冒険記録12 肉好きな愛馬の秘密

 城下町へ降りた二人と一頭は、露店を見回っていた。

 見たことがあるようでない食べ物に一つ一つ興味津々に見ているヨシュア。

 魅力的な食料が多くある中、一つの肉屋で足を止めた。


 何の肉かは分からないが、丸ごと使い、ゆっくりと回転させながら焼いているそれは、肉の脂が滴り、火に落ちて甘酸っぱい匂いを漂わせ、ヨシュアの鼻の奥を刺激していく。


「にいさん、随分長い間見ているな」

「ああ、スマナイな。なにぶんはじめてみたにくのかたちでね。どんなあじがするのか、そうぞうしているところだ」

「想像するだけじゃ、味はわからんだろ? とりあえず食ってみな」


 肉塊から一切れを取り、パンに挟んでヨシュアに渡す。


「ふむ、そうだな」

「あ、ちょっと待って! お金がまだ」


 受け取り、一通り眺めて匂いを嗅ぎ、口に入れようとしたら服の裾を引っ張られ、入れる事が出来なかった。


「銀貨五枚です、ジュリー王女。ってにいさん。王女様に金を払わせてんのかい?」

「ああ、それはわたしがまだ、金のつかいかたをしらなくてね、空腹をみたすためもあるが、つかいかたをしる為にたのんだ」

「なるほどなぁ」


 横でジュリーがお金を払う所を見ながら既に食べていた。

 横では食べたそうにアルヴァ―ノが手に持っている食べ物を覗いている。


「おまえさんはなにをしゅしょくにするんだ? にんじんとかか?」


 その様子に気付いたヨシュアが尋ねると、手元にまで首を伸ばし、食べ掛けを頬張った。

 そのせいで肉がほとんどアルヴァ―ノの口の中にいき、食べられる所は手に持っているパンの部分だけになってしまった。


「あ」


 呆気に取られるヨシュアをよそに、美味しそうに食べている。

 文句を言おうにも目を細め、尻尾を激しく動かして喜んでいる愛馬に何も言えなかった。


「にくがすきなのか? アルヴァーノ」


 店主が進めてくれた肉の味を堪能することなく、硬く味のないパンをもそもそと食べたヨシュアが聞くと元気な声で鳴いた。


「しかし、ふしぎだな。わたしからみたらお前さんはただの馬だ。だが、周りからはきけんなそんざいだと思われている。しかも、肉がすきときた。それに、ひとがきらいなはずなのに、わたしにはなついた」


 幸せそうな顔をするアルヴァーノの背を撫でながら、今までの事を振り返っていた。

 思い返してみれば、それ以外にも不思議なことは多々ある。


 身近な事と言えば、今ヨシュアが何気に口にしている異世界の言葉だ。

 最初から言語を理解し、会話が成立していた。

 本来ならば、こう簡単に習得できるはずもない事だ。


 それなのに、何の苦労も無しにごく当たり前のように話している。

 言葉以外だとすれば、ヨシュアに会った人物全員が善意的だ。


 目を開けて初めて見た異世界の住人リア。盗賊に襲われていた所を助けたジュリー。

 そして、今目の前にいる店主。


 門番達のように、皆最初は警戒するものの、次の瞬間には好意を示している。


「〝なんとも不思議な事だHow strange it all is〟」


 首を傾げながら、ヨシュアがアルヴァーノを見る。雰囲気を察したのか心配そうに見ていた。


「ってちょっと待ってくれ兄さん。そいつはいったい何なんだ……」

 

 先程のヨシュアの言葉を聞いた店主が、冷や汗をかきながら聞いてくる。

 先程まで賑わっていた周りも同様で、聞き捨てならない言葉が聞こえたのか、ヨシュアとアルヴァーノを見ていた。


「ん? こいつは……」

「ヨシュアさん! 少しこちらでお話しましょうか!」

「うっ!」


 答えようとするヨシュアの言葉を遮って腕を強く引っ張る。

 意図していない動きを急にしたせいか、今更思い出したかのように盗賊と戦った時に強く打った背中がまたぶり返し、痛めてしまう。


 そうなっているとは知らないジュリーは、そのまま視線から外れるように手を引きながら人の垣根を分けて歩いていく。


「おじょーちゃん……すこし、まってくれ……! せなかがっ」

「えっ? ああ! すみませんヨシュアさん!」


 ある程度離れた場所に来て、ようやく足を止めた。

 止まったことで余裕ができ、背中に手を回すことが出来たヨシュアは、アルヴァ―ノに凭れながら気休め程度に背中を擦り、ジュリーを恨めしそうに見る。


「ほ、本当にすみません!」

「きにするな……。それで、なぜここまでひっぱったのだ?」


 辛そうに背中を摩るヨシュアに平謝りする。

 完全に治ったわけではないが、先程よりも少しだけ楽になったのか、ゆっくりと体を起こし、訳を聞く。


 彼女が言うには、ペリル改めアルヴァーノの存在は誰もが知っていて、従えることが出来れば大きな力になり、もし出来なかったとしても、皮をはぎ取って鎧にすれば、鉄の槍で貫くことが出来ない程の硬さを持つとのことだった。


 それに加え、通常種は白い体をしていて、アルヴァ―ノのように橙色の馬はとても珍しく、その分価値も上がり、より狙われやすくなるという。


「ほぉ」


 その説明を聞き、良いことを聞いたという目で自分の愛馬を見る。

 珍しいものが好きなヨシュアにとって、アルヴァ―ノは心に刺さる存在だった。


 しかも、それほど貴重な存在を、これから旅を始め、歩いて行こうとしていた矢先に手に入れる事が出来たのは、ヨシュアにとって紛れもない幸運だった。


 ジュリーにペリルについてより詳しく聞くと、噂程度だが、気に入られた相手には恩恵が与えられるとのことだった。


 どういう恩恵かはその時にならないとわからないという。

 それを聞き、より高ぶる気持ちが増すヨシュアに、不安そうに鳴きながら体を摺り寄せてくる。


 まるで、一緒にいたいと言わんばかりに。


「安心しな。てばなすようなことはしねぇよ。というか、てばなしてやるものか。いとせずお前さんをなかまにすることできたが、やすやすとうばわれるほど私はおろかではないし、ばかではない」


 肩に顔を乗せる愛馬を落ち着かせるように撫でる。

 それによって落ち着いたのか、先程よりも擦り寄ってくる。


 その様子を見ながら、ヨシュアの声と目には奪われてたまるものかという強い意思が見え隠れする。


「もし、奪おうとした人がいたらどうするのです?」

「んー。そいつはぁ、なぶりものだな」


 興味本位で聞いたことを後悔してしまうほど狂気をはらんだヨシュアの声色に、ジュリーの背筋が凍る。


 基本、手に入れたお気に入りを最後まで大切に使うヨシュアの性格と、自分の物を略奪しようものなら死を与えるという考えが重なり、そのような答えになる。


「どうした? おじょーちゃん」

「い、いえ。何でもありません」


 恐怖で固まるジュリーを不思議そうに見るのだった。

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