を眺めるとログハウスの屋根は緑色をしていた。それも懐かしき昔の我が家と同じ淡い配色だった。
特徴的な色をしていたせいか、『緑色の屋根のおうちは遠藤さんち』と言われるほど、我が家は近所で有名だった。これも嬉しい偶然というか、急に目の前の家に愛着が湧いてくる。
「え、たくさんあるけど」
庭の奥にある納屋の中には、紐で縛られた薪がいくつも積まれていた。
「何言ってるの。冬なんだから、こんなのすぐなくなるでしょ」
そういうものか。
薪割り台として、立派な切り株が地面に設置されていた。これに斧を使用するくらいの知識は持ち合わせているが、肝心の割り方が分からない。
「寒いし、さっさとおわらせちゃお」
予想通りべにばらが先陣を切って薪割りを始めるようなので、ひとまずそれを眺めることにした。身体をふらつかせながら重厚な斧を地面に引きずり、薪割り台の前まで運んだ彼女は両手でしっかりと柄を掴むと、両足を肩幅に広げ始めた。
「ねぇ。それ、危なくない?」
「このくらい平気よ。しらゆきはまき割りが苦手だもんねぇ」
そんな麗しい幼女姿で得意だと言われる方が、違和感を覚えるのだが。彼女は大きく息を吸い込むと姿勢を正し、思い切りよく斧を振りかぶった。
「おぉっ」
見事に真っ二つ。あっという間に三本ほど割ってしまった。
「コシを落とすのがコツよ。ほらみて」
あれほど勢いよく振り下ろしているのに、彼女の刃先は確実に芯を捉えている。
「これ、お、重すぎない?」
それに比べて私の方は、持ち上げるだけで精一杯だった。振り下ろすというより、重さに耐えかねて落としていると言って良かった。ゆえに刃先は盛大に的を外し、切り株に斧が深く刺さって抜くのにも苦労した。
「しらゆき……。あなた、こんなに下手だったかしら?」
首を傾げたべにばらは、不思議そうに私を見つめていたが、「まぁいいわ。今日はそんなに必要ないし、ゆっくりやりましょ」と笑顔を寄こした。
斧を一旦切り株に差し込むと、彼女は玄関の方にそそくさと歩いていき、「お茶いれてあげるね」と言いながら家の中へ去っていった。
「……あぁ。もう無理」
彼女が去ってから何本か薪を割ることには成功したものの、次第に手が震え始め、斧が持ち上がらなくなった。嫌気が差した私は斧をその辺に放り投げると、身体を左右にふらつかせながら近くの森を散策することにした。
「真っ直ぐに進めば、迷うこともないでしょ」
汗ばんだ身体に凍てつく風が気持ちいい。雪解け道は所々湿っているが、この辺りは歩きやすいように草がより分けられ、先の方へと道が続いている。
しばらく進むと、木を削って作られた立て看板が地面に刺さっており、【この先、ポー・リイラの街】と書かれていた。
なんだ、案内板があるのか。
私は文字の下に記載された矢印の方角に足を進める。このまま行けば、街が見えてくるかもしれない。そこなら出口を探せるはずだ。お茶を用意して待っているべにばらには悪いけれど、今は元の世界に帰る手段を探しておきたい。
「子供なんてすぐにお腹空かすんだから、そんなに遠くもないかな」
とは言ったものの、歩き続けると次第にごつごつした岩場が広がり始めた。日当たりの悪い箇所には凍結も見られ、非常に歩きづらい。
息を切らせながら岩を降りたり登ったりと、ここへ来て薪割りの疲れがどっと身体に押し寄せる。ようやく岩場を抜けると、まだまだ森林地帯が続いていた。
あぁ、子供の体力を完全に舐めていた。
肩で息をしながら近くの切り株に腰掛けた私が「……喉渇いた」と呟いたところで、ちょうどお昼の食卓にも上がった葉っぱ(ウタの葉だったか)が生えているのを発見した。この葉は水分を多く含んでいるため、喉を潤すのにはもってこいかもしれない。
私が葉っぱに手を触れようとすると、「あ、ダメ!」と背後で叫ぶ声が聞こえた。
「え?」
振り返る際に、葉っぱに少し手が触れた。するとその瞬間、指先には電流が走るような衝撃があった。
「痛っ!」
「しらゆき、だいじょうぶ!?」
そう言って駆け寄ってきたのは、べにばらだった。私の手を掴み、「これですぐに洗い流して!」と言いながら水筒を取り出すと、注ぎ口から液体を流して私の指にかけた。
「なにそれ?」
「お茶よ。水分なら何でもいいけど、今はこれしかないから」
彼女が流した茶褐色の水からは香ばしい香りがした。恐らく私のために用意してくれたのだろう。こんなところまで探しにやって来て。
お茶をかけてしばらく待つと、まだ少しピリピリと痺れているものの、徐々に痛みは引き始めた。
「ダメでしょ、ナギの葉なんかさわっちゃ! もう少しで動けなくなるところだったわ」
「え、あれってウタの葉じゃないの?」
「なに言ってるの。ウタの葉はこんなにギザギザじゃないし、色だってもっと明るいでしょ? もう、シロウトじゃないんだから」
「……ごめん」
素人ですが、とも言えず、私は幼い子供に怒られながら頭を下げている。
「ナギの葉は身体がしびれちゃうから、絶対に素手で触らないこと。それにまき割りも放ったらかしたまま岩場に遊びに来ちゃって。そういう時はあたしもさそってよね!」
彼女は両手を腰に当てながら、可愛らしく頬っぺたを膨らませる。それからゆっくりと息を吐くと頬を元に戻し、「しらゆきが岩場遊びなんてめずらしいよね」と言った。
岩場遊び。先ほどの難所は、彼女にとってはレジャー扱いなのか。
「分かってると思うけど、これ以上は進んじゃダメよ。冬場の森は大人しか通っちゃいけないんだから。噂では恐ろしいケモノも出るって聞くし」
「え、もう少しで街じゃないの?」
私が惚けた顔でそう尋ねると、「まち?」と彼女は私を睨みつけ、「まだそんなこと言ってるの!」と激しく怒鳴りつけた。
少女の威圧感に思わず肩を強ばらせた私は「だって、看板があったから」と答えたが、べにばらはこれ見よがしにため息を漏らし、「街なんてずっとずっと先の方でしょ? 最近のしらゆきはほんと寝ぼけたことばっかり言うわね」と言った。
「それにあなたはホウコウオンチなんだから、一人じゃ街に行けないでしょ」
「……おっしゃる通り」
まったく、返す言葉もない。確かに私はひどい方向音痴だ。大学内でも時々迷っているところを久美に助けられていた。
「春になったらママが連れて行ってくれるから、それまではいい子にしてなきゃ」と言いながら彼女は私の頭を撫でると、「わかった?」と微笑みながら尋ねた。
「うん」
幼児に窘められてしまうとは、本当に情けない。仕方なく私は彼女に手を引かれながら後に続き、緑色の屋根のお家を目指して歩き始めた。
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