東方王位継承編

第10話

アウグスト帝国は行政改革を実施した。元々は皇帝の補佐役として財務卿、軍務卿、内務卿、外務卿の4名の下に官僚が付けられていたが、それを財務省、農務省、科学技術省、教育省、軍務省、内務省、外務省、情報省を設置した。基本的には各省長官は留任だが内務省長官は父上の義兄にあたるエルネスト公フリードリヒ四世を親任し、情報省及び科学技術省は俺が長官となった。

勿論、皇帝権は帝国内において森羅万象に優越する事は変わらず、補佐機関と言うのは変わらない。膨大且つ煩雑な業務を代行するのが彼らの役目である。


1652年5月6日、エステル共和国征服から2年。新体制も上手く回るのようになってきた頃、大陸中に急報が駆け抜けた。

東方の大国ペドログラード大公国とアウグスト帝国の間に位置する大国ポラン=リトアニス連合の国王が病死、選挙王制の取られるかの国で次期国王選挙の候補者に俺とペドログラード大公ニコライ一世の息子ミハイ大公世子が選定された。

我々は即日首都ワルザワに入城した。

随伴員は交渉担当の外務官僚が500人、ライフル歩兵1個師団のみ。

翌日、ミハイは入城し数千名の騎兵と数100程度の官僚。


「久しぶりですな。オットー殿。」


「その通りだな。ミハイ殿。」


21の俺よりかなり年上のミハイ。確か42程だったはずだ。だが、国力は我々が優越しているし、それは外国で1万人規模の兵力を展開し更には豪勢な生活をさせている。1500億マルクを政府に寄付した。


挨拶だけをかわすと暫く睨み合い、暫くして別れる。


これより議会での演説会だ。


「カーロイ閣下。」


連合領の北部ハンガリア出身の公爵。カーロイ・エルンスト公爵。連合議会の議長を務める宿老である。


「何者だ?」


「オットー殿下の部下であります。」


それに相対するのはアウグスト帝国軍騎兵少佐の肩章をつけた軍服に身を包む中年の男。


「…オットー王候補のか?何用だ。」


「殿下より閣下に贈り物です。」


少佐が運び入れたのは数百もの宝石と数千に及ぶ絢爛な衣類それは既にカーロイ公爵の細君と息女の手に渡っていた。


「私にオットー殿の投票をしろということか?」


「勿論です。殿下は貴方の友誼とご配慮を忘れないと。こちらが書状です。」


少佐は懐から帝国公用便箋に書かれた物を封筒から取り出し手渡す。


「…彼は何を思い描いてるんだ。」


「残念ながら存じ上げません。殿下のお考えは殿下のみの物でございます。他に知るものと言えば神のみということでしょう。」


「オットー王候補」


「ミハイ王候補」


両名の名前が聖職者によって呼びあげられる。結果は票数は全くの同一。が、意味は全く異なる。中小貴族や新興貴族票を集めた物の大貴族や伝統ある貴族の票をかっさらったオットーには現実的には勝てない。


「ミハイ王候補に王冠を!アウグスト帝国主義者に鉄槌を!」


シュプレヒコールが上がる。議席を有する500の貴族に対して数千名規模の騎士階級の声だ。


「…ミハイ王候補への王位継承を認める。」


議場を包囲しはその銃口を議員たちに向ける。オットーが頷き、ミハイ王候補へ王位継承が認められる。


ミハウ一世の誕生であった。


後世の歴史家はこう語る。この時がコモンウェルスと呼ばれたポラン=リトアニス連合の終焉であったと。

議会を包囲しシュプレヒコールを上げ単発式のボルトアクションライフルを構え突入した武装勢力は後に帝国が設立した外国人部隊の雛形となった。


「ミハイル・コルニオス殿。」


「失礼、貴殿は?」


「挨拶が遅れたな。アウグスト帝国より来たオットーだ。」


「オットー殿下ですか。私に何用でしょう?」


オットー?何故王候補とは言え、大国の皇太子が投票権を持たない騎士階級の私に声を掛ける、何が目的だ?


「…警戒しているようだな。落ち着いて2人で話せる場所は無いか?」


「…我が屋敷で宜しければ。」


「構わん。」


益々分からない。取り敢えず馬車で王城から屋敷へと戻った。


「そちらの騎士殿は?」


「クロエだ。私の護衛だよ。」


無言で一礼する、女性騎士。銀髪に蒼い瞳を持つ美しい女性であった。が体つきや握手と差し出された手を握り返すと明らかに歴戦を感じさせるものであった。


「クロエに耳は無いと思っていてくれ。」


「…分かりました。」


「貴殿らはこの体制に不満を持っているな?被征服地の支配者階級として、抑圧されてきた。それも征服されたのは数十年前じゃない。100年以上前だ。」


「…確かにその通りですが、何が仰りたいのか?」


「帝国軍1万がここに来ているのは知っているな?演習と称して射撃などを行っている。貴殿ら騎士階級の中で貴殿の派閥に属する物は何人いる?」


「2500。何故そこまでする。」


「ニコライ一世の依頼でな。馬鹿息子に現実を見せてやれとの事だ。」


「成程、どうしてくれるのですか?」


「貴様らのパトロンで長はカーロイ公爵だ。まず、連合を南北にアウグストとハンガリアで分割する。アウグストは中部ハンガリアを貴様らに割譲し、ハンガリア王カーロイ一世にアウグスト帝国と同盟を結んでもらう。それだけだ。」


「…外交封鎖ですか?」


「素晴らしいな。そこに気づくか。」


目が大きく開く。初めて見せたゆらぎだ。

確かにアレマン王国に対する外交封鎖としては最良だ。ブリタンニア王国とアレマン王国は犬猿の仲でその関係からアウグスト帝国はブリタンニア王国と同盟関係を結ぶのは容易だろう。ミハイに対する教育が真実ならニコライ一世はまだ若い、このまま20年以上、ヘタをしたら40年は可能性がある。その期間はアウグスト帝国とペドログラード大公国の蜜月は続く可能性がある。

ラテラン帝国は対アナトリアに関してアウグスト帝国の支援がなければ敗北不可避な以上大きく喧嘩を売ることは無い。まして代わりにアナトリア帝国から庇護してくれるならともかく実際にはアナトリア帝国と同盟関係があるのだから。


つまり、導き出されるのはハンガリア王国によってアウグスト帝国は大きな利益を得ると言うこと。


この話に乗る価値はある。


「…カーロイ閣下に話を通そう。」


「感謝しよう。とにかく貴様らにはクーデターを起こしてミハイを王位につける。いいな?武器や訓練は充分に与える。」


勿論、充分だ。

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