第5話

俺と弟ヘルマンは政治的には対立していた。文官達の傀儡と化していた幼い弟と、武官と外交官達に推される俺。対立は必至である。


「目が覚めたか。ヘルマン。」


「ヘルマン!」


ヘルマンの母、アマリア妃が悲痛な声で呼びかける。ショックと魔力を込めた拳で殴られた事により王宮へと運ぶ馬車の中で気絶していたヘルマンは彼の自室のベッドで目を覚ました。


「…兄上。申し訳ありません。」


「いや、お前は上手くやった。幾ら事情があれ公衆の面前で、奴らに暴力を振るうよりはマシだ。お前ならばさして困らず捻れてハズだからな。」


「…いえ、僕が悪かったのでしょうか?」


「明らかに向こうが悪い。俺が保証する。俺の保証では不満か?」


疲れと困惑か。無理もない。裏切られたのだ。


「俺に一任してくれ。アマリア妃陛下、よろしいか?」


「構いません。どうか、どうかヘルマンの事をよろしくお願いします。」


この人も人であり親だ。俺に辛く当たった事もあったが別に気にはしていない。


「陛下と共に俺は屋敷へと向かいます。」


そう言うとヘルマンの枕元の椅子から立ち上がり、部屋の扉を開く。


「オットー殿下。」


振り向く。


「…申し訳ありません。」


「無礼申し上げます。アウグスト帝国の皇妃陛下が皇帝陛下以外に謝罪なされますな。失礼します。」


後ろ手に扉を閉め、俺は足音荒く階段へ足を踏み出した。


帝都城下皇太子オットー邸。

皇帝フランク二世、皇太子の俺オットー、宰相ステファンとその妻カロリーヌ、更にその寄子であるヘンダー伯爵家の当主クルトとその長女エリカ、その弟エルヴィン、軍務卿ミハイとその妻サーシャと娘エリシャ。

エルヴィンとエリシャを除く大人達は青白く血の気の引いた顔をしている。父上と俺は眉間に青筋を起て怒りをそのまま顕にしている。


「オットー、任せる。」


流石に皇帝が直接貴族をどなりつける訳にも行かないと言う理性は働いたらしい。


「では、ミハイ侯爵婚約は破談で宜しいな。」


「…はい。申し訳ありません。」


「はて、俺の記憶が正しければ貴様らの方から願ってきた縁談であったように思えるが。」


「…誠に申し訳ありません。」


「クルト伯、何故呼ばれたか理解しているか?」


「…私の馬鹿息子が申し訳ありません。エルヴィン頭を下げろ」


後頭部を鷲掴みにし、地面へと押さえつける。後ろでは深々と顔色の悪いエリカが頭を下げている。


「不要だ、コレに謝罪の意思はない。こちらに求める気も無い。」


「…あの、殿下。」


「なんだ、エリカ嬢。」


「死罪を。」


「成程。」


「姦通罪は婚約時点で適応されます。殿下、法に照らせば我が愚弟は死罪が相応です。どうか、ご決断を。」


面白い。窮地の状態での人間の発言や行動は実に興味深い物だ。怒りを持ちつつもそれをコントロールし、利益を常に考え感情と利益の折衷案を取れるように努力する。


「まぁ正論だな。クルト伯、貴殿はどう思う。」


「…言葉はありません。」


「待て!何故俺が死罪にならなければならない。」


「分からんのか?少し待て、まだ1人来ていないのでな。」


誰も口を開かないし開かせない。俺と父上のみは怒りを持ったまま表情のみを和らげ優雅に紅茶を嗜む。


「オットー皇太子殿下、ご要望の人物がまいりました。」


「ご苦労、ニコラス。そこに控えてい給え。」


「アルベルツ大司教!」


「アルベルツ猊下、お久しぶりです。しかしご挨拶を御無礼ながら省略したい。」


「構いませんよ。」


「それは良かった。私の質問に答えて貰っても構わないだろうか?」


ニコニコと微笑む好々爺。白の大司教服に身を包んだ今年で89になる老爺は微笑のまま返答した。


「勿論ですよ。迷える信徒を導くのは我々の務めですから。」


「では、教会の教えでは婚約者以外と性的関係を持ったものはどうなるのでしたかな?」


「殿下、基本的な教えですぞ。勿論、死罪です。石打ちの刑に処すべしとあります。」


「成程。では、今回の事例は如何思われますかな。」


固唾を呑む音がする。


「前代未聞の事ですがヘルマン殿下に何か問題があった訳でもありませんしね。勿論エリシャ嬢とエルヴィン君にはそのまま適応でしょうな。」


「猊下、ありがとうございます。」


「いえいえ、構いませんよ。」


「死ね!」


いきなりエルヴィンが飛びかかってくる。が、ニコラスに一撃で蹴り飛ばされ気絶する。


「野蛮な。」


吐き捨てるように俺が呟くとニコラスは手早く荒縄で拘束する。


「エリシャ嬢、分かっているな?」


「…五月蝿い。お前だってテューダー公爵の娘とヤった筈だ。」


苦笑する。まさか、この様な奇妙な人格が眠っているとは思いもよらなかった。


「俺とアリスは婚約者だ。で、貴様は誰だ。」


「アイリス。」


二重人格、1種の魔術障害であり後遺症として人格が生成され記憶を共有する二つの人格を持つ様になるという報告書を読んだ記憶がある。


「アイリスはエルヴィンを愛したということか。」


流石にこれは想定外。


「ミハイ侯爵、何か心当たりは?」


「…いえ、何も思いつきません。」


「ニコラス、帝国筆頭魔導師を呼んできてくれ。」


「承知。」


「エルザ、紅茶を出してやれ。俺には珈琲だ。」


「殿下、私はヘルマン殿下の専属なのですが。」


「今の俺はヘルマンの代理人だ。小物にはどうせ出来んのだから紅茶と珈琲位淹れろ。」


皇帝と皇太子、宰相に軍務卿にその他行為の貴族とその妻。まぁ無理もない。


「と言う訳だ。少々待て。」

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