プロローグ

第1話

「アルベントスがヨルガルト公国に勝利!」


大陸西方に覇を称えるアウグスト帝国。その以南に位置する従属国のヨルガルト公国が陥落した。新興国ながらもアウグストに対し独立運動を行うアルベントス王国は最後の壁ヨルガルト公国を落とし、アウグストと国境を接した。だが、アウグスト帝国はアルベントス王国に対し優位を誇る。それは重装機兵三万騎を含む絶対君主制故に強力な中央軍を有する事である。独立運動の有力者達の私兵集団の寄せ集めとは格が違う。小国の従属国なら数で圧倒し勝ちに乗れば勝てるだろうが帝国にはとどかない。つまりこれは帝国軍に現在侵攻の意志が無い以上膠着を意味する。

その様な情勢下、帝国のど真ん中に位置する帝都、その中央の宮殿に見下ろされる第一皇子邸宅の庭では剣戟の音が響いていた。

片側は若く、黒髪黒目の男で痩身に騎士服て騎士剣を構える。もう1人は筋骨隆々ながら剃りあげた頭が特徴の老将軍が戦斧を構える。両者はそれを打ち合う。幾合か後に騎士剣によって戦斧は弾かれ、老将軍は降参する。


「いやぁ参りましたな。殿下はやはりお強い。」


「コンラート、俺も一応は帝国式剣術の頂点の高弟なのでな。」


「帝国一の剣士な上に帝国最強の魔術師ですか。オットー殿下は欲張りですな。」


「言うな。陛下の命令だ。」


若い方の彼はアウグスト帝国第一皇子たるオットー・フォン・リヒテン・アウグスト。老将軍は帝国軍退役大将コンラート・フォン・チェスター伯爵。オットーの護衛兼相談役の様な立場に収まっているのがコンラート卿である。


第一皇子オットーは市井の評価と宮中の評価は正反対と言っても過言では無い。

皇族の特徴である、黒髪黒目の美男子であると社交界では貴族令嬢や夫人の目を引く。

軍部からは強い力量と魔術、現場に理解があると人気がある。

だが、内務貴族からの評判は悪い。内政担当の内務貴族は弟の第二皇子ヘルマン・フォン・ツヴァイ・アウグストの派閥である。よくある後継者争いであるが、話を複雑にしたのは第一皇子は同盟国である大陸北方の雄セレマ連合王国の王妹の息子であり、第二皇子は国内最大の影響力を持つコンスタンティン・フォン・ライン公爵の娘の息子である。

それが市井になれば評価は一変する。

ギルドに所属する冒険者や傭兵たちは市井を歩き身近なオットーを皇帝になればいいと言う。第二皇子は話すらされない。但し、市井の評価が高かろうと勢力が拮抗している現在どちらも皇太子に任じられていないのが現状である。


「殿下、宮殿からお呼び出しです。陛下が第一皇子を招聘すると。」


執務室無いの高級な樫材で作られた事務机に向かい書類と格闘するオットーはメイドのカミラに向きなおる。

大陸西方一の資産家アウグスト皇家の当主長子の彼はメガネをかけている。白亜な騎士服に身を包むとその姿は物語の勇者の様だと有名ではある。


「そうか。今すぐ行こうか。用意を。」


一礼し、カミラは馬車の用意を伝える。槍を構えた衛兵はちらりと視線を寄越すも馬車をそのまま通す。


「殿下、あの様な者を置かれては…」


「気にするな。」


宮殿の入口、正面の建国帝の名を冠するカイザー・ヨーゼフ門。その奥に皇帝の住処、宮城ローゼンベルク城が有る。ローゼンベルク人呼んで薔薇の宮殿。


「第一皇子殿下御入来!」


宮殿を取仕切る皇族の奴隷、宦官が俺の先触れを務める。父上に呼び出されたのは会議場。南部情勢に関する議題だろう。俺は一応帝国近衛軍を指揮する立場にある。故に呼ばれてもおかしくは無い。会議場の扉の前で俺の古馴染みの宦官ジョゼフには銀貨100枚、1万マルクの入った巾着を放り投げ、ジョゼフの下につく新入りには銅貨100枚の100マルクを放り投げる。


一礼し下がる2人に目もくれず扉を開き部屋へと入る。

部屋には軍務大臣や外務大臣、内務大臣や商務大臣等の重臣に現皇帝の弟宮であり、帝国陸軍大元帥位を持つコンスタンティン・フォン・アウグスト公爵が居た。俺が皇帝の右側の席に着くと差を空けずにヘルマンが入ってくる。


「失礼します。」


その後ろにはヨルガルト公国公王カルロ3世が居る。


「揃ったな。これより対策会議を始める。」


「はっ、ヨルガルト公国陥落により接敵したアルベントスに対しどの様な対策をすべきと考えるか意見を求めたい次第でございます。」


「オットー、貴様の意見は?」


「はっ、恐れながら外交的交渉で対応すべきかと。」


宰相が議事進行を務め、父上たる皇帝からの質問に俺がまず答える。


「反対です。このままでは舐められます!」


「ヘルマンから詳しく説明せよ。」


「我が国の軍事力は常備軍20万に近衛軍5万、各皇族や皇族に忠実な貴族の私兵5万で30万もの兵力があります!外征戦力だけです。故にアルベントス王国程度捻り潰せるかと。」


「うむ、オットー。」


一礼し立ち上がる。


「軍務大臣、現在の帝国軍の配置図を教えてやれ。」


「ええ、現在帝国軍8個師団8万は騎馬遊牧民族からの侵攻に備え国境警備隊8000と共動し東部方面で展開中。南東部ではランカスター公国からの支援要請に6個師団6万が出兵中。これ以上は動かせませんし近衛軍も予算の関係上動けません。」


「聞いての通りだ。南部方面の国境警備隊をかき集め1万弱、保護できたヨルガルト公国軍は5000弱、俺の指揮下の私兵を率いても2万弱。7万のアルベントス軍を叩けると?既に国境には要塞が築かれている。突破は難しい。」


「財務大臣、臨時予算は出せるのか?」


「コンスタンティン殿下、不可能です。財源も無く、今すぐ資金が湧き出る方法もございません故。」


唸る。それを静観する皇帝と内務大臣。


「ヴェルダン子爵に聞けば良いだろ?」


愕然とした表情をうかべる弟に呆れる。その程度で俺と帝位を争うと?内務貴族は軍務貴族の支持の強い俺が皇帝になるのが嫌だから消去法的にお前を支持しているだけというのに。斯くも無能では見棄てられるぞ。


「コレール大公国軍に支援を要請する。交渉失敗の際の後詰だ。近衛軍には儂の個人資産から予算を出す。近衛軍とコレール大公国軍で最悪の場合対処せよ。オットー、お前を全権委任大使にする。行け!」


人選は妥当。発案者が行くのが後腐れなく良い。

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