冒険記録14 初めての本

 一種の不安を感じながら彼女の後を付いていく。城下町から城まで行くのかと思われたが、彼女が向かった先は教会だった。


「何故ここに?」

「一週間の終わりの日に礼拝をして、神に感謝をするんです。その日が今日だったので城へ案内するついでにここに」

「へぇ。殊勝なことだな」


 と、微塵も感じていない褒め言葉を前を歩くジュリーに投げかけ、二人と一頭は教会に到着した。城からほんの少し離れた場所にあるそこは、名を体で表すように白く、神々しかった。


「なかなか壮大だな」

「そうでしょう! ここは創造主アテリア様を祀る場所で、半年に一回住民達がここに集まってお祭りをしたりするんです」



 首が痛くなりそうなほど高い教会を見ながら、興奮する彼女の説明を聞いたヨシュアが思い出したのは、前の世界でも行われていたミサだった。


「みさってなんですか?」

「あー、何でもない。忘れてくれ」


 声が漏れていたようで、不思議そうに聞いてくる。少しだけ首が痛くなったのか、手で擦りながら面倒そうに顔を逸らした。


 当然、気になったら納得するまで聞いてくるジュリーの性格がまたここで出てくる。


「教えて下さい、ヨシュアさん!」

「説明が面倒だから無しだ」

「ずるいですよ! それ」


 服の裾を引っ張りながらまた頬を膨らませる。今までの事を思い出し、一時したら諦めるだろうと思っているヨシュアは、教会だけを見ていた。


「今回もまた私の方が先に諦めるだろうって思っているのでしょう?」

「いや?」


 特に感動する様子もなく、ただ茫然と見ているヨシュアに抗議するが、聞いてもくれないその態度に、効かないことは知っているはずなのにまた目に涙を溜めて訴えている。


「今回は諦めませんからね!」

「好きにしな」


 強情な態度に疲れ始めてきたヨシュアは、放置することにした。説明する方が後々楽になるのだが、とにかく座って休憩がしたかったのか全てが適当になってしまった。


「王女様、そろそろ礼拝の時間が」

「これが終わった後にまた聞きますからね!」


 大きいドアが内側に開き、中にいた聖職者がジュリーを呼ぶ。しぶしぶ入りながらもドアが閉まる直前まで言っていた。


「……どんどん性格が変わっている様な気がするな」


 中に入っていったジュリーを見ながら戸が閉まるのを呆然と見ている。やっと静かになったのを確認すると、教会の前にある階段に座り、鞄から本を取り出した。


「ほとんど読めないだろうが、物は試しだ」


 本のタイトルには『原初の魔法』と書いてある。

 だが、悲しいかな。彼が読めたのは『原初』や『魔法』という言葉ではなく、その間の『の』だけだった。


「間の文字しか読めないとは……」


 余りにも読めない自分に嫌気がさし、眉間に皺が寄る。しばらく考え込むが、一向に理解できず、諦めて本を開く。そこには横書きでローマ数字や異世界の言葉が書かれていた。


「ふむ、ローマ数字か。これなら理解できそうだ」


 文字を指で追いながら、読んでいく。時々分からない文字に引っ掛かり、本を指で叩いたり、顎に手を置いたりしながらゆっくりと読み進める。その姿を見たアルヴァーノは邪魔しない様に階段の一番下に座った。


「……なんとなくは理解出来たが、まだまだか」


 これほど目を使ったのは久しぶりだったのか、目頭を押さえて揉む。少しだけすっきりし、再開しようと目を開けると、階段下に愛馬がいることに気づく。


 隣に座る為に移動しする。教会に来てからは触れ合うことが少なかったせいか、近づいてきたヨシュアの服を甘噛みして甘え始めた。


「寂しかったのか? アルヴァーノ」


 甘える愛馬の背を撫で、優しく語りかける。

 言葉は話さない。その代わり、目や行動で示してくる相棒を愛しく思い始めた時、それを邪魔する存在が現れた。おそらく王女の護衛の騎士達だろう。既に剣や槍を構え、警戒している。


「教会前で随分と物騒だな」


 警戒はするものの、余裕そうな顔で軽口を叩きながら本を鞄の中に直し、相手を見る。


「貴様は一体何者だ! 何故そいつを従えている!」

「普通はそう思うよな」


 今まで聞かれなかったことが不思議なぐらい、真っ当な質問に失笑する。


「質問に答えろ」

「私はただの旅人だ。こいつに関しては私も不思議でね。何故懐いてくれたのか考えている所だよ」


 耳を立てながら警戒する愛馬を宥めるように背を撫でる。


「貴様が何かしたのか?」

「いや。私は何もしていないさ」


 言う通り、ただ自分が無害だという事を証明しただけ。


 ジュリー達と会った時に、『人を嫌い、魔力を持った者が近づくと暴れ出す危険な生き物』と説明されただけだった。


 ヨシュアに魔力があるかどうかは現段階では分からないし、彼自身も人柄が良いわけではない。どちらかと言え悪党と呼ばれる側だった。


 それでも懐き、共に来てくれるのはありがたい話だ。


「じゃあ何故だ」

「さてね」


 自分でも分からないことを相手が理解出来るわけでもない。


 それでもしつこく聞いてくる護衛に辟易し始めたヨシュアは、続けられる問いかけを無視することにした。ゆっくりと階段に座り、本の続きを読む体勢になる。


 視界の端では、まだ納得していないのか槍を向けながら護衛達が何か言っていた。それでも近づいて来ないのは愛馬を警戒しているからだった。


 それに感謝しながら、本の続きを読む為に鞄から取り出し読み始める。

 先程と変わらず、読める所は少ないが収穫は多少なりにあった。この本が魔法に関する物だという事を。


「魔法か……。あれほど最初は驚いていたというのに、もう受け入れかけている自分がいるな」


 まだ数回しか見ていないが、不思議と魔法という存在を認め始めている自分に驚きを隠せないヨシュアは可笑しそうに笑う。

 階段下では護衛達の悲鳴が聞こえているが、それすら聞こえない程集中した。

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