第11話「アルガス考える」

「あー、だりぃ……」


 シーリンと会話しているとドッと疲れた。

 それにリズの無事が確認できたことも、かなり心にズシンときた。


 これは安心からくる虚脱感だ。


「………………リズ」


 そのまま、防具を脱ぐとパンイチになりベッドに身を投げる。

 ドサリと、身体がベッドに沈みこむ。

 清掃が入ったのか、シーツが新品に交換されており気持ちいい香りがする。


(無事なんだな……)


 リズの生存を知り、ほっとするのも束の間──……その面影を掴むようにして天井のシミに手をかざす。


 ギュ……。


 そのまま、面影を抱くと、

 枕元の水差しを手に、よく冷えた水を飲むと思考が少しクリアになった。


「ふぅ…………」


 ───まず冷静に考えよう。

 色々と一度に起こりすぎて、情報過多だ。


 一つ一つ整理する。


 まずは、

 

 一つ……。

 リズの手紙。そして、その違和感だ。


(果たして、あれは本物か……?)


 アルガスともバカではない。むしろ、こんな時だからこそ冷静だ。

 少なくとも、あの手紙は何かおかしい──……冒険者のイロハとして、教えたはずの書き方ではない。


 あれでは、ほとんど目的しか書いていないし、伝えたいことの趣旨が読めない。

 紙の余白がないというなら、わからなくもないが、いくらでも書くスペースはあったはずだ。


 ……ならば手紙で連絡をする以上、もっと必要事項は書けるはず。

 だがそれをしていない。


(筆跡にも乱れはないので、急いで書き殴ったわけでもなさそうだ)


 つまり……………………。

 あれは、リズの物ではない可能性がある。


 例えば、手先の器用なものなら筆跡を真似することも可能だろう。


 その瞬間、シーリンの顔がふと浮かぶ。

 手先に器用なドワーフ……まさかな。


 そして、なにより感じた違和感の一つ……。


 ……そう。

 シーリンを雇ったのが、『ジェイス』だという事。

 あの野郎が、アルガスを気にして──リズの手紙を届けるために、ワザワザ金を出して人を雇う?


(…………………………絶対あり得ないだろ?!)


 むしろ、ジェイスの野郎なら、リズを我がものとするために是が非でもアルガスの存在を秘匿するに違いない。


 リズだって、そのことを知られなければアルガスの後を追いようがないからな。

 死んだままにしている可能性が高い。


 ……ゆえに、あの手紙は、現状では無茶苦茶あやしいというわけ。


 最後に、一つ……。

 誰が、何の目的でそんなことをするのか──。


(偽の手紙なんて七面倒くさい真似をするのは、なぜだ?)


 ジェイスがアルガスの生存を知るのは、そう難しくないだろう。

 どこかのギルドに着いて、ベームスの話を収集すればすぐにわかることだ。


 軍団レギオンの殲滅なんて、珍事以外の何物でもない。

 

 なのに、わざわざ居場所を知るシーリンが来たのはなぜか。

(……ジェイスが、アルガスとリズを引き離したいと考えているなら、そもそもコンタクトをする意味がない)


 知らぬ存ぜぬで、遠くに行き──密かに刺客を送り込めばいいだけのこと。

 もちろん、シーリンが嘘をついている可能性もある。

 そもそも彼女の言う、リリムダの街でリズに出会ったということ自体が嘘かもしれない。


 だが、それをする意味が分からないし、

 なにより、筆跡は間違いなくリズのものだ。


 本当に手紙を受け取るにしても、

 あるいは偽造するなりにしても、どこかでジェイス達と合流しなければ、あの手紙の存在はないのだ──。


「うーむ…………。目的がさっぱりわからん。一体なんのためだ?」

 ……まるでこの街に拘束したいような雰囲気でも感じる。

 だが……それだけにしては、手が込みすぎていないか?


「シーリンに確かめるしかないな……」


 シーリンを雇ったのがジェイスならば、ある程度の事情をシーリンは知っているはずだ。きっとそこにリズへの手がかりもある。


「それにしても、ミィナの奴おそいな?」

 ──シーリンを偉く気に入っていたようだが、自分と似た空気を感じたのだろうか? 子どもの感性は分からんな……。


 ま、たしかに食いしん坊なとこや、調子乗りなとこがそっくりだ。

 何事もなければ、ミィナの友達として付き合えばいいのだろうが……。


「だが、どこか怪しいんだよな、あのシーリンってのは」


 いずれにしても、ジェイスの野郎が噛んでいるのは間違いない。

 そして、何かを企んでいる──それだけは確実だ。


「ったく、代官といい、ギルドといい、シーリンといい。……やっぱり、この街を離れた方がいいかもしれんな」


 どうも、きな臭い。

(厄介ごとの匂いがプンプンしやがるぜ……)


 冒険者なら、こうした気配には敏感になるべきだ。

 住民とは違い、アルガスにはこの街にこだわる理由がそれほどないのだから──。


 むしろ、リズの居場所が分かった以上、一刻も早く離れ彼女の元に向かうべきだろう。


「そうだな……。明日、シーリンの奴を問い詰めて、情報を得よう。そしたら……」


 あとは、リズのもとを目指すだけ。

(金は十分にある。機動力もな……)


 ……アルガスは冷静に考えに考えて、やはり街を離れようと決意した。


 考え事の途中、ミィナが戻ってきて一人であやとりをしているのを見ながら、

 その晩にはシーリンに勘付かれないように、コッソリと荷造りをした。


 念のため、ミィナにも言わないようにする。……子供の口に門は立てられないからな。


 そうして、明日はシーリンを問い詰めた後、

 念のためギルドに顔を出し、その足で街を出ようと考えた。


 万が一にでも、リズと入れ違いになることも考えて、伝言くらいは引き受けて貰うつもりだ。


「うむ。そうと決まったら、寝るか。……ミィナ、飯食いに行くぞ」

「ふみゅ? はーい!」


 決心すれば、ベテラン冒険者アルガスのこと。行動は、実に早い。


 その後のアルガスはミィナを連れ、飯を食った後は風呂に入って深酒をせずにゆっくりと眠った。


 飯と睡眠、これ大事!


「おやすみ──」

「はーい♪ おやすみなさ~い」


 素直に返事をするミィナの頭を撫で、ほっこりとしつつ、アルガスもベッドに潜り込んだ。


 フゥ……と蝋燭の火を落とせば、部屋は漆黒の闇に閉ざされ、急速に眠気が訪れる。

 冒険者の特技の一つ。……早寝だ。


「ふぁぁぁふ……むにゃ、アルガスさぁん」

「お、おい?」


 モゾモゾ……。


 相変わらず寝静まった後に、ミィナが猫のようにアルガスの上で丸くなって眠るものだから、寝苦しかったものの夢も見ることなく深い眠りに落ちた。


「うぐぐ。…………腹が───重い」

 暑いし……。


(ったく……)

 むにゃむにゃ、と口を鳴らすミィナの頭をポンポンとなぜながら、中途に覚醒した意識のまま、そうっと虚空に零す──。



    リズ、必ず迎えに行くからな……。



 おやすみ、ぐー……──────。


 そうして、グッスリと眠る二人──────……。







 その様子を、耳をすませて窺う者がいるとも知らずに……。

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