冒険記録13 信頼

 ペリルについて詳しく聞くことが出来たヨシュアは、新たな知識を得られたことに満足する。


 もっと欲を言えば、知ったことを今すぐにでも紙に記したかったが、それを使うには許可された者以外は触ることが出来ないということを知り、落ち込むのだった。


 少しだけ頭を使ったことでお腹が鳴り、先程アルヴァ―ノに食料のほとんどを食べられてしまったことを思い出した彼は、お腹を満たす為にもう一度賑わう街へと向かう。


 露店が出ている所から今いる場所はそれほど遠い場所ではなく、ほんの少し歩けばすぐに着くほど近い場所にある。またお金を払ってもらった時に、先程聞けなかった疑問を口にした。


「そういえば、さっきの肉屋の店主が『銅貨八枚』といっていたな。金の単位はなんだ?」

「ないですよ?」

「ない? そんなことはないだろ。ポンドとかいろいろあるはずだ」

「ぽんどって何でしょうか? 銅貨は銅貨あって、他の呼び方はありませんが」

「まさか、そんなはずは……」


 金の単位があるのが当たり前の生活だったヨシュアにとってこの世界はあり得なかった。


 彼は驚愕する中で、ある会話を思い出していた。それは、この別世界に来る前に女神アテリアと会話した内容だった。転移される理由の一つに、この世界は五十年発展していないと言われていたことだった。


 だが、そうだとしても、単位がないというのはおかしな話だった。


 ヨシュアがいた世界で貨幣の単位を設定したのは、カール大帝だ。それからいろいろと国によって名前は変わっていったが、基本を作ったのは彼自身。この別世界でも人物は違っていても、元となる物を作った人はいるはずだ。だが、ジュリーの言葉はそれ全てを否定していた。


「充分承知していたと思っていたが、これまでとは……」

「大丈夫ですか?」


 あまりにも元の世界との差があるこの世界に、思わずため息を吐いてしまう。


「ああ、大丈夫だ。それより腹を満たしたい。他の店に案内してくれ」

「あ、はい」


 今、お金の単位について考えてもどうしようもない。それよりも、先程から鳴っているお腹を何とかすることが先だと考えるヨシュアは、いい店がないか周りを見るのだった。



 充分お腹を満たしたヨシュアは、これからどうするか悩んでいた。寝る場所は最悪、野宿でなんとか出来るが、食料に関してはお金を稼がなければ生きていけない。


 前の世界では、盗んだ金や食料で生きていけた。しかし、この世界に来てからそのすべてが女神によって制約されてしまったことで、それも出来なくなってしまう。傭兵として生活することも考えたが、森を歩いていた時に遭遇した伝説上の生物に似た生き物とも戦わなければならなくなることを考えると、容易に傭兵として稼ぐことは出来なかった。


「どうやってお金を稼ぐか……」

「それでしたら、私の傭兵として近くにいてくれませんか?」


 顎に手を置き、首を傾げながら悩むヨシュアにとんでもない発言をする王女ジュリー。その言葉に驚き、あり得ない言葉に耳を疑うしかなかった。


「おじょーちゃんには常に衛兵という名の側近がいるだろ。わざわざ私を雇う必要はないはずだが」

「そ、それはそうですけど……」


 至極真っ当な返事に慌てる。困り果てる彼女に


「どうしても雇いたいのか?」


 と聞くと、


「はい」


 と、元気な声で頷き、真っ直ぐ見つめてくる。何故と問えば、一緒にいたいからという答えが返ってくる。その純粋な答えと何も汚れを知らない彼女の目は、血で手を濡らし、人の汚い所を見て来たヨシュアにとっては眩しいものだった。

 だからこそ、ここで言わなければならなかった。経験豊富な彼からすれば、ジュリーは世間知らずな甘ちゃんだという事を。


「私の事を信頼して、傭兵になって欲しいと言ってくれたのはありがたいと思っている。だがな、この外見を良く見てみることだ。おじょーちゃんが許しても、そこらの賊と変わらない恰好をしていて、素性も良く分からない相手を、おじょーちゃんの親は私を傭兵として雇うと思うか?」


 厳しく問われ、何も言い返せないジュリーは黙ってしまう。これでいい。これをきっかけに考えることをしてくれれば充分だ。


 そう考えながら彼女の様子を見るヨシュアが何故あんなことを言い、こんな考えをしたか。それには訳があった。


 彼が海賊に身を落としてから34年。彼のこの考えは、全くと言っていいほど海賊らしくない考え方だった。

 何度も酒を飲み交わした仲間達にも言われてきた事だった。おかしかろうが変だと言われようが、彼はそれを一切変えようとはしなかった。

 元々貴族の長男として生まれたが、不自由さに辟易し、一度は落ちぶれた。それから恩人となる女性海賊に助けられ、英才教育を受けてきた彼の根本にあるもの。それは『親切にする者には親切で返す』だった。それは今でも変わらなかった。

 だからヨシュアは、警告という名で教えていた。私の様な外見をするものを簡単に信頼するな、と。


「……します」

「ん?」


 俯きながらジュリーが言った言葉を上手く聞き取れなかったのか聞き直すが、何か不安な気がする。そう感じられるほど、彼女の体が震えていた。


「父と母を説得してきます!」

「あっ! おい!」


 お金が入った袋を無理やりヨシュアに渡し、止める暇もなく、城へ向かって行くのをただ茫然と眺める。いつになく真剣に言った言葉も結局は意味をなさなかった事に、深いため息を吐き、肩を落とす男がそこにいるのだった。


 どこかにある教会の鐘が鳴り、少しだけ辺りが暗くなり始めるころにジュリーが戻ってきた。眉を下げ、目に涙を浮かべながらトボトボと歩いてくる様は、どこか悲し気だった。

 無言のまま近づいてくるジュリーの様子を見て、ほれみたことかという顔をする。


「こうなるだろうとは思っていたよ」


 俯く彼女の頭を軽く叩き、慰める。


「……って言われました」

「なんだって?」


 頭を軽く撫でられた彼女が勢いよくヨシュアに抱き着き、ぼそりと呟いた。上手く聞き取れなかったが、心なしか声が軽いのは気のせいだろうか。


「雇っていいと言われました!」


 勢いよく顔を上げる彼女の表情は、とてもうれしそうだ。まさかの事態に唖然となるしかないヨシュアの顔を見たジュリーは、いたずらが成功した悪ガキの様に満面に笑みを浮かべていた。


「どう言いくるめたのかは分からないが、おじょーちゃんはもっと世間を知った方が良いぞ」

「ヨシュアさんには言われたくないですっ!」


 頬を膨らませ怒る彼女に、初めて会った時に見た御淑やかさはすっかりなくなっていた。

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